宮廷魔導士⑧ 帰る場所
ここまで宮廷魔導士編です。
時系列としてはこの後第四章へ繋がります。
「――!!」
今度は、老人の足元の地面に亀裂が走る。
そして、先程俺の足を絡め捕ったのと同じ様に、黒い触手が地を割き這い出してきて、老人の四肢を拘束した。
そして、老人の呼びだした鳥型魔獣は、全て自身の『爆発』の魔法で自爆し、宙で四散した。
その爆発に、老人は巻き込まれる。
「――『相殺』、『獣使い』」
俺は先程の老人の真似をする様に、そう言って魔法を行使する。
この老人は一つ勘違いをしている。
確かに“災厄の魔女の魔法”は強力で、それを使えば国一つ支配する事だって簡単だろう。
そして、不死性を有していて、魔法を全て『相殺』出来てしまえば、それは無敵と言っても過言ではない。
――しかし、相手も同じ条件で有れば話は別だ。
「ぐっ……。何故だ……!?」
「名乗ったはずだ、俺が何者かもう忘れたのか」
状況が呑み込めず、狼狽える老人に対して俺はそう言い放つ。
「災厄の、魔女の――!」
「――そう、“災厄の魔女の旦那様”だ」
で、あれば。
当然、俺にだって災厄の魔女の魔法は使えるのだ。
奴が俺の魔法を『相殺』出来るのと同じ様に、俺も奴の魔法を『相殺』出来る。
俺は『獣使い』の魔法を『相殺』して、変異種の支配権を奪い取った。
俺を拘束していた変異種の黒い触手は、今や俺の支配下で老人の四肢を拘束している。
つまりは後出しじゃんけんで、結局はその内俺が今主導権を奪った『獣使い』の命令も『相殺』されて、また上書きされてしまうだろう。
しかし、奴が『相殺』を割り込ませるまでの時間は稼げる。
そして、その少しばかりの時間さえ稼げれば、もはや勝負は付いたも同然だ。
「――『重力』、『形状変化』、『凍結』」
『獣使い』の魔法が『相殺』されて、変異種の主導権が奪われる前に、更に魔法を重ね掛けして行く。
エルが変異種の動きを封じるために使った魔法を真似して、同じ様に行使する。
黒い触手に四肢を拘束された老人は、その上から『重力』の重みと、『形状変化』で隆起した地面の枷。
そして、その上から『凍結』で氷漬けになり、雁字搦めに固められた。
これで老人が自由を得るには『獣使い』、『重力』、『形状変化』、『凍結』の四つの魔法を『相殺』する必要がある。
どれだけ魔法に長けた者でも、直ぐには脱出出来ない。
まさに魔法の牢獄だ。
老人は身体を藻掻くが、当然無駄な足掻きというやつだ。
「ふざけるな!!」
老人は激昂し、俺を、そして視線を移してエルを睨みつける。
一つ目、『凍結』が『相殺』され、四肢を拘束された老人の手足を覆っていた氷が氷解する。
「私は貴様の所為で家族を失ったというのに、だというのに……!」
老人が何かを喚いている。
どうしてお前には家族が、こんな男が、とでも言いたいのだろうか。
二つ目、『形状変化』が『相殺』されて、石の枷が崩れ落ちる。
「――ごめん、なさい」
エルの老人に対しての謝罪。
俺には、その理由は分からない。
エルと老人との間に有る過去の遺恨が何なのか、分からない。
分からないし、きっと関係の無い事だ。
俺はもう、エルを傷つけようとしたこの老人を汚いと、敵だと認識しているのだから。
「貴様に、幸せを得る権利など――」
三つ目、『重力』が『相殺』されて、重みで地に張り付けられていた老人が、少しずつ身体を起こす。
――しかし、時間切れだ。
「――『ファイアボール』!!」
俺は老人の戯言を遮るように、魔法を――大魔法を発動させる。
眩い光の塊が突如、旧王都の夜空を覆っていた瘴気を切り裂いて現れた。
『ファイアボール』――それは“俺が作った魔法”だ。
エルにすらまだ見せた事のない、オリジナル魔法。
