霧の村①
ここから旅のお話です。
時系列としては『聖地巡礼』の次に当たります。
これは絵本『勇者アルの冒険』をなぞる、二人の旅路の物語。
「アルさん、わたしたち、出られなくなったみたいです……」
そう言って、エルは眉をへの字に曲げて、困ったように笑う表情をフードの奥から覗かせて見せた。
旅の道中にふらりと寄った小さな村。
まさか、そんな小さな村に囚われる事になるとは、思いもよらなかった。
俺たちは霧に包まれた村、そこで途方に暮れていた。
――時は少し遡る。
俺とエルの二人旅。
その手荷物は殆ど無い。
背負った小さな鞄に入りきらない荷物は、エルの魔法のローブ――『認識阻害』の魔法がかけられた、災厄の魔女の特徴たる長い黒髪とエルフ耳という、エルの姿を他者から誤認させる役目を果たすそのローブの内側にある、これまた魔法の『空間』に収納されている。
そんな訳で、身軽な二人の移動手段は偶に通る行商の荷馬車にヒッチハイクの様に相乗りさせてもらったりもするが、基本的には徒歩である。
『永遠』の魔法によって不老不死の肉体を持つ俺たちは、極論身体の疲労なんて物とは無縁なのだ。
ただ、結局は人間であるが故に、メンタル面はそのままなだ。
なので、気力が持つ限りという制限はどうしても有る。
気疲れすれば途中で休憩を挟むし、食事や睡眠も取るのだ。
「なんだか、曇ってきましたね」
「そろそろ、休める所を探そうか」
空模様も怪しくなってきて、辺りに濃い霧も出てきた。
視界も悪くなってきて、このまま雨に降られても堪らない。
今日はそろそろ休憩を取ろうか、と思っていた矢先。
「アルさん! あれ、村じゃないですか?」
「お、丁度いい所に。行ってみようか」
近くに村を見つけたので、俺たちはそこで宿を取る事にした。
小さな村なので、入ってみない事には宿屋自体有るのかどうか分からなかったが、最悪雨風を凌ぐ程度は何とかなるだろう。
村の入り口には古びた木製のゲートが有り、そのゲートには“ゴーフ村”と書かれていた。
「……なんだか、あまり人気がないですね」
ゲートをくぐり村に入ると、先程までよりも更に霧は濃くなってきた。
視界が悪く、遠くまでちゃんと見る事は出来ないので、見落としているかもしれない。
しかし、ゲートを潜ってから建物は何軒か有ったが、人の気配は感じられなかった。
この悪天候の所為で、皆外出していないのだろうか。
少し歩くと、程なくして村の中央広場まで出てきた。
すると、
「アルさん、人です!」
エルが嬉々として、周りの建物に視線を向けていた俺の服の裾を引っ張り、人のいる方を指差す。
人気の無かった村で、ついに住人と出会うことが出来た。
ついに第一村人発見。
いや、正確には第一どころか第十村人くらいまでを同時に発見した。
村の中央広場には、村の住人たちが集まっていた。
何やら物々しい雰囲気で、何かを話している様だった。
もしかすると、旅人はお邪魔だったかもしれない。
しかし、宿は必要なので、彼らゴーフ村の住人が広場に集まっている事情は兎も角、俺たちは俺たちの事情でコミュニケーションを図る必要がある。
俺が恐る恐る「すみません」と声をかけると、こちらに気づいた様で、
「む……。もしや、旅の方ですか」
と、広場の人だかりの中心付近に居た男性が応じてくれた。
国や街よりも村と呼ぶにふさわしいこの小さな村なら、知らない顔が居れば一目で旅人だと分かるだろう。
しかし、余所者が来るのは珍しいのだろうか。
その男性は目を丸く見開いて、少し驚いていた様な表情を浮かべていた。
「ええ、妻と二人で。私はアル。それで、こっちが妻のエルです。宿を探してこの村へ立ち寄ったのですが」
俺はそう畏まった物言いで、自分の自己紹介と、そして少し斜め後ろに寄りそうエルの方にちらりと視線を送って合わせて紹介た。
そして、その後向き直って、目の前の男性に用件を伝える。
