宮廷魔導士① 森の家
ここから宮廷魔導士編です。時系列としては『本と創作の国』の後です。
「見えてきましたよ」
「ああ、懐かしい景色だ」
天を突く程の高い木々が連なる大きな森、俺たちの家の有る“魔女の森”。
十年程経った今でもその森は変わる事無く、そこに在った。
もしかすると、隣で風に長い黒髪を靡かせている彼女にとっては十年という時間なんて大した事は無く、懐かしいなんて感覚は無いのかもしれない。
それでも、まだ人間の時間感覚から脱し切れていない俺にとってはそう感じられた。
俺たちは新婚旅行、『勇者アルの冒険』をなぞる聖地巡礼の旅から帰って来たところだ。
これまでに俺とエルは二人で様々な所を巡って、見て、感じて来た。
ドラゴンや妖精なんてのにも会って、異世界を存分に感じる事が出来た。
それらはこっちの世界に来る前では絶対に味わえなかった体験であり、その旅の中で得られた経験は掛け替えのない物だ。
「帰ったら掃除しないとだね」
「そうですね。埃被っちゃってそうです」
十年も家を空けていれば家具は埃を被っているだろうし、色んな所が傷んでいるかもしれない。
そんな事を話しながら、俺たちは森へ帰って来た。
森の中へ足を踏み入れてから、俺はほんの少しの違和感を感じていた。
すぐには何がその違和感を感じさせているのかは分からなかったが、何となくの違和感が肌を撫でる気持ち悪さが有った。
しかし、家の有る場所まで来れば、その違和感の正体は一目で分かった。
「は? いや、これって……」
「わたしたちの、家が……」
埃を被っているだとか、どこか傷んでいるだとか、そういうレベルの話では無かった。
違和感の正体、それは人の侵入した形跡だ。
ここが普通の家だったならば、十年も家を空けていれば空き巣に入られてもおかしくはない。
しかし、ここは“魔女の森”だ。
森には『迷い』の魔法がかけられているし、何より元々人の寄り付かない場所だ。
まさか魔法を突破して侵入して来る輩が居るとは思ってもいなかった。
しかし、この“惨状”はただ盗みだけが目的の犯行では無いだろう。
「……酷いな」
口を突いて出たのはそんな言葉だった。
そうとしか言い表せない惨状だ。
俺たちの家とその周辺は、何者かの手によって荒されていた。
家の壁には穴が空き、焦げた跡の様な物がいくつも見られる。
家の周りの地面にも爆発の跡の様なクレーターがいくつも出来ていて、これが盗みだけが目的の破壊ではないのは明白だ。
災厄の魔女を狙った犯行だろうか。
ぱっと見の印象としては、森に侵入して家を見つけたものの、当の魔女が不在だったので仕方なく嫌がらせとして荒して帰った。
という感じに見える。
隣のエルをちらりと横目で見ると、ショックを受けた様子で口に手を当てたまま固まっていた。
俺はそんなエルの背をポンと叩いて、
「とりあえず中へ入ろう」
「そうですね、まずは中へ……」
家の中も外と変わらずの有様だ。
中と言っても、壁や天井にも穴が空いていて、もはや雨風を凌ぐ役目を果たしていない。
いつもエルの腰掛けていたロッキングチェアも、一緒に食事を取ったテーブルも、一緒に眠ったベッドも。
記憶の中にある思い出の家具たちは、もはや一つとして元の姿を残してはいなかった。
怒りも勿論の事だが、それ以上に虚しさが強い。
“物が壊れる”というのは、思いの外心を折られるものらしい。
俺は胸にぽっかりと穴が空いた様な感覚だった。
「……アルさん」
エルの声が聞こえたのは地下の方だ。
家の地下には書庫が有る。
書庫にはエルが集めた本のコレクション、そしてエルの書いた魔導書が収められている。
俺も魔法の勉強で散々お世話になった場所だ。
声に呼ばれるまま地下の書庫へ向かう。
すると、その場所だけ、他と少しだけ様子が違う事に気づいた。
「ここは無事、みたいだね」
「はい。ここだけ、です」
無事と言うのは少し表現が適切では無いのかもしれない。
結局それも“地上の惨状に比べれば”という事だ。
書庫の扉は地上と同じ様に壊されていて、焦げた跡がある。
そして、書庫の中は人が物色した様な形跡があった。
元々適当に積まれていた本だが、その元々の適当さとは違い、本が乱雑に放られていた。
その本の扱いには愛を感じないし、俺やエルでない他人の仕業で有るのは明白だ。
家の周りの惨状を見る限りでは、災厄の魔女に恨みを持つ者の犯行かと思っていた。
しかし、この書庫が漁られたと言う事は、もしかすると災厄の魔女の知識を目当てにここに侵入したのかもしれない。
おそらく何冊か持ち去られているのだろうが、本の量が量なだけにすぐには確かめようも無い。
「魔力を感じます。それに、これは……魔獣? だと思います」