つまりは“災厄の魔女の魔導書”に記されていない魔法。
故に、この老人はその魔法を知らない。
知らない魔法は『相殺』する事は出来ない。
そして、これは魔法名通りの火球なんて小さなものじゃない。
それは、業火の炎球。
まるで太陽の様に燃え盛りながら、そして隕石の様に、天から降り注ぐ。
『ファイアボール』自体は『相殺』される事は無い。
しかし、それだけでは不完全と言えどこの老人の不死性を無視して、貫通して殺すことは出来ないだろう。
故に、俺はその炎球にもう一つ、命令として“大魔法”を加えて発動する。
俺が炎球に込める大魔法。
それはかつてエルが自らの死を望み“勇者の剣”に込めた大魔法と同じ、『不死殺し』の大魔法だ。
今の俺程度の劣化版『不死殺し』では、俺やエルの持つ様な、完全な『永遠』の不老不死を貫通する事は出来ないだろう。
しかし、この老人の持つ不完全な不死性ならば、俺の劣化版『不死殺し』でも殺すことが出来るはずだ。
大魔法の発動には触媒が必要だ。
しかし、ここには勇者の剣の様な唯一無二の触媒となる物も無い。
俺の名前も、この世界での記憶も、エルとこれからも“ずっと一緒”に生きて行く為には、失う事は出来ない掛け替えのない物だ。
どれも触媒として失う訳にはいかない。
ならば、俺が触媒として捧げられる物は限られている。
「不完全なお前になら、俺の魔法でも、届く――!」
俺は、懐から“鍵”を取り出し、大魔法の魔法式を展開した。
その鍵は俺の数少ない元の世界からの持ち込み品の一つ。
元の世界の“家の鍵”だ。
そして、それは俺の“帰る場所”の象徴だ。
その鍵を中心に、魔力の光が広がって行く。
「アルさん、駄目です! それは――!」
エルは魔力の流れと俺の持つ鍵を見て、俺のやろうとしている事をすぐに察した様だ。
慌てて静止の声を上げる。
俺はエルの方を一瞥し、「大丈夫だ」という意味を込めて、安心させるように微笑みを送った。
申し訳ないな、とは思う。
それは俺の“過去”――産み育ててくれた家族の、両親の愛に対してだ。
しかし、俺は“今”を紡ぐ為に、それを止めるつもりは無い。
その天から降り注ぐ『ファイアボール』に込めた『不死殺し』の大魔法の触媒は“帰る場所”だ。
俺は“アルとしての記憶”ではなく、“元居た世界の記憶”をその象徴たる“家の鍵”と共に、この大魔法に捧げる。
かつてはエルの魔法によって、思い出す事の出来なくなっていた記憶。
その記憶はまるで表紙を塗り潰された本の様に、俺の中で眠っていた。
そして、旅の中での出会いによって、思い出した記憶。
真実の目の権能によって取り戻す事が出来た、大切な記憶だ。
俺は覚悟を決めている。
躊躇なくその鍵を天の炎球へかざし、大魔法の触媒として喰わせてやった。
鍵は光の粒となり、炎球に吸われ、溶けて行く。
それと同時に、俺の中の記憶が、以前の霞が掛る様な思い出せない感覚とは違い、表層だけでなく根元から削ぎ落され、完全に失われていくのを感じた。
俺の中の“帰る場所の記憶”は真っ白になって、そして消えて行く。
もう俺の中に残っているのは“表紙が塗り潰された本”ではなく、“白紙で真っ新な本”だ。
本当に、全く躊躇が無かった訳では無い。
だが、今の俺には新たな居場所が有る。
新たな家族が居る。
俺は過去ではなく、今の幸せを守るために、その記憶を捧げよう。
「――!!!」
四つ目が『相殺』されるよりも早く、天から降り注ぐ炎球が旧王都を包み込んだ。
轟音と衝撃が辺りに響き渡る。
その業火は復讐心に燃える老人の肉体を旧王都ごと巻き込み、燃やし尽くした。
・・・
「――! ――さんっ!」
声が聞こえる。
「――アルさんっ!」
優しく耳触りの良いその声に目を覚ますと、目前に一人の女の子がいた。
