宮廷魔導士③ 魔導書
翌日。
次に俺たちが訪れたのは、初デートの時にも来た事のある魔道具屋だ。
エルが森に生えている魔石や、自分で書いた魔導書を買取に出していた店。
あのデートの日、“不死殺しの魔剣”で死ぬ気だったエルが、残される俺の為にお金を置いて行こうという理由で来店した、というのは後から聞いた話だ。
しかし、今日の来店理由は、そんな後ろ向きな物ではない。
件の魔女の森を荒した、『爆発』の鳥型魔獣を使役する犯人捜索の為の情報収集だ。
森の家の地下の書庫、その蔵書は犯人の手によって物色された形跡が有った。
もし、犯人の動機が書庫の蔵書に有ったのならば。
“この店でエルの書いた魔導書を手に入れ、その知識の更に深淵を覗こうと著者を探す内に、災厄の魔女に辿り着いた”という可能性が有る。
その災厄の魔女の魔導書が商品として並ぶこの店になら、手がかりが残っている可能性は高い。
その魔道具屋は八百屋とは違い、十年前と変わらずに、大通りから外れた裏路地の同じ場所に有った。
相も変わらず、裏路地という立地も相まって薄暗い外観のその店は、初見では入店を躊躇してしまう様な怪しい雰囲気を醸し出している。
店の扉を開けると、やはり店内の様子も十年前と変わらない。
店内を照らすランプの灯りは薄暗く、棚には雑多によく分からないアイテムや魔石、エルを始めとする様々な魔法使いの書いた魔導書が並んでいた。
相変わらず客入りは少なく繁盛して無さそうで、今日も店の中はがらがらだった。
店の奥には店番の少女――ではなく、まるで少女の様な容姿をした魔道具屋の店主が居る。
十年前と全く同じ容姿をした店主だが、別に彼女は俺たちの様に不老不死という訳ではない。
彼女は一定の段階で身体の成長が止まる種族らしく、こんな見た目をしているが結構お年を召されている方だ。
「ども、お久しぶりです」
「ああ……おお? 随分と懐かしい顔だね。それに、今日は奥さんも一緒かい」
俺の挨拶に対して、店主は顔を上げる。
そして、俺を一瞥した後、少し驚いた様にエルの方に視線を振った。
エルは俺の隣でぺこりと軽くお辞儀で返す。
そして、ローブのフードを取って、少し照れ臭そうにしながら、
「えっと、多分分からないと思うんですけど……」
と、もじもじと前置きをする。
しかし、
「いや、分かるとも。あんた、この本の著者じゃろう」
どこから話そうかと、思案してまごまごとした物言いになっていたエル。
その言葉が紡ぎ終わる前に、店主は被せてそう言い放った。
その店主の手に有ったのは、エルの書いた魔導書だ。
“分かる”とはつまり『認識阻害』のローブで姿を隠していたはずのエルの正体の事だ。
完璧に隠し通せていたと思っていたエルは、虚を突かれた様に「えっ……」と固まっていた。
「まさかとは思っていたが、黒髪のエルフ――本当に災厄の魔女様じゃったとはね」
「どうして、気づいてたんです?」
固まったままのエルに代わって、俺が話のバトンを繋いだ。
「この本に書かれていた魔法。それはこの国の流派の物でも無いし、わしの育った国の物でも無い。今まで色んな魔導書を読んで来たが、これだけ明らかに特別じゃよ」
そう言って、ぽんぽんと魔道具を指で叩く。
魔法というのは、国や地域によって同じ魔法でも少し違いが有る。
流派が違うとはそういう事だ。
例えば、俺が室内の灯りとして使われる『光源』を、目晦ましの『フラッシュ』として使う様に。
魔法式の違いや与える命令の違いで、魔力の変換効率だったり発動する魔法の結果に差異が出る。
同じ結果をもたらす魔法でも、違う名称で呼ばれている物だって有るくらいだ。
「でもわたし、基本的な魔法についてくらいしか書いてないはずです」
「馬鹿言うんじゃないよ。これが基本なら今世界中で出回ってる魔導書は全部落書きじゃよ」
店主曰く、エルの魔導書に記されていた魔法は一般的な物よりも魔力の変換効率も段違いで、例えば基本的な『光源』一つをとってもレベルが違うらしい。
なんなら、見たことも聞いたことも無い様な魔法について書いてあったりと、どう考えても世界を変える程の魔法の天才にしか書けない物らしい。
「初めてあんたがわしの店に来た時、受け取った魔導書を見てすぐに確信したよ。『ああ、目の前に居るのが災厄の魔女なんじゃな』ってな」
八百屋に続き、エルはまたしても自分の行動から『認識阻害』の魔法を看破されてしまっていた。
なんというか、ちょっと考えると分かりそうな気もするが……。
しかし、全てが規格外の災厄の魔女様的には「一般的な魔法は大体こんな感じだろう」とセーブして書いた魔導書だったのかもしれない。
この程度なら大丈夫だろうという感覚だったのだろうが、実際には何も大丈夫なんて事は無く。
ばっちり世に出すとまずいタイプの魔導書を書いてしまっていた訳だ。
「えっと……ではどうして、わたしを見逃してくれたんですか?」
どうして、災厄の魔女と知りながら見逃してくれたのか。
旅で訪れた遠方の国々とは違い、この王都は災厄の魔女の伝説が一番色濃く残る場所だ。
普通の人ならどういう反応を示すかなんて、想像に難くない。
八百屋の親子の様なのは特例中の特例なのだ。
しかし、
「わしはこの国の産まれじゃあないからな。別に災厄の魔女をどうこう思っちゃいないんじゃよ。――それに、わしは魔法が好きなんじゃ。あんたの本は、わしのお気に入りなんじゃよ」
そう言って、店主はその実年齢にはそぐわぬ、しかし見た目通りの無邪気な少女の様な微笑みを向けてくれた。
そして、本題の森の家を破壊した犯人探しの件だ。
俺の読みでは、この店の魔導書の購入者が犯人なのではと推理していたのだが。
「この店で、エルの魔導書を買って行った人は居ませんでしたか?」
「いいや、居らんね」
ばっさりと否定されてしまった。
「そうですか……」
「さっきも言った様に、この魔導書はわしのお気に入りじゃからね。自慢で並べてはいるが、まともな値は付けとらんよ」
それを聞いて、並んでいる魔導書を一冊手に取って、値札をよく見てみる。
すると、その値札には小学生がふざけて付ける様な数のゼロが並んでいた。
俺はその本をそっと棚に戻した。
どうやら、本当に魔法オタクの店主が趣味で災厄の魔女の知識を買い集めていただけらしい。
この店主が物の価値が分かる、その上悪用しない人で良かったと、心底そう思った。
魔導書はその特性上『隠匿』の魔法で所有者と著者以外には中身は白紙に見える。
その為、立ち読みする事も出来ないし、こんな法外な金額で購入する輩も居る訳が無いだろう。
どうやら、この店の客が犯人と言う線は薄いかもしれない。
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