一番手と二番手
葬儀はつつがなく終わった。――――というか、流れも作法も手順も良く分からなかったから、気づいたら終わっていたっていうのが正しい。
「ライラ、もう少しこちらに」
国王様は式典が終わると同時に、穏やかな表情のおじいちゃんに戻った。ニコニコとわたしを手招きして自分のすぐ傍に置く。
たくさんの貴族たちがお悔やみの言葉を述べるため、おじいちゃんの元に集まっていた。どうやらわたしを見せびらかすつもりらしい。
「おじいちゃん、あの……」
「ああ、ランハート!」
おじいちゃんはわたしの言葉を無視して、一人の男性に声を掛けた。小麦色に近い金髪に水色の瞳をした甘いマスクの男性だ。まだ20代になりたてといったぐらいの風貌で、フェロモン強めな感じ。この人が街を出歩いたら、あっという間に女性から取り込まれるんじゃないかなぁと思う。大人のお姉さんにモテそうなタイプだ。
(……この人、おじいちゃんと仲の良い人なのかな?)
そもそも王様に謁見できる人は極一部って聞いたことがあるし、若くしてこの場で気軽に声を掛けてもらえるなんて、相当覚えが目出度いに違いない。
「――――ライラ、この男は我が国の筆頭公爵家の子息でランハートという名だ。今後、よく会うことになるだろうから、おまえも名前と顔をしっかり覚えておくように」
わたしの疑問に答えるように、おじいちゃんはそっと耳打ちする。公爵とか言われても正直よく分からないし、わたしは取り敢えず頷いておいた。
(まぁ……わたしに今後は無いんだけど)
だって、これが終わったら家に帰るんだもの。お父さんとお母さんがきっと、わたしのことを心配しながら待っている。早く二人の顔を見て安心したい――――安心させたいと心から思った。
「ランハート、この子は私の孫、ライラだ。可愛いだろう?」
その時、おじいちゃんの声がわたしの意識を呼び戻した。ランハートって人はほんのりと目を見開き、それからとびっきりの笑顔を浮かべる。
「なるほど……そうじゃないかと思ってましたが――――いや、本当に可愛らしい。クラウス殿下に生き写しでいらっしゃいますね」
イケメンっていうのは声まで甘くなるものらしい。声音で頭を撫でられているようだった。経験したことないような奇妙な感覚に、わたしは小さく身震いする。
「そうだろう? 本当ならもっと早くに迎え入れたかったのだが、色々と差し障りがあったからな」
「――――――――――――なるほど」
含みを持たせたおじいちゃんの言葉に、ランハートって人はチラリと別のとこかへ視線を遣る。わたしも一緒になって視線を動かすと、そこにはゼルリダ様の姿があった。
「では姫様、これから僕のことは『ランハート』と気軽にお呼び捨てください。色々と戸惑われることもあるでしょうから、僕が相談相手になりましょう。
――――――――それとも、他にもう候補が?」
ランハートは騎士がするみたいに恭しくわたしの手を取り、わたしとおじいちゃんとを交互に見つめる。
「いや、おまえがトップバッターだ」
訳の分からないわたしをそのままに、おじいちゃんがそんなことを言った。すると、ランハートはニヤリと口角を上げ、そのままわたしの手の甲に口づける。
「なっ……! へっ…………⁉」
「それはそれは――――この上なく光栄なことです」
そう言ってランハートは立ち上がると、ゆっくりと恭しく頭を下げた。
「陛下、今日はこれで失礼いたします。
姫様――――またすぐにお会いしましょう」
ランハートの流し目にドギマギしつつ、わたしはおじいちゃんと一緒に彼の後姿を見送る。ややしておじいちゃんはふ、と小さく笑った。
「ランハートはさすが……察しが良いな」
「え、っと…………何がですか?」
首を傾げつつ、躊躇いがちに尋ねる。けれどおじいちゃんはほんのりと目を細めつつ、何も言わなかった。
(――――何だかいやぁな感じ)
わたしは貴族でも王族でもないし、言えること、言えないことがあるのは分かる。だけど、こんな風に一部だけを見せられて種明かしをされないと、置いてけぼりにされているみたいですごく気持ち悪い。そういうのはわたしが帰ってから好きなだけすれば良いのにって思う。
(……ん?)
その時、ふと視線を感じて、わたしは顔を上げた。
(うわぁ……綺麗な人)
お月様みたいな淡いブロンドに、神秘的な深い青色の瞳の男性がそっとこちらを見つめている。ランハートも華やかでカッコよかったけど、こっちの男性の方がサラッとしているというか、絵本に出てくる王子様みたいな感じ。ドキッとして思わず目を逸らしてしまった。
(あっ……こっちに来る)
目を逸らすなんて、もしかしたら物凄く失礼な行為だったのかもしれない。そう思いつつ、助けを求めておじいちゃんを見上げる。
「うん? どうした、ライラ」
別の貴族と話していたおじいちゃんが、小さく首を傾げる。ややして「ああ」と言いながら、おじいちゃんは先程の男性に向かって微笑んだ。
「バルデマーか。おまえには後で声を掛けようと思っていた」
おじいちゃんは彼をバルデマーと呼んだ。二人はお悔やみの挨拶を交わしつつ、親し気に言葉を交わす。
バルデマーって人はまだ十代だろうにとても堂々としていた。多分わたしの一つか二つ上なぐらい。落ち着いているし、気品漂う感じで、何だか少し憧れてしまう。
「姫様」
その時、彼がわたしを見つめながらそう呼んだ。反射的に肩を震わせつつ、わたしは「はいっ」と返事をする。
「私のことはバルデマーとお呼びください。
お父上の――――クラウス殿下のこと、本当に残念に思います。まだお若かったのに」
「――――そう、ですね…………」
わたしに向かってお悔やみの言葉を述べられるのは初めてで、どう答えたら良いものかドギマギしてしまう。だって『昨日まで娘だって知らなかったんです!』と言う訳にもいかないし、かといって身内面して涙を流すのもなんか違う。
そんなことを思っていたら、バルデマーはふふ、と哀し気な微笑みを浮かべた。
「実は私は殿下の下で文官として働くのが夢だったのです。殿下は素晴らしい方で、本当に……心から尊敬していましたから。
しかし、殿下の下で働く夢は叶いませんでしたが、私はこれから先も国のため、この身を捧げるつもりでございます。その過程で姫様にお会いする機会も多いことでしょう。年齢も近いですし、仲良くしていただけると幸いです」
そう口にするバルデマーの瞳はキラキラと輝いていて、わたしは思わず息を呑む。
(真っ直ぐな人だなぁ)
お人形みたいな感じで、あまり温度を感じないタイプだなぁなんて思っていたけど、本当は内側に熱い感情を隠しているタイプらしい。「よろしく……」と言い掛けて、わたしはハッと口を噤んだ。
(いけない、いけない)
わたしはこの後、家に帰るんだもの。守る気のない約束はしちゃいけない。曖昧に微笑みながら、お茶を濁すことにする。
「――――――おまえに二番手を許そう」
ボソリと、まるで独り言のようにおじいちゃんが言う。
(今の、わたしに?)
そう思って顔を上げると、バルデマーが「ありがたき幸せにございます」と言って朗らかな笑みを浮かべた。