アダルフォの本音
「彼にも困ったものですね。ライラ様にまであんな態度を取るだなんて。相当焦っているらしい」
呆れ顔のランハートが小さくため息を吐く。
(そんなこと、わたしが一番そう思っているわ)
仮にもわたしは一国の王女。
あれを醜態って呼ぶのが正しいかは分からないけど、もう少し弁えていただいて然るべきだと思う。
もちろん、平民出身で威厳の足りないわたしの方にも問題はあるのだけれど。
「最初はあんな感じじゃなかったのよ? 紳士で優しくて。わたしのことをちゃんとお姫様扱いしてくれたし」
フォローをしてあげなきゃいけない気がしてそう口にすれば、ランハートは小さく笑った。
「そうでしょうね。僕もそういう認識でしたよ。
まあ、何か彼をあそこまで王配の地位に駆りたてる理由があるんだと思います。熱意というのは、持とうと思って持てるものじゃありませんからね。それについては素直に感心しますよ」
エリーが運んでくれたお茶を飲みながら、ランハートはどこか遠い目をする。
「……そうだねぇ。ランハートじゃ一生掛かっても手にいれられなさそうだもんね」
うん、激しく同意。
もしも今後、ランハートがなりふり構わず何かに取り組む場面が有ったら、わたしはきっと涙を流して感動するだろうなぁ。アダルフォがさり気なく同意しているのが可笑しくて、わたしはついつい声を上げて笑ってしまった。
「ライラ様……まあ、敢えて否定はしませんけど。
そういう、アダルフォの方こそどうなんですか? 姫様への想いとストイックさは認めますが、この男からはトップに立とうという気概は感じませんよ」
(ちょっ! そこ、突っ込んじゃう?)
さすがはランハート。本人を目の前に、そんなデリケートなことをズバリ尋ねてしまうなんて! わたしだって遠慮して聴かないようにしていたのに!
「俺はライラ様を愛しています」
「っ……!」
アダルフォはアダルフォで強かった!
この間は恥じらっていた癖に、こんなに人がたくさんいる場で臆面もなくそんなことを言うなんて思わないじゃない? 正直言ってビックリだ。
貰い球を喰らったエリー達が赤面してしまっている。そりゃあそうだよ。わたしだって本当は平気じゃないし。
「けれど、ライラ様をお慕いしているが故に、俺には他に為すべき使命があるのだと思っています」
「使命……どういうこと?」
王配にはランハートを選ぶって決めたけれど、アダルフォの本音が気にならないって言ったら嘘になる。もしかしたら、今を逃すと一生聞けないままかもしれないし、どうせなら聞かせて欲しい。
先を促せば、アダルフォは静かに頭を下げた。
「俺は騎士です。ライラ様の盾となり矛となり、貴方と、貴方の進む道をお守りすることが俺の使命だと思っています。
けれど、ライラ様の夫となる人には、貴方の隣を歩き、支えていただきたい。ライラ様が自分らしく居られる場所――――甘えられる人が必要だと思っています。
その役割は俺には出来ません。俺はライラ様の隣を歩くことは出来ないのです」
「アダルフォ……」
アダルフォのバカ。そんな風に言われたら、何だか泣けてきちゃうじゃない。
彼は王配になる気概が無い訳じゃない。何が一番わたしのためになるのか考えて、敢えてそちらの道を選んだんだ。
「貴方の行く手を阻むものは、俺が全て排除します。必ずや、生涯を掛けてライラ様をお守りします。
ですから、ライラ様は心のままに進んでください。
それこそが、俺の願いなのですから」
こんなの、とてもじゃないけど堪えきれない。ポロポロと涙を流すわたしを宥めながら、アダルフォは至極穏やかに微笑んだ。
「もちろん、ライラ様を悲しませるものは何人たりとも許しません。何かあれば即座に切り捨てます。それがたとえ貴方の夫となる人であっても」
アダルフォはそう言って、鋭い視線をランハートに向ける。
ランハートはほんのり目を見開き、それからそっと和らげる。
「肝に銘じておくよ」
そう言って、二人は静かに拳を重ねる。
アダルフォもランハートも、全く違うタイプの男性なのに、何だか長い道程を共にしてきた盟友みたいに見えた。
(わたし、まだ誰を選んだか伝えてないんだけどなぁ)
そう思いつつも、心の中がポカポカと温かい。
とてもじゃないけど、水を差す気にはなれなかった。




