嘘吐き
「ご婦人方とやり合ったそうですね?」
ゼルリダ様のお茶会の翌日、わたしは私室を訪れたランハートと向かい合って座っていた。
「さすが、耳が早いわね」
「当然です。情報は鮮度が命ですから。出来る限りたくさんの話を集めるようにしていますよ」
ランハートはそう言ってニコリと微笑む。わたしは思わず唇を尖らせた。
「で、情報源は? まさか、わたしの侍女達を買収したんじゃないでしょうね?」
「まさか。さすがの僕も、そんな大それたことはしませんよ」
「じゃあ、誰を買収したの?」
「単に参加者の一人が知人だったというだけですよ」
ふぅん、と相槌を打ちつつ、なんだか釈然としない。そんなわたしの様子に、ランハートはそっと首を傾げた。
「僕の交友関係が気になります?」
「別に? 噂がどういった経路で拡がるか、気になるだけよ」
そう――――本当に、ただそれだけ。
だって、わたしの言動がどこでどんな影響を与えるか、きちんと確認しておきたいじゃない。情報源が身内なら、何処に居ても気が抜けないってことになるし。
「ご安心ください。今回の噂は拡がっても構わないものです。ライラ様がただの姫君ではないという、良い牽制になるでしょう。
それに、いざといった時の情報操作は得意ですから」
「情報操作、ね」
嘘が誠になり、誠が嘘になる――――狭い貴族社会、情報を制する者が全てを制するといっても過言じゃない。そういう意味で言えば、ランハート程王配に向いている男性は居ないと思う。
「他には? どんな情報を仕入れているのかしら?」
「色々ですよ。貴族達の懐事情に交友状況、婚約や破局の裏事情に、使用人たちに関する小さな情報まで。集めるだけ集めて、あとは取捨選択していくだけです。まあ、最近は放っておいても僕に擦り寄ってくる重鎮たちが増えましたし、情報を得るのはとても容易いことです。これから更に、そういった輩は増えるでしょう」
ランハートはそう言って苦笑を浮かべる。
彼がわたしの婚約者に選ばれるであろうことは、最早公然の秘密。わたし自身は即位の準備で忙しいし、将来の王配に取り入ろうとする人間が多いのは当然かもしれない。
「ところで、今日はそんなことを言うためにわざわざ城に来たの?」
手元の資料をワザとらしく捲りつつ、わたしはランハートにそう尋ねる。
王太女即位はもう目前。これでも結構忙しい身の上だ。それでもこうして時間を割いているのには、一応理由があったりする。
「理由が無いと会いに来たらいけないですか?」
「それは……そういう訳じゃないけど」
つまり、今日ここに来た理由は特にないらしい。内心ため息を吐きつつ、わたしはそっと視線を背ける。
「どうされました?」
「別に? 何でもないわ。ただ、ランハートは嘘吐きだなぁと思って」
「僕が? まさか。僕は嘘を吐かないと、何度も申し上げた筈なのに」
ランハートは答えつつ、困ったような笑みを浮かべる。
ええ、そうでしょうとも。本人に嘘を吐いているつもりはない。
ただ、完全に忘れているってだけで。
「それでは、今日はそろそろお暇します」
彼は立ち上がり膝を突くと、わたしの右手をギュっと握る。それから手の甲に触れるだけのキスを落とし、蕩けるような笑みを浮かべた。
「正式に、あなたの婚約者になれる日が楽しみです」
思わぬセリフ。息を呑むわたしに、ランハートは目を細める。
「わ……分かってるの? わたしの婚約者になるってことは、あなたも王族として、わたしの婚約者として、相当数の公務を引き受けるってことなんだからね? 今みたいに遊んで暮らせるわけじゃないのよ?」
大体、即位と同時に婚約を発表するのだって、民を安心させるためなんだし。彼にはその自覚があるのだろうか? 自分で選んだ人とはいえ、ちょっと心配になってくる。
「分かってますよ。それでも、楽しみだと思います」
嫌味なくらい整った顔。醸し出される甘い雰囲気に首を振る。
口先ばっかり。本当は大して楽しみじゃないに違いない。
(プロポーズするって言ってた癖に)
王族の結婚に恋愛感情は必要ない。
わたしだって、ランハートが好きで堪らないから彼を選んだわけじゃないし、あっちだってそう。わたしが好きで配偶者に立候補したわけじゃない。
だから、忘れたところで仕方ない。仕方がないって思っているんだけど。
(わざわざ時間、作ったのになぁ)
何でもない振りをしながら、わたしは彼の後姿を見送った。




