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もう一つの誓い

 しばらくしてから、バルデマーが部屋へと案内された。



「ご無沙汰しております、姫様」



 彼らしくないどこか自信なさげな表情。なんだか申し訳なくなってしまう。



「久しぶりね。元気にしていた?」



 尋ねつつ、エリー達が淹れてくれたお茶を飲む。

 バルデマーは問いかけには答えなかった。嘘を吐きたくないのだろう。どこまでも不器用な彼の姿に、なんだか親近感を覚えてしまう。



「心の整理をしてまいりました」



 ポツリと、呟くようにバルデマーは言う。



「正直私には、どうして自分が選んでいただけなかったのか、わかりませんでした。自分がランハート様よりも劣っているとは思えませんでしたから」



 その瞬間、ズキッと小さく胸が痛む。

 今、ランハートの話をされてしまうと結構辛い。だけど、決して表情には出さないよう、わたしは真っ直ぐにバルデマーを見つめ続けた。



「けれど、先日姫様に言われて気づいたのです。私は、自分自身が国王になろうとしていたのだと。貴女の前を進もうとしていたのだと」



 バルデマーの瞳が悲し気に揺れる。

 きっと、後悔しているのだろう。もっと早くにそのことに気付けていたら、今頃結果は違ったんじゃないかって。



「ねえ、どうしてバルデマーはそんなに王配になりたいの?」



 ずっと不思議だった。何が彼をそんなにも駆り立てるのか。

 そりゃあ、人間誰しもある程度の権力欲を持ち合わせているのかもしれないけど、バルデマーのそれは少しだけ異質に感じられたから。



「母の最後の願いだったのです。一番になってほしい、と。

姫様もご存知かと思いますが、私には一歳違いの弟が居ます。母親が違う――――父の愛人が産んだ子どもです。

幼い頃から、私達兄弟は比べられてきました。容姿にはじまり学問や武芸、芸術方面や、ありとあらゆる素養を。

無論、全てにおいて秀でていたのは私の方です。そうあれるように努力もしましたし、当然のことだと思っています。

けれど、父の愛情が私――母に向くことは一度たりともありませんでした。結果、母は心を患い……」



 バルデマーの告白に、わたしは小さく目を瞠った。

 彼の家族構成は当然知っている。だけど、その内情は本人たちにしかわからない。隠したがっている事実なら尚更だ。



「文官として働き始めたのは、家の外で自分の実力を試したかったからです。弟以外の人間と、自分を比べたい。

結果、私は確固たる自信を得ました。自分が思っていたよりも、私は秀でていた。他人よりも……誰よりも――――そんな風に思えたのです。

ここでなら、母の願い通り、私は一番になることができる。

そんな時、クラウス殿下が亡くなり、私は姫様と出会ったのです」



 バルデマーはそう言って、穏やかに微笑む。悲しみを湛えたその表情に、胸が小さく軋んだ。



「クラウス殿下は私を認めてくださっていましたし、私には国を率いていくだけの実力がある。絶対に王配に選ばれる――――選ばれなければならないと思っていました。

けれど、結果は弟の時と同じ。姫様は私ではなく、ランハート様をお選びになりました。

考えるに、私には相手の望みを想像すること――――気持ちを慮る能力が欠如していたようです」


 わたしは静かに息を呑む。

 バルデマーは本当に、自分自身を見直したんだ。己に足りないものが何なのか、本気で。



「ときには能力や熱意よりも、大事なものが存在する。父が私に関心を向けなかったのは当然です。彼の望みは能力とは別のところにあったのですから。

父は愛情を――優しさを――他人を思いやる心を求めていました。弟を忌み嫌い、まるで存在しないかのように振る舞い、歩み寄ろうとしなかった私には、決して持ち合わせていなかったものです。父に認められないのは当然でした」



 バルデマーはそう言って、自嘲気味に笑う。


 大丈夫。彼はきっと、これからもっと成長する。

 元々実力はある人だもの。いくらでも自分を変えていける。

 もしかしたら、歴代最高の宰相にだってなれるかもしれない。そう思うと、なんだかとても嬉しくなった。



「姫様――――いいえ、ライラ殿下。そのことに気づかせてくださったのは貴女です。心からお礼を申し上げます。

私はこれから心を入れ替え、誠心誠意、殿下のために働きます。いつか、貴女の左腕になれるよう――――貴女の隣を歩くことを許していただけるよう、精一杯努めたいと思います」



 バルデマーはわたしの傍に跪き、真っ直ぐにこちらを見つめる。

 彼に跪かれたことは幾度もある。だけど、これ程までに真摯で、心からの敬愛を感じたのは初めてだ。



「期待しているわ、バルデマー。貴方はいつか絶対、一番になれる人よ。どうかその熱意で、一緒に国を引っ張っていって。その日が来るのをとても楽しみにしているわ」


「はい、必ず」



 そう言って彼は、わたしの手の甲に口付ける。いつになく熱い唇に驚けば、バルデマーは悪戯っぽく微笑んだ。



「それから、もう一つ、ライラ殿下に誓いを立てたいことがございます」


「……誓い? 何?」



 内心どぎまぎしつつ答えれば、バルデマーはそっと目を細めた。



「たとえ殿下の配偶者になれずとも、私はいつか、貴女の愛情を勝ち取ります。ランハート様よりも私を愛していただけるよう、己を磨き、殿下に尽くし、虎視眈々とその座を狙い続けましょう。

今度は本気です。私は貴女の愛がほしい」



 その瞬間、心臓が勢いよくドキッと跳ねる。指先に口付けられて、身体が一気に熱くなった。



「な……な、な…………!」


「それでは、今日はこれで失礼いたします。親愛なる、ライラ殿下」



 バルデマーは蕩けるような笑みを浮かべ、颯爽と踵を返した。ドアが閉まる音を聞きながら、わたしはソファに崩れ落ちる。



(何それ、なにそれ!)



 こんなの絶対反則だ。これまでの何倍も、何十倍も手強い。情けないほどドキドキしてしまった。

 本気で心を入れ替えているみたいだし、今のバルデマーなら或いは……



(いけない)



 ついついそんなことを考えている自分に気づき、ハッとする。



 わたしが結婚するのはランハート。自分自身の手で選んだ、王配にふさわしい人物だもの。

 今更そんなことを思うなんてどうかしている。邪念を振り払うべく、わたしは首を横に振った。



(だけど)



 次にランハートに会った時、わたしはいつもどおりに笑えるだろうか? 何事もなかったように、振る舞うことができるんだろうか?


 残念だけど『大丈夫』だって、自信を持って言えそうになかった。


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