宮廷魔導士⑤ 変異種
回想。旧王都。
ここへ来ると、過去の記憶が思い起こされます。
大災厄、わたしの人生を狂わせた、全ての始まり。
気が付いたときには、王都の様子は一変していました。
辺りは瘴気に包まれ、建物は崩れていました。
永遠を得るはずだった民の殆どは死に絶え、その一部は異形の姿となって、無限の時間の牢獄に囚われてしまいました。
でも、そんな中でも。
大災厄を、わたしの魔力の奔流を受けてもなお、生き残っていた人も居たんです。
それは、わたしと同じエルフ族の少年でした。
黒髪のわたしとは違い、エルフ族らしい色素の薄い髪をした、紫色の瞳をした少年。
エルフ族というのは、普通の人間よりも魔力の強い種族です。
魔法に長けていて、色素の薄い髪色で、耳が少し長く伸びている、そういう種族です。
あの時は大魔法に失敗したのだと思っていましたが、今なら分かります。
あの少年は、わたしの大魔法を受けても耐えられるだけの魔力を有していたのだと。
その少年は瓦礫に埋もれ、怪我をしていましたが、まだ僅かに息をしていました。
その場でわたしが手を差し伸べれば、救うことが出来たでしょう。
でも、その時のわたしは、瓦礫の中で倒れていたその少年に何かをしてあげた訳では有りません。
ただ「ああ、この子はまだ生きているんだな」なんて思いながら、そこに放置して、見捨てて、わたしは王都を後にしました。
その後の話は、伝わっている話と相違ありません。
民に追われたわたしは森へ逃げ込み、その“魔女の森”に引き籠りました。
わたしは、助けられるはずだった少年すら見捨てたのです。
その時は心の余裕が無かった――というのは、言い訳でしょうか。
結局、わたしの本質は冷徹なの“災厄の魔女”だったんだと思います。
その少年の事だって、今日まで一度も思い出した事すら無かったのに。
どうして今になって、こんな事を思い出してしまったのでしょうか。
もしかすると、今わたしたちの探している、エルフ族だという宮廷魔導士の話から連想されたのかもしれません。
あの時、わたしが救い出していれば。
あの少年も、成長すれば立派な魔法使いになっていたかもしれません。
なんて、わたしが考えるのはおこがましいですね。
でも、かつて見捨てた少年に対しても、今なら罪悪感を感じて、こうして思い返す事が出来ます。
今のわたしは、少しくらいは人間らしくなっているのでしょうか。
今のわたしなら、あの時、正しい選択を選べたのでしょうか。
わたしの記憶は、その大災厄の前後から始まっていて、それ以前の記憶は『永遠』の魔法の触媒として、全て消えてしまいました。
そして、それは記憶だけでなく、名前もです。
名前を失うという事は、自分の中だけではなく、他者の中からも自分が消えてしまうという事です。
世界中の記憶からも、記録からも存在を抹消される。
それが“名前を触媒にする”という事の重みです。
もう誰も、わたしすらも、過去のわたしを覚えてはいません。
わたしは“災厄の魔女”という記号で世界から認識されていました。
でも、今はそれで良かったすらと思っています。
記憶と名前、そのどちらかだけ残っていても仕方のない事です。
それは言い換えれば“自分の中の自分”と“他者の中の自分”。
片方だけが残ってもちぐはぐなだけ、どちらかが辛くなるだけです。
それに、今のわたしには“災厄の魔女”という記号ではない、名前が有ります。
愛する人から貰った『エル』という、新しい大切な名前が有ります。
わたしは『エル』として、これからの人生を、アルさんと共に生きていきます。
―――
旧王都。
この場所は以前に来た時と変わらず、嫌な空気を漂わせていた。
嫌な空気の正体は濃い魔力の淀み――瘴気なのだろうが、それ以外にも気持ちを沈ませる様な雰囲気さえある。
今みたいに日も落ちてくると光も入らなくなり、更に嫌な雰囲気は増していく。
魔力の弱い人間には有害な瘴気なんて無くても、こんな陰気な所には誰も近付きたくは無いだろう。
俺とエルは並んで、以前にも共に歩いた道を一緒に歩いている。
周囲の建物は以前よりもボロボロに崩れていて、以前来た時はまだ形を保っていた建物も倒れて、少し景色が変わっていた。
瘴気の魔力を吸って成長した植物は更に不自然に肥大化していて、崩れた建物と合わさり塞がっている道も有った。
しかし、そんな建物の倒壊や植物の成長という分かりやすい外観の変化ではなく、別の違和感。
旧王都に有るべき、居るべきだったものが、見当たらなかった。
「アルさん、気付きませんか?」
「ああ。……異形が、居ない」
“異形”――元々旧王都の民だった、魔力の奔流に耐えられなかった者の、成れの果て。
永遠を求めた王の被害者達。
旧王都に残されていたはずの、彼らの姿が見当たらなかった。
