王様は――
バルデマーとはその後もこれまで通りの交流を続けた。
彼は花束や宝石、ドレスを手土産にわたしに会いに来てくれる。当然それは王配になりたいと思っているからで、罪悪感が無いと言ったら嘘になる。
とはいえ、わたしが誰を選んだのか、全く匂わせていない訳ではないし、折角持ってきてもらったものを突き返すことも出来ないのだけど。
「税率を上げる?」
「ええ。そうすれば国庫が潤い、色んな政策に取り組みやすくなります。現に、予算不足にあえぐ部署は少なくありません。私が貴方の夫になれたら、すぐに取り組みたいことなのです」
(税、ねぇ……)
自分の身の上を知らなかった頃、税金とか政策とか、そういうのは遠い雲の上のお話だった。そんな雲の上で決まった話がいつの間にか地上に降りてきて、雨風みたいに生活に影響する。
それが政治。
それが王政だってことは分かっているけど、果たしてそれで良いのだろうか?
身近なところで、少なくともエメットは『良くない』と思っていた。貴族ばかりが良い思いをしているっていつも言っていたし、事実がどうあれそう見えていたことには変わりない。
バルデマーはそういう民が居るってことを知っているんだろうか?
「だけどバルデマー、本当にお金は足りていないの? わざわざ税率を上げなきゃいけない程、足りていないのかしら?」
王女のわたしは現場を知らない。文官であるバルデマーの方が、城で働く人達の現状を知っているのは間違いない。そう思って尋ねた質問だったのだけど。
「足りているか、いないかではないのです。お金さえあれば、今着手できていない新たなことに挑戦出来るのです。有益でしょう?」
「それはそうかもしれない。だけど、政策に取り組む以前に民の生活に影響が出てしまうわ。
例えばだけど、貴方が持ってきてくれたその花束。それ一つで家族三人の一週間分の食事が買えてしまうの。知っていた?」
「いえ、それは……」
「貴族と平民では金銭感覚が違うのよ。民の生活はカツカツで、食べるのがやっとっていう人も多いわ。税が上がったら、今まで購入できていた何かを諦めなきゃいけなくなる人もいると思う」
これでもわたしは平民出身。そんじょそこらの貴族とは違う。市場価格とか民の声って奴にはかなり敏感だと思う。
幸いにも、我が国は平和で、良くも悪くも安定している。
それでも、今税率なんてあげたら、間違いなく反発が起きる。その前に出来ることがあるだろう、って言われてしまう。
仮にも平民出身のわたしが王太女になろうとしているんだもの。それだけは絶対に避けたい。
「それでも、どうしても上げなければならないというなら、貴族にだけ重い税を課してみる?」
「……いえ、そういう訳にはいかないかと」
バルデマーの返事は歯切れが悪い。貴族達を敵に回すと大変だって知っているからだろう。わたし自身今はやるつもりないし、ね。
因みに、おじいちゃんが一方的に送りつけていたわたしの養育費について、両親は一切手を付けていなかった。お父さんの宝石商としての収入だけで、生活の全てを賄っていたのだ。
『当たり前よ。だって、自分の娘を育てるために余所からお金を貰うなんておかしいじゃない?』
二人はそんなことを口にして朗らかに微笑む。
気になって確認してみたら、養育費は相当な金額だった。普通なら、ついつい(というか普通に)使いたくなる額なのに、本当にすごいと思う。
貧乏でもなければ特別裕福ってわけでもない。締める所は締め、使うべきところは使い――――我が両親ながら誇らしい。あの家で育てられて良かったと心から思った。
(さてと。お父さんとお母さんのためにも頑張らないとね)
二人が教えてくれたことを無駄にするわけにはいかない。
わたしは改めてバルデマーに向き直った。
「実はね、公務デビューをしたら、王族に付けられている予算を幾らか削ろうと思っているの」
「予算を削る!? 王族のですか!?」
余程ビックリしたのだろう。バルデマーは目を見開き、口元を押さえている。
「まさか、そのようなことを陛下がお許しになるとは……」
「大丈夫。陛下にもちゃんと相談済みよ。
もちろん、国の威信に関わるから、極端に減らすことはできないけれど、無駄があることは間違いないし、検討して良いって言ってくれたわ。
実際の予算の内容や積算については、わたしよりも文官たちの方が詳しいだろうし、話し合いながら進めていくつもりだけど」
元々、今の何千分の一のお金で生活していたのだもの。削れる部分は幾らでもある。
賛同が得られるかどうかは置いておいて、ゆくゆくは貴族達に割り振られた予算なんかも見直したいなぁって。
「しかし――――」
「バルデマー」
名前を呼ぶと、彼はビクリと身を強張らせる。
「これがわたしのやりたいことなの」
ゆっくりと刻み込むように言葉にする。
わたしはお飾りの王様になるつもりはない。
バルデマーが人の上に立つための駒になるつもりもない。
王族として、きちんと自分の頭で考えて、自分の足で歩んでいく。そのことを明白にするべきだと思ったのだ。
「しかし、姫様」
「バルデマー、何か勘違いしていない? あなたは『王配』にはなれても『王様』にはなれないのよ?」
自分でも厳しいことを言っている自覚はある。だけど言わなければ伝わらない。
「申し訳――――ございません」
バルデマーは悔し気に眉を寄せ、ゆっくりと静かに頭を下げる。縋る様に手を握られるのを、凪いだ心で受け止める。
「うん」
わたしは姫君。未来の王様。
自分がおじいちゃんの血を継いでいるんだってことを、少しずつ実感し始めていた。




