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模範解答と本音

「準備は?」



 端的な質問に顔を上げる。

 おじいちゃんは食事を口に運びつつ、わたしのことを見つめていた。



「至って順調よ。文官達が頑張ってくれているもの」



 答えながら、わたしはそっと視線を逸らす。


 家出以降、おじいちゃんはわたしとの約束を律儀に守り、一緒に食事をする時間を作ってくれている。

 元々食が細く、忙しさにかまけて簡単に食べられるもので済ませていたらしく、わたしと食事をすることは、おじいちゃんの側近たちに随分と喜ばれた。


 おじいちゃんにはあと二十年ぐらい、国王として元気に生きてもらいたいところ。健康第一。身体を大切にしてほしい。



「そちらの方はあまり心配していない。

ランハートとはうまく行っているのか?」



 その瞬間、ドキッと大きく心臓が跳ねた。



「……どうしてそう思うの?」


「お前の顔を見ていればわかる。表情に迷いが見えるからな」



 鋭い眼差しで射抜かれて、わたしは思わず口を噤む。



「そんなこと言って、本当はアダルフォから聞いたんじゃないの?」


「……お前も大分知恵がついたな」


「やっぱり。そんなことだと思った」



 アダルフォに命じたのは、ランハート本人に追及をするなっていうことだけ。

 おじいちゃんに報告するなとは言っていないんだもの。



「婚約を考え直すべきだと言われた。お前自身はどう思う?」



 おじいちゃんはこれまた端的に問う。わたしは思わず眉間にシワを寄せた。




「そういうおじいちゃんはどう思うの?」


「質問を質問で返すな。私はお前の意見を問うているのだ」



 鋭い眼差し。譲歩してくれる気はないらしい。わたしは小さくため息を吐いた。



「相手を変える気はないわ。だって、わたし自身が選んだ人だもの。

ランハートが、わたしが王太女になるにあたって、必要な人だと思った。的確だと思った。それなのにコロコロ相手を変えたいと思うなんておかしいでしょう?

そもそも、ランハートが本当に逢引をしていたのか――――事の真偽もわからないし、それを確かめる気だってないのよ?」


「今回の件が勘違いとして、その先は? もしもあいつがお前を愛することなく、他の女ばかりを愛したら? ライラ、お前は平気なのか?」



 ズキンと胸が痛む。

 我が祖父ながら、なんとも意地が悪い。愛する孫娘にしていい質問じゃないと思う。



「醜聞に――――国の恥にならないよう、密かに遊ぶなら良いんじゃない? 貴族って、そういうものなんでしょう?」


「――――模範解答だな」



 そう言っておじいちゃんは小さく笑う。良かった。幻滅はされなかったらしい。ホッと胸をなでおろしていると、おじいちゃんは「でも」と言葉を繰り出した。



「本当にそれで良いのか?」


「……え?」



 思わぬことに目を見開く。わたしは静かに息を呑んだ。



「ライラよ。お前は平民王女だ。平民として育ち、彼等の生活や心、願いを知る唯一の王族だ。それなのに、己の気持ちから顔を背けて良いのか?」



 おじいちゃんに言われた言葉の中で、過去一番、心にぐさりと刺さる。



 わたし自身の声、気持ちを大切にしないこと――――それは、民の声に耳を塞ぐということだ。


 貴族や王族の常識に囚われ、悪しき風習すら黙って呑み込んでしまう。

 それが本当に正しいことなのか? おじいちゃんはそう尋ねているのだ。



「わたしだって……わたしだって本当は、結婚相手にはわたしだけを愛してほしいって思っているわ」



 姫君になったから――――国の未来を背負うことになったから。

 だからこそ諦めていたけれど、わたしだって本当は、妻として大事にされたい。



 わたしを育ててくれたお父さんとお母さんは、互いを慈しんでいるし、心から愛し合っている。そんな夫婦に憧れるのは当然だ。



 だけど、わたしとの結婚は愛ゆえのものではないから。

 ランハートも、バルデマーも、『王配という地位』と結婚をしたいんだってわかっていた。


 愛されたいなんて思っちゃいけない。ずっとずっと、自分にそう言い聞かせていたのに。



「クラウスとペネロペを引き裂いた私に言えることではないが」



 おじいちゃんはそこで言葉を区切る。苦し気な表情。見ているこちらまで苦しくなってくる。



「お前には幸せな結婚をしてもらいたいと願っている。愛し、愛され、互いを心から想い合える男と幸せになってほしい。

それはきっと、私だけの想いではない。民の願いだとも思っているよ」


「おじいちゃん……」



 まさか、おじいちゃんがそんな風に言ってくれるだなんて、思ってもみなかった。国のために、わたしを平民から無理やり王女にしたのが嘘みたいだ。



「それから、私の考えを変えてくれたのはライラ――――他でもないお前自身だ。

だからもう一度、自分がどうしたいのか、よく考えると良い」



 おじいちゃんが口にする。

 唯我独尊――――そんな言葉がぴったりな人だったのに、わたしの考えを尊重してくれるようになるなんて……。



「わかった。もう一度よく、考えてみる」



 そう返すと、おじいちゃんは目を細めて笑った。



(わたしの気持ち……)



 これからどうしたいのか。

 きちんと向き合うことは少しだけ怖い。


 だけど、ぐっと胸を張り、前を向く。

 そんなわたしを、おじいちゃんが満足そうに見つめていた。


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