異形は喋る事も、歩くことも出来ない肉塊だ。
自分で動いてどこかへ行くことはまず無いだろう。
十年前には何人――と呼ぶには抵抗が有る。
何匹か居たそれが、一切見当たらないのには違和感が有る。
「どこかへ運ばれてしまったんでしょうか」
「だと、良いんだけど……」
異形がこの旧王都に残されていたのには、俺に責任が有る。
俺が“不死殺しの魔剣”を自分のエゴで消失させたが故に、俺が永遠を求めたが故に、彼らは死という救済の機会を失った。
そういう意味では、彼らは二度も。
一度目は旧王都の王によって、二度目は俺によって。
他者の求めた永遠の犠牲になったのだ。
責任を感じる俺としては、姿を消した異形の動向が気になった。
そして、そんな“違和感”は形となって俺たちに襲い掛かってきた。
「――アルさんっ!」
エルに声に、俺は咄嗟に身体を倒した。
体勢を立て直し、視線を向ける。
すると、先程まで俺の身体の有った場所を、“何か”が通過していた。
それは黒い触手状の物体。
そして、その触手の黒い表面には見覚えが有った。
それは――、
「――“異形”」
しかし、今目の前に居るそれは見覚えの有る異形のそれでは無かった。
俺の知る異形は、四肢を捥がれた肉塊の様な形だ。
もぞもぞと痙攣の様な動きは見せるが、触手を伸ばして攻撃してくる様な事なんてなく、言葉を発する事も無い。
しかし、今眼前に居る異形。
こちらへ明確な敵意を向けて、触手を伸ばし攻撃してきたその異形は、自らの足で自立していた。
肉の塊から二本の足が生えていて、腕の代わりに、肉塊の表面と同じく鈍く黒光りする触手が伸びている。
そして、あれは口なのだろうか。
肉の隙間から「ぎょうぎょう」と不気味な鳴き声の様な音を発していて、ぎょろりと大きく飛び出た目を動かし、こちらを見据えていた。
俺たちの知らない姿をした異形――仮に変異種とでも呼ぼうか。
変異種は再び「ぎょおおう」と奇声を上げて、襲い掛かって来る。
「エルっ!」
避けろの意味を込めて、名前を呼んだ。
俺の意図を察して、エルは回避の体勢を取った。
それに合わせて、俺は『光源』のフラッシュを変異種のぎょろりとした目玉に向けて、放つ。
目で見て、狙いを定め、攻撃をする。
そういう基本行動を取る変異種に対して、『光源』のフラッシュは効果覿面だ。
眩い光の瞬きに視界を潰され、狙いを見失った触手の腕は空を切る。
そして、その大きな隙に『風』の魔法を使い、伸ばした触手に対して、鋭い鎌鼬の刃を叩き込む。
再び変異種の「ぎょおおう」という耳障りの悪い奇声。
両腕の触手を切り落とされた、変異種の叫びだ。
痛みを感じているのか、反射的な物なのかは分からない。
奇声と共に、触手の腕を切り落とされた変異種はその場で身を捻じる。
しかし――、
「――不死性か」
視線を上げると、変異種の切り落とされた触手はすぐに塵となり虚空へ消えていた。
そして、代わりに肉塊からもぞりと触手の腕が生え変わっていた。
それも当然だ。
異形とは『永遠』の魔法によって不死性を得た、元人間だ。
ただ、魔力への耐性が無かったが為に、大魔法の魔力の奔流をその身が受け止めきれずに、魂と肉体が崩壊しただけの。
これでは埒が明かない。
どれだけあの肉塊を切り刻んでも、すぐにその不死性によって再生してしまう。
今の目的は旧王都に居るであろう宮廷魔導士であり、一生ここで変異種の相手をして時間を食われている訳にはいかないのだ。
しかし、不死の変異種をどう対処しようかと、俺が頭を悩ませようとしていた、一瞬の間。
「――『重力』、『形状変化』、『凍結』」
俺が思考を巡らせる終わるよりも早く、エルが動いた。
一瞬で複数の魔法を同時に展開。
まず『重力』で変異種の触手の腕の動きを封じる。
そして重みで地べたに叩きつけられたその腕に『形状変化』で形を変えた地面の石畳みが絡みつく。
更に『凍結』の魔法が石の枷から伝わり、触手の先からじわじわと浸透して行き、ついにはその肉塊の芯にまで到達――。
魔法の天才、元宮廷魔導士、災厄の魔女様。
その実力は流石としか言いようがない。
『不死殺し』の大魔法無くして殺すことが出来ない、不死性を持つ異形の変異種。
それをいとも簡単に、手際良く、即座に、無力化してしまった。
「大丈夫でしたか?」
「ああ、ありがとう。お疲れさま」
一仕事終えてとたとたと駆け寄って来たエルを労い、安心したのも束の間。
背後に足音、そして何者かの気配。
一瞬また別の変異種が襲ってきたのかと、身構えて振り向く。
しかし、そこには――、
――色素の薄い髪、そしてその髪の隙間から覗く長く伸びた耳と、紫色の瞳。
長い髭を生やし、杖を突く人物。
間違いない。
探し人、宮廷魔導士だ。
☆面白いなと思って貰えたら、ブクマや評価を頂けると励みになります!☆




