帰りたい、帰れない
一通り弔問客の相手を終えたらしく、おじいちゃんが宮殿へと帰っていく。
(良かった……これで家に帰れる)
そんな風に思いながら、わたしはホッと胸を撫でおろした。
おじいちゃんの隣を歩きながら、騎士のおじさん――――ランスロットを探してわたしはキョロキョロと視線を彷徨わせる。あの人がいないとわたしは城を出ることすらできない。家に帰るにも徒歩でどのぐらい掛かるか分からないし、王都なんて滅多に来ないから間違いなく迷子になってしまう。
「疲れただろう? 今、お茶を準備させよう」
けれど、おじいちゃんはそんなことを言った。
「えっ……? えぇと…………」
おじいちゃんは怒らせると怖い。断っちゃいけないと思いつつ『帰りたい』と意思表示するなら今じゃないか、なんて考える。
「国外から取り寄せた最高級の茶葉だよ。ケーキも既に数種類準備させている。パティシエがライラのために心を込めて作ったものだ。食べなければ罰が当たってしまう」
そう言っておじいちゃんはゆっくりと目を細めた。
「……っ!」
そんな風に言われたら、何も言い返せなくなってしまう。わたしは黙っておじいちゃんの後に続いた。
***
「どうだい? ライラ」
「とっても美味しいです」
めちゃくちゃ広くて豪勢な部屋に案内された後、おじいちゃんと一緒にテーブルを囲む。すぐに数人の女の子たちがやって来て、お茶とケーキを用意してくれた。朝、着替えを手伝ってくれた女の子達だ。皆すごく可愛いし、わたしに向かって優しく微笑んでくれる。
(癒されるなぁ)
一日中貴族たちに囲まれていたせいか、何だか本当に安心する。甘いスイーツの効果も相まって、わたしの緊張感は駄々下がりだ。ほぅとため息を吐くたび、おじいちゃんは穏やかに目を細めた。
「ライラよ、この部屋をどう思う?」
「へ……? えっと、とっても素敵だと思います」
おじいちゃんに言われて、わたしは改めて部屋の中をぐるりと見回す。淡いピンクを基調とした壁紙に、ついつい手を伸ばしたくなる可愛らしい調度類。大きな窓からは花々が美しく咲き誇る庭園と王都がよく見渡せる。お姫様のお部屋ってのは、きっとこんな感じなんじゃないかな――――そんな風に思った。
「そうだろう、そうだろう。急ごしらえだったが、気に入って貰えたようで良かった。ああ、足りないものがあったら何でも言いなさい。すぐに用意させるから」
そう言っておじいちゃんはとても嬉しそうに笑う。
「足りないもの……?」
一体どういうことだろう。ほんのりと首を傾げたわたしに、おじいちゃんは身を乗り出してまた笑った。
「ライラ――――ここはおまえの部屋だよ」
「……え? わたしの部屋って…………」
言いながら、わたしは大きく目を見開く。
街の中でもわたしの家は決して小さくはなかった。けれど、この部屋はそんなわたしの部屋よりも余程広い。
(ううん、そんなことより)
「おじいちゃん、わたしには部屋なんて必要ないわ。もう、ここに来ることは無いのに……」
小さく首を横に振りつつ、わたしは明確に意思表示をする。
だってわたしは、生まれてこの方会ったことも無かった王太子様の葬儀に来ただけだもの。ここを出たら、煌びやかな王室とか貴族の世界から離れて、お父さんとお母さんの元に帰るのに。
だけど丁度その時、部屋の扉をノックする音がした。
「入りなさい」
おじいちゃんが至極冷静な声音でそう言う。
現れたのは騎士のランスロットだった。傍らに年若い別の騎士を連れている。褐色に金色が混ざったみたいな変わった髪色をしている、鋭い目つきの男性だった。近寄りがたいというか、なんだか少し怖い感じがして、わたしは思わず視線を逸らす。
「遅くなって申し訳ございません。引継ぎに時間が掛かりまして」
ランスロットがそんなことを言って頭を下げる。年若い騎士も一緒になって頭を下げた。
「――――急な配置換えだ。気にする必要はない。
ライラ、紹介しよう。この男はおまえの護衛騎士を務めるアダルフォだ」
そう言っておじいちゃんは褐色の髪の騎士の隣に立った。騎士は無言でわたしのことを見つめつつ、ゆっくりと恭しく頭を下げる。
「アダルフォでございます。どうぞ、よろしくお願いいたします」
それはぶっきら棒な声音だった。彼はその場から動くことなく、そっとわたしのことを見上げている。
「護衛騎士なんて……おじいちゃん…………!」
「ライラよ」
その瞬間、わたしの背筋に緊張が走った。ビリビリと膝から崩れ落ちそうなプレッシャー。だけどわたしはグッと気合を入れ直し、ゆっくりと立ち上がった。
「わたし、家に帰りたい」
「ならぬ。今日からここがお前の家――――帰る場所だ」
おじいちゃん――――国王様はそう言ってまじまじとわたしを睨みつける。わたしも負けじと睨み返した。
「分かるだろう? クラウスが――――私の唯一の子が死んだのだ。もう誰も――――お前以外に王位を継げる人間が存在しない」
「そんなの……そんなの都合が良すぎます! だってわたし、十六年間ずっと平民として暮らしてきたんですよ⁉ それなのに、いきなり王位を継げなんて」
つまりは『消去法で仕方なくわたしを迎え入れた』って言ってるのと同じことだ。そんな風に扱われて、素直に『はい、そうですか』と受け入れる人間はそういない。少なくともわたしは受け入れたくなかった。
「金銭的援助はきちんとしてきたよ。親族としての責任は果たしていたつもりだ」
「そういうことじゃありません!」
言いながらわたしは涙が出てきた。だけど、感情論で訴えた所できっと国王様には届かない。だって感情で物事を考えていたら、きっと王様なんて務まらないもの。そんな風にしていたら心臓が幾つあっても足りない――――そう分かっている。
(だけど、それでもわたしは……)
「言っただろう。お前を城に迎え入れられない事情があったんだ。それをこの場で全て話すつもりはないし、おまえに選択権は存在しない。ライラ――――お前は王族に生まれたのだ。王族に生まれるとはそういうことだ」
「わたしは王族なんかじゃありません!」
最初から姫君として育てられていたなら、不条理なことも受け入れられたかもしれない。だけど、今更時計の針は戻りはしない。わたしは平民として育てられた、ただのライラだ。それ以上でも以下でもない。
「話は以上だ。
アダルフォ――――ライラを部屋から出さないように」
「畏まりました」
そう言っておじいちゃんはランスロットと一緒に部屋を出ていく。扉が閉まったその瞬間、わたしは思わず泣き崩れた。