「そうでしたか。私はこの村の村長を務めております。折角来ていただいたのに申し訳ない。今は何とも、間が悪かったですな……」
「――何か、有ったんですか?」
面倒ごとに首を突っ込むつもりはなかったのだが。
しかし、如何にも“困っています”という風にそう言う村長を無視する訳にもいかず、俺は事情を訪ねる事にした。
「実は、不思議な事が起こりまして……。いや、実際に体験して頂いた方が、早いでしょうな。アンナ、案内してやりなさい」
「はい、お父様。――旅の方、こちらです」
村長の事をお父様と呼ぶ“アンナ”と呼ばれる赤茶色の髪の娘に連れられて、案内されたのは、先程俺たちが通って来たのと同じ様な木製のゲートの前だ。
この村には北と南に同じ様にゲートが有る様で、広場から近い方の、俺たちが来たのとは逆側のゲートに案内された。
「ここに何が?」
「門をくぐって、その先へ行ってみてください」
アンナはそう言って、ゲートの方を手で指す。
言われるがまま、俺とエルはゲートを潜って、その先――霧の向こうへ歩みを進める。
これは、もしかして邪魔な余所者が適当に体良く追い出されたのではないだろうか。
なんて邪推をしたのも束の間、すぐに“間が悪かった”の意味を理解した。
霧をかき分けて前へ進んでいたはずの俺たちの目の前に、いつの間にか村長の娘アンナが立っていた。
後ろを振り返ると、先程のゲートが有る。
これは、どういう事だろう。
と、現状を咀嚼していると、
「ちょっと、そこで待っていてください」
と、エルは俺の答えも聞かずにたったかと真っ直ぐに走って、再びゲートの方へと向かって行った。
「ちょっ、エル?」
と、俺が制止するも、その頃にはもうエルの姿は霧の中へと消えて行ってしまった。
しかし、ゲートをくぐり抜けて村の外へ駆けて行ったはずのエルは、さっきゲートを潜ったのと同じ様にたったかと駆け足で真っ直ぐに走り、やはり“こちら”へ向かって戻って来た。
「あ、お帰り」
「やっぱり駄目です。アルさん、わたしたち、出られなくなったみたいですね」
そう言って、エルは眉をへの字に曲げて、困ったように笑う表情をフードの奥から覗かせて見せた。
――俺たちは、この霧に包まれたゴーフ村へと閉じ込められてしまった。
ゲートをくぐり、村の外へ出ようとしても、真っ直ぐと前へ歩みを進めているはずなに、いつの間にかゲートの所まで戻って来てしまうのだ。
俺たちの家の有る魔女の森にかけられた『迷い』の魔法に似ているが、あれは外からの侵入を防ぐ為の魔法だ。
この内から外へ出るのを妨害する『霧』とは毛色が少し違う。
「なんかの魔法かな」
「そうですね。この村を覆う霧から魔力を感じます。きっと、村の中にこの霧を発生させている原因が有るはずです」
と、まるで探偵の様に顎に手を当て、エルが推理を語る。
魔法の天才、災厄の魔女たるエルの分析だ。
であれば、間違いはないだろう。
「あの、お二人は魔法使い、なのでしょうか?」
そんなやり取りをしていると、話を聞いた村長の娘アンナが質問を投げかけてきた。
村長もこの霧の現象に対して“魔法”ではなく“不思議な事”と言っていたし、この村では魔法使い自体珍しいのかもしれない。
「ああ。俺よりもエルの方がずっと凄い魔法使いだけどね」
そう言いながら、フード越しにエルの頭をぽんぽんと軽く叩いてやった。
エルはちょっと気恥ずかしそうにしていたが、されるがまま身を委ねていた。
「お二人は仲の良い夫婦なのですね。――羨ましいです」
そんな俺たちの様子を見ていたアンナは、それを“羨ましい”と、そう言った。
「羨ましい?」
「いえ、すみません。実は隣のラルク村に婚約している方が居るのですが、まだお会いした事が無くて……。本当は今日、こちらから出向く予定だったんですけど……」
「でも、この霧でそれも難しくなってしまった、と」
「はい。――早く晴れると、良いのですが」
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