宮廷魔導士⑥ 二〇〇年前
「――待ち侘びたぞ、災厄の魔女よ」
目の前の老人は、さも俺たちがここへ来る事を知っていたかの様に、そんな事を言う。
エルの事を“災厄の魔女”と呼ぶその老人の口ぶりは、言外に俺たちの推理は正解だったのだという事を示していた。
そして、俺たちが言葉を返すよりも早く、行動を起こすよりも早く。
老人が動いた。
老人がおもむろに、トンと杖で地を突く。
すると、静寂の支配する夜の旧王都に、その杖の音が響き渡る。
次の瞬間。
空から「ザッ……ザッ……」という聞き覚えのある音。
四つの赤く光る目、大きく羽ばたく四枚の翼。
杖の音に呼応する様に、たちまち老人の周囲に、二匹の鳥型の魔獣が現れた。
その懐かしい姿。
十年ぶりに見たその魔獣はおそらく、以前に森で見た個体と同じ種類、『爆発』の魔法を使う鳥型魔獣だ。
つまり、こいつが――、
「――あなたが、わたしたちの家を荒した、犯人ですね」
「如何にも。久しぶりだな。森の家は気に入って貰えたかな」
こいつだ。
こいつが俺たち居ない十年程の間に、『獣使い』で魔獣を使役し、森の家を荒らし、地下の書庫から魔導書を盗み出した。
そして、俺たちの家に、俺たちの思い出に、土足で踏み入った犯人だ。
しかし、この老人はその挑発的な目をこちらへ向けながら“久しぶり”と言うのだ。
異世界人の俺には、元々この世界に知り合いなんて殆ど居ない。
旅の中で出会った人の中にも、こんな特徴的な髭を生やした老人の知り合いが居たら忘れる様な事は無いだろう。
つまり、今“久しぶり”と語りかけた相手は俺ではない。
「エル、知り合いか?」
「いいえ。この国に、こんなお爺さんの知り合いなんて居ません」
俺と同じく、元々森の中に引き籠っていたエルにも知り合いと呼べる人は少ない。
旅の中で出会った人物だとすれば、共に旅をした俺も知っているはずだ。
エルの知り合いでも無いのなら、この老人の頭がもうボケてしまって、誰かと勘違いをしているという可能性も考えられなくはない。
しかし、この老人が“災厄の魔女”に対して強い感情を持っているのは間違いない。
それは犯行の内容からも、そして今目の前でそうしている挑発的なその態度からも明白だ。
エルの与り知らぬ所で接点が有り、それが原因で恨みを募らせていたのだろうか。
「――どこかで、お会いしましたか?」
「覚えてはいないか。私はこの二〇〇年の間、貴様を忘れた事など片時も無かったと言うのに」
――二〇〇年、それは覚えのある数字だ。
それは全ての始まり。
この旧王都で、二〇〇年前に起こった事件。
エルを“災厄の魔女”としてしまったきっかけ。
多くの人が死に、そして異形を産み出した、あの“大災厄”だ。
かつての王が求めた“永遠”。
その永遠を当時の宮廷魔導士だったエルが叶える為に、作り出した『永遠』の大魔法。
当時のエルの名前と記憶、その両方を触媒とし、国一つを覆う程の規模で発動させた、恐らくこの世界で最も強大な魔法だ。
しかし、王の望んだ永遠は、望んだ形で叶う事は無かった。
エルの強すぎる魔力に、その大魔法に、耐えられるだけの者が居なかったのだ。
おそらく、このエルフの老人は大災厄の時代の人間だ。
そして、それが原因で災厄の魔女に恨みを持っているのだ。
しかし、精々寿命なんて普通は数十年、長くても一〇〇年も生きれば良い方だ。
だというのに、この老人は二〇〇年という時間を生きていると言う。
「――まさか、あの時の……」
エルは二〇〇年前にも会った事の有るらしいその老人に、何か思い当たる節が有った様だ。
その老人に正体に気付いたエルは、声を震わせていた。
大災厄の時代に因縁の有る人物、二〇〇年前のエルを知る人物。
それが何者なのか、俺には分からない。
しかし、俺の知らないエルをこの老人が知っているかと思うと、あまりいい気分では無かった。
「死んだとでも思っていたか。ははっ、まさか。お前の『永遠』の魔法ではないか」
「……そう、ですか。生きていたんですね」
まるで良かったとでも言いたげに、エルは安堵の色が滲む声を漏らす。
俺はその老人の言葉から、すぐにその理由を、常人が二〇〇年の時を生きていた理由を理解した。
『永遠』の大魔法。
この老人は、その強大な魔力をその身に受けてもなお。
死ぬ事無く、異形となる事も無く、有ろう事か不死性を得ていたのだ。
それはつまり、宮廷魔導士の地位を得られるだけの素養は二〇〇年前の時点から既に有ったという事だ。