彼女は不安そうな表情でこちらを見ている。
その紫紺の瞳には涙を浮かべて、俺の身体を揺すっていた。
俺はあの後倒れてしまった様で、エルに膝枕される形で介抱されていた。
「ああ……おはよう」
身体を起こそうとすると、全身を走る痛みが襲ってきた。
自分の『不死殺し』で死ぬ事は無かったものの、どうやら劣化版でも効果が全くのゼロという訳では無いらしい。
不死性を貫通してのダメージは免れなかった。
と言っても、目立った外傷は殆ど無さそうだ。
きっとその痛みの殆どは『身体強化』の過剰行使による筋肉痛みたいな物だろう。
しかし、この分では普段なら気づいたら修正されて無かった事になっている様なダメージも、治癒までに時間がかかりそうだ。
「もう、心配しました。こんな無茶して……」
「ごめん。でも、エルが無事でよかった」
見るに、エルの身体には傷一つ付いていない。
きっと、魔法で自衛をしていたのだろう。
肌は白く綺麗なままで、さらさらの長い黒髪が風になびいていた。
やはり、エルには俺の劣化版の大魔法程度では傷一つ付けられない。
しかし、絶対にあり得ないと分かってはいたが、もしもの心配が無かった訳では無い。
エルが綺麗な顔に火傷を負うなんて事にならなくて本当に良かったと心底思う。
我ながら無茶な事をした。
「ごめんなさい、わたし……」
何に対しての謝罪だろうか。
分からないが、それでもそんな物は必要ない。
エルが無事なら、それでいい。
「良いんだ、何も言うな」
「……はい」
俺はそっと、エルの頬を撫でる。
そして、ふと視線をエルの顔から、更にその上。
空の方に視線を向ける。
「月……」
エルも俺の声に釣られて顔を上げる。
「ええ。綺麗な、夜空です」
旧王都は俺の『ファイアボール』によって全て吹き飛び、焼き払われた。
もはや周囲には建物も瓦礫も、そして、瘴気や異形も存在しない。
その全てが浄化の炎によって灰となり、残ったのは広大な荒野だ。
旧王都の空を覆っていた瘴気は消え去り、晴れ渡る。
二〇〇年振りに、旧王都の夜空は満天の星々と月明りに彩られていた。
・・・
旧王都に突然巨大な隕石が降って来た大事件は、すぐさま新王都中の話題をかっさらって行った。
自然現象で処理できるレベルではないし、明らかに人為的な魔法の跡が有る。
俺はやってしまったかと内心びくびくしていたのだが――、
「アルさんアルさん、これ見てください」
エルが持ってきたのは新聞紙だ。
何となくのデジャヴを感じながら、エルの指す記事に目を落とす。
新聞の記事によると、旧王都での隕石はタイミングと、本人の失踪から宮廷魔導士の仕業として処理されていた。
宮廷魔導士の魔法で旧王都が爆散。
本人の安否は不明だが、おそらく巻き込まれて死亡したと思われる。
という事らしい。
そういえば、あの老人の名前をすら俺は知らなかったな。
と、新聞の記事で初めてその名前を知って、今更ながら気づいた。
しかし、もう終わった事。
それはもはやどうでもいい事だ。
俺はその記事の内容を記憶に留める事無く、すぐに隣の平和そうな記事に興味を移してしまった。
――隕石の業火によって、旧王都の瘴気と異形は、そこへ有った建物ごと焼き払われてしまった。
あの老人の――宮廷魔導士の仕事は“旧王都の解放”だった。
何の因果か、図らずとも俺はその助力をしてしまったという訳だ。
しかし、俺たちはこの一件で“帰る場所”を失ってしまった。
またどうにかして、森の家を復旧しないといけない。
それか、どこか新しく家を建ててもいいかもしれない。
俺はそんなエルと二人の“ずっと一緒”の未来設計を思い描いていた。
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