俺が放られた本を拾っている内に、エルは犯人の残した手がかりに気付いた様だ。
書庫の扉だった物を手で沿わせながらそう呟いた。
俺もエルに倣って使用した『魔力感知』で二人の物とは違う、この空間においては異質な魔力を感じる事が出来た。
しかし、それが魔獣の物かまでは、対魔獣の経験の浅い俺では判別が付かなかった。
それでも、エルがそう言うのなら間違いはないだろう。
「魔獣、か……」
魔獣と聞いて、まず想起されたのは、この森で初めて対峙したあの四足歩行の犬型の魔獣。
結局あれはエルの差し金だったのだが、その後かなり弱いタイプのありふれた魔獣だったと知った。
最も、弱いと言っても“他の魔獣に比べれば”であり、普通に獰猛な獣である事には変わりないのだが。
そしてもう一つ。
この森で魔獣と言えば、初デートの約束を取り付けた際に討伐した、あの“鳥型の魔獣”だろう。
あの鳥型は『爆発』の魔法を操る上位個体だった。
そして、あの日エルが森中の魔獣を追い払っていたというのに、最奥部に近いこの家のある場所へ現れた、本来居るはずの無かった異端の魔獣。
イレギュラーだ。
「なあエル、これって――」
「アルさん、これは――」
家の周りの爆発の跡、家の焦げた様な損傷、そして魔獣の気配。
俺とエルは自然と目を見合わせ、お互いに同じ結論に辿り着いたのを理解した。
「――鳥型魔獣を使役した誰かの仕業、か」
「きっと、魔獣を使って、わたしを探していたんだと思います」
あの鳥型魔獣はエルを――“災厄の魔女”を探していた。
『爆発』の魔法を操る鳥型魔獣。
あの時森の中で遭遇したタイミングにも違和感が有ったが、今回の一件でその理由にも合点がいった。
ここまでの状況から推測する。
執拗なまでに破壊されている家の周りの惨状を見るに、災厄の魔女に恨みを持つ者の犯行だろう。
そして、書庫の本が物色されていた事から、魔獣が単身で暴れた物とは考えにくい。
魔獣を使役した人間の仕業と考えるのが妥当だろう。
そして魔獣を使役する手段として用いられた魔法はおそらく――、
「おそらく『獣使い』ですね」
『獣使い』という魔法がある。
精神干渉系の魔法で、主に動物を使役して働かせる為の魔法だ。
対象と信頼関係を築く事無く一方的に従属させるという、結構クレイジーな魔法だ。
本来、この魔法で人探しをするのなら、知能の高い動物を使役するのだろう。
しかし、勿論魔力を持たない動物ではこの森の中へは侵入出来ない。
だからと言って、本能だけで生きる魔獣に「森の中の魔女を見つけて来い」なんて命令が通じる様な知性は無い。
しかし、『獣使い』で使役している対象の居場所は、使役者にも分かるのだ。
つまり、使役している対象が死ねば、その反応が消えた座標を特定する事は出来る。
その『獣使い』の魔法を魔獣に対して行使し、使役していたのだとすれば。
本来ならば、この家までは『迷い』の魔法がかかっていて辿り着く事は出来ない。
しかし、俺があの魔獣を家の有るこの場所で殺してしまったが故に、この場所の座標が魔獣の使役者に特定されてしまったのだ。
つまり――、
「――俺の所為、か」
「そんなに気を落とさないでください。魔獣を追い払ってずるをしてた、わたしの所為でもあるんですから」
「でも、俺が殺さなかったら……」
俺が殺さなかったら、あのまま見逃していたら。
少なくともここで殺していなければ、この場所が特定される事は無かっただろう。
そう思うと自分を責めずにはいられない。
この虚しい惨状を作った原因に自分が一枚嚙んでいたかと思うと、頭を掻きむしりたくなる様な衝動に駆られる。
そう意気消沈していると、突然。
ふわり、と暖かい感覚に包まれる。
気づくと俺はエルに頭を抱きかかえられる格好になっていた。
「大丈夫ですよ。大丈夫、です」
それはまるで、子供をあやす母親の様に。
エルは毛羽立っていた俺の心を優しく包み込み、溶かしていった。
俺はエルの背に腕を回し、落ち着くまでその暖かさに身を任せていた。
そうしていたのはほんの僅かな間だった。
溜飲が下がり、少し恥ずかしくなった俺は「ごめん」と身体を離した。
「悪いのはこんな事をした人です。捕まえてとっちめましょう」
努めて明るくそう言うエルだって、悲しんでいない訳が無い。
現に、最初にこの惨状を見た時にはショックを受けた様に放心していた。
「――ああ、そうだな」
俺がしっかりしなくては。
こんな所で挫けている場合ではない。
俺たちがまずやるべき事。
エルの言う通り、こんな事をした犯人を見つける事。
そして、この家を復旧させる事だ。
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