しかし、今眼前に立つ老人の見た目は、どう見ても年老いていた。
その見た目に、俺は少しの違和感を覚えた。
「ああ、生きていたとも! 私はお前に復讐する為に、こんな老体になるまで、今日まで生きてきたのだからな!」
そう老人が声を荒げ、杖で地を突く。
と、同時に。
老人の周囲を飛んでいた二匹の鳥型魔獣が、杖の音に呼応する様に向きを変え、真っ直ぐとエルに向かって襲い掛かって来る。
おそらく、この杖で地を突く動作が『獣使い』で使役する魔獣に、命令を送る為のトリガーなのだろう。
しかし、この老人は“災厄の魔女”の強さを、そして恐ろしさを、見誤っている。
エルならば、こんな魔獣の一匹や二匹、なんて事無い。
選んだ攻撃手段から間違っている。
これではエルに傷一つ付けられないだろう。
隣に居た俺はその攻防に巻き込まれない様に、回避の体勢を取った。
しかし、俺は油断していた。
現実に起こった事は、俺の想像とは真逆だった。
四枚の翼を畳み、豪速で突進してきた鳥型魔獣。
その一匹を片腕でいなしたエルだったが、もう一匹の突進が直撃。
そして、鳥型魔獣は自らの体を『爆発』魔法で四散させた。
自爆特攻だ。
『爆発』の直撃を受けたエル。
その身体はその勢いのまま、後方へ吹き飛び、倒れ込む。
「エルっ――!」
俺はすぐさま駆け寄り、エルを抱き起す。
「すみません……」
「いや、謝ることじゃない。大丈夫か?」
「大丈夫です。少し、油断しただけです……」
「でも――」
しかし、俺は抱いた違和感を解消しきれなかった。
エルの返事が弱々しかったのは、先程の自爆攻撃のダメージの所為だけでは無いだろう。
抱きかかえられたまま、エルはまるで俺の視線から逃げる様、目を逸らした。
そして、胸の痛むような、儚い表情を見せ、目を伏せたのだ。
傷は『永遠』の魔法の力ですぐに癒えるだろう。
しかし、今回に限っては、わざわざ攻撃を受けてやる必要はないのだ。
過去に自らの腕を魔獣に食わせた事も有ったが、あれは俺へ魔獣の恐怖を植え付けるという作戦の為だった。
不老不死で有ったとしても、今のエルは痛みだって感じるのだ。
今の一連の攻撃への対処に、何ら合理性が無い。
本来であれば、先程の変異種を完封した時の様に、こちらへ攻撃が届く前に、魔法で対処できるはずなのだ。
しかし、先程のエルの行った抵抗は、余りにも弱々し過ぎる。
まるで戦闘の意志が無いかの様で、後ろ向きだ。
俺はエルのこの表情に、見覚えが有った。
胸の痛むような、儚い、そんな表情。
それはあの時。
俺が初めて森の外へ出た時、エルの嘘が露見した時と同じ物だ。
エルがこんな顔をする時に、その胸の内に秘めるその感情の正体。
それは恐らく“罪悪感”や“後ろめたさ”だ。
その感情こそがこの目の前でこちらに敵意を向ける老人に対して、エルが強く抵抗出来ていない原因。
魔獣を使った自爆攻撃を対処しきれなかった原因だろう。
エルとこの老人の間に、過去に何が有ったのか、それは俺には分からない。
その“罪悪感”や“後ろめたさ”がこの老人に対しての物なのか、それとも――俺に対しての物なのかすらも。
「どうした、災厄の魔女も所詮はこの程度か!」
そんな俺の思考を掻き消す様に、老人は煽るように声を荒げる。
エルの強さを、恐ろしさを知らない老人は、自分の実力故に攻撃が通ったと勘違いしているのだろう。
それはまるで、「災厄の魔女に一矢報いてやったぞ」と勝ち誇る様だった。
「エルは、ここで待っていてくれ」
「アルさん、わたしは……」
エルは僅かに抵抗の意志を示そうとするが、たどたどしく言葉を詰まらせる。
「大丈夫だ、任せろ」
正確な理由は分からないが、エルは戦えない。
そして、“後ろめたさ”からその理由を俺にも話す事を躊躇っている。
そう判断した俺は、エルが言葉を紡ぎ終える前に、自分の言葉を被せる事で抵抗を許さなかった。
「……はい。気を付けて、ください」
エルは、俺の反論の余地を許さない力強い物言いに観念したのか、抵抗を諦めて俺を送り出してくれた。
俺は抱きかかえていたエルを降ろす。
そして、俺を送り出す最愛の人の言葉に背中を押されながら、老人の方に向き直った。
「悪いな、彼女は調子が悪いらしい。――代わりに、俺が相手してやる」
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