シナリオと原稿
王太女お披露目の日程が迫るにつれ、わたしの周りは慌ただしさを増していた。
お披露目式当日のシナリオを渡され、どんな風に動くのか、誰が何を言うのか、そういうことを頭に叩き込んでいく。傍から見れば自然な流れで執り行われているように思える儀式も、実際には綿密な下準備と入念な打ち合わせによって成り立っているのだ。
「前回の――――クラウス殿下の葬儀がイレギュラーすぎたのですよ。姫様がいらっしゃることを知っていたのは、本当に一部の人間でしたから」
そう口にするのは、新しくわたしの担当文官になったロナルドだ。
わたしより一回り年上だけど、童顔で親しみやすい顔をしている。穏やかな風貌をしている割に、実は切れ者らしい。彼はお父さんの側で政務を学んでいたらしく、経験の浅いわたしのフォローをするため、今回側近候補に選ばれた。
ロナルド以外にも、ベテランの中から数人、今後の王政を支える人材が選ばれ、わたしの担当文官として宛がわれている。年上ばかりではやりづらかろうと、同年代からも幾人かは選出された。
なお、わたしの担当文官達にはそれぞれ別の担当文官が付き、仕事のサポートをしてもらうらしい。元が素人のわたしからすれば変に思うけど、そういうものなんだそうだ。
それから、アダルフォ以外の騎士も数名増員された。彼等はいざという時の伝令役も兼ねているらしい。身辺警護のためというより、公務のやりやすさを重視された形だ。
(わたし、本当に王太女になるんだなぁ)
実感がなかったわけじゃない。だけど、これまでよりもずっと強く、リアルに感じられる。『公務』の二文字が重く圧し掛かり、緊張と興奮で背筋がビリビリと震えてくる。
「ところで姫様、スピーチの原稿は如何しますか?」
「ああ……うん。スピーチ、スピーチねぇ」
答えつつ、思わずため息が漏れそうになる。
王太女のお披露目の際にすることは大きく分けて二つ。
一つ目はおじいちゃんから王太女の指名を受けること。この時にティアラや国宝である神具なんかが授けられる。みっともない姿をさらさないよう、後継者教育を受け持ってくれた講師達と一緒に、毎日立ち居振る舞いを必死に練習している。
そしてもう一つは、王太女として、皆の前でスピーチをすることだ。
記者や国民の関心は寧ろこちらの方が主らしい。絵師たちの描く姿と違って、わたしが語った言葉をそのまま国民に伝えることが出来るって言うのがその理由だ。
そこまで終わってしまえば、後は延々とお祝いの儀式、宴が続くらしい。近隣諸国からお客様なんかもお迎えして、一週間近くもの間、夜会やらお茶会なんかが繰り広げられるそうだ。気疲れはするだろうが、とにかく華やかで素晴らしい会にすると文官たちが力説するので、わたしもとても楽しみにしている。
とはいえ、まずはスピーチを乗り越えないことには話にならない。
「以前もお伝えした通り、わたくしどもが代理でお作りすることも可能ですが」
ロナルドはそう言ってわたしの表情を窺う。大事な大事な儀式の要と呼ぶべき存在だもの。心から心配してくれているのは分かってる。他ならぬわたしだって心配だもの。
「ありがとう。実は、あれからずっと考えていたのだけど……原案はわたしが考えたいなと思っているの」
躊躇いつつ、自分の考えを口にすれば、彼はほんのりと目を見開いた。
「ロナルド達が作ってくれた方が、姫君らしい、完璧な原稿が出来るんだろうなって分かっているのよ? だけど、それだとわたしの想いが込められないでしょう? だから、何を伝えたいか自分で考えて、それから添削してもらいたいなぁと思って」
拙くとも、他の誰かが決めたものではなく、自分の言葉で。王太女としての覚悟と想いを伝えたい。
そう思っているのだけど。
「……ダメ? 良いとこどりが過ぎるかな?」
すっかり言葉を失った様子のロナルドに、わたしは小さく首を傾げる。
「いいえ。姫様は……いえ、ライラ殿下は、やはりクラウス殿下の子でいらっしゃるのだなぁと感慨に耽っておりました」
そう言ってロナルドは穏やかに微笑む。
胸が熱い。わたしは大きく頷きつつ、ロナルドに向かって微笑んだ。
「――――と、そういえば、彼の様子はどう? 少しは元気になったかしら?」
誰、とは明言せずに問い掛けると、ロナルドは困ったようにため息を吐いた。
「いえ。未だ塞ぎこんだ様子で、割り振られた仕事を淡々とこなしております」
「……そう」
目を瞑ると、最後に会った時の彼――――バルデマーの表情が目に浮かぶ。
三日と開けずわたしに会いに来ていたバルデマーだけど、ここ一週間は音沙汰がない。かなり厳しいことを言ったし、本人も王配に指名されるのは無理だと悟ったのだと思う。
気になるけど、わたしの方から連絡を取るのも気が引けるから、ロナルドに様子を聞いている。彼はこの間まで、バルデマーの直属の上司だったので、様子を窺いやすいのだ。
「殿下がお気になさることはございません。彼を選ばなかったこと、相応の理由がおありなのでしょう?」
「ええ」
だけど、ちゃんと理由は有ったとしても、感情は完全にはリンクしない。バルデマーのことは嫌いじゃないし、最初は寧ろ好きだった。彼にときめいたことは一度や二度じゃないもの。
「殿下。どうかお気に止まないでください。ここで立ち直れないなら、それこそ、あいつはそれまでの男だったということです」
穏やかな表情。けれど、吐かれた言葉はかなり残酷だ。
これぞ行政人。王族の側近に選ばれるだけのことはある。
「そうね……ありがとう」
依然色濃く残っているバルデマーに対する罪悪感。完全に消えることは無いだろうけど、ほんの少しだけ救われたような気がしてくる。
(さて、わたしはわたしのやるべきことをしなきゃ、ね)
気合を入れなおして、わたしは膨大な資料の山と再び向き合うのだった。




