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クラウスの願い【Side ゼルリダ】

 招待客たちが居なくなり、ライラと二人きりになった庭園はやけに静かだった。

 何も指示をしていないのに、侍女達が新しいお茶を運んでくる。二人で隣り合って座り、しばらくの間どちらも口を開かない。



「――――やっぱり血は争えないわね」



 先に沈黙を破ったのは私の方だった。

 ライラは小さく目を見開き、それから困ったように首を傾げる。



「それってわたしがおじいちゃんに似ているってことですか? それともお父さん?」


「両方よ。嫌になる程似ているわ」



 答えつつ思わず苦笑を漏らせば、ライラは静かに目を伏せた。



 物心がついてから一度も会ったことが無いなんて嘘のよう。ライラは夫に――――クラウスにそっくりだった。


 一見おっとりとしているように見えるのに、本当は物凄い頑固者。己がこうすると決めたら、敵を作ってでも絶対に考えを曲げはしない。





『僕の妃はゼルリダだけだよ』



 クラウスの声が頭の中で木霊する。

 死の間際、彼の枕辺で謝罪する私に掛けてくれた言葉だ。


 私は彼の子供を産めなかった。原因は明らかに私にあるというのに、夫は私以外の側妃を娶ることも、離縁もしない。


 申し訳なかった。妃としての務めを果たせないことが。

 愛情深い彼に、惜しみなく愛を注ぐことの出来る存在を与えられないことが。


 彼の願いを何一つ叶えてあげられない出来損ないの妃なのに、私は妃の座を――――彼を手放すことが出来なかった。



『なにを言っているんだい? 君は僕の願いを叶えてくれただろう?』



 クラウスはそう言って幸せそうに笑う。私の頬を撫で、それからそっと涙を流した。



『ゼルリダ――――君のお陰で、ライラは今日まで自由に生きることが出来た。もしもあの子を城に呼び寄せていたら、君はもっと心安くいられただろう? 跡継ぎを望む声に悩まされることもなかった筈だ。それなのに、君はいつも自分が悪者になって――――僕の願いを叶えてくれた。本当にすまなかった』



 涙が零れる。伝えたいことは沢山ある筈なのに、言葉にならなかった。ありがとうも、ごめんねも、まだまだ全然言い足りていない。こんな時まで私は、どうしようもない出来損ないで。



『最後にワガママを言っても良いかな?

ライラが――――もしもあの子が王族としての生活を望まないなら――――自由にしてやっては貰えないだろうか?』



 夫の言葉に息を呑む。

 彼が亡くなれば、お義父様は間違いなくライラを王女として迎え入れるだろう。私やランハートではなく、クラウスの血を継いだ孫娘を、次の王にと望むに違いない。

 けれどそこには、あの子の意思も、夫の意思も、反映されることは無い。ただ国を護る駒として、ライラは生きていかざるを得なくなる。



『約束します』



 何も出来なかった私だから。

 せめてもの罪滅ぼしに、その位はさせて欲しい。

 それが、あの人の最後の願いだから――――。




「ありがとうございます、ゼルリダ様」



 顔を上げる。気づけば私の隣で、ライラが穏やかに微笑んでいた。亡くなった夫によく似た表情。ずっと見ていたくて――――見ていられなくて、思わず視線を逸らしてしまう。



「前にも言った筈よ? あなたにお礼を言われるようなことはしていないわ」



 私はただ、夫の願いを叶えたいだけ。この子のためを思って動いたことなど、一度だってないのだから。



「それでも、わたしは嬉しかったです。十六年間、普通の女の子として過ごせたこと。お父さんやお母さんにわたしの手紙を届けてもらえたこと。全部ゼルリダ様のお陰ですから。

ゼルリダ様のお陰で、わたしはお父さんの意志を継ぐ覚悟が出来ました。本当に、心から感謝しています」



 ライラが微笑む。

 記憶の中のクラウスと、目の前のライラがダブって見える。



『ありがとう、ゼルリダ』



 そう言って微笑む夫の姿が目に浮かび、目頭がグッと熱くなる。


 ああ。

 私はようやく、クラウスの役に立てたのかもしれない。


 ――――いいえ、違う。

 私の本当の役目は、きっとこれから始まるのだろう。


 クラウスの代わりに彼の娘を見守ること。導くこと。

 そのために私は妃になった。そのために、私は今、ここに居るのだと思う。



「ゼルリダ様……良かったらこれ、使ってください。ゼルリダ様のために作ったんです」



 ライラが言う。差し出されたのは、下手糞な刺繍が施されたハンカチだった。

 出来上がった模様はガタガタで、お世辞にも上手とは言い難い。だけど、この子が育ての両親に向けて作ったものと同じ。鬱陶しい程の愛情と温もりを感じる。



「――――ありがとう」



 静かに肩を震わせるわたしを、夫と同じ表情をしたライラが見つめていた。

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