揃い踏み
とはいえ、そこまで大変な事態に陥らないだろうとわたしは高を括っていた。
だって、アダルフォはいつも一緒に居るけど、基本無口で、積極的に何かを尋ねることは少ないし。俺が俺が、って感じでもないから、わたしさえ黙っていたらそれで良い。
バルデマーやランハートは神出鬼没だけど、多分きっと何とかなる。
何とか――――全員が一同に会したりしない限りは。
(何で! どうしてこうなるの!?)
ピリピリと張り詰めた空気に息を呑む。
今、わたしの私室には、バルデマーとランハート、それからアダルフォが揃い踏みだ。引き攣った笑みしか浮かべられないわたしを余所に、バルデマーとランハートは満面の笑みを浮かべ、互いを見つめ合っている。
(何でそんなにバチバチなのよ……って、王配の地位を争ってるもの同士だから仕方ないんだろうけど!)
人間、怒り顔よりも笑っている時の方が余程怖い。裏があるって分かっている時は余計に。
通常運転のアダルフォだけが、今のわたしの救いだった。
「随分と早い登城ですね、ランハート様。怠け者のあなたは、いつも遅い時間にしかいらっしゃらないので、鉢合わせするとは思いませんでしたよ」
爽やかな王子様スマイルを浮かべつつ、バルデマーが毒を吐く。
怖い。率直に言って、物凄く怖い。
そりゃあ宮廷人だから、嫌味の一つ二つサラリと言えるようにならなきゃいけない(らしい)けど、普段の人畜無害で優し気な印象とのギャップが大きすぎて震えてしまう。
「お褒めに預かり光栄ですよ、バルデマー」
対するランハートは、全く意に介さない様子で、いと優雅に微笑んでいる。嫌味を返すつもりすらないらしい。
余裕だ――――それだけに、余計バルデマーを苛立たせてしまった。バルデマーは静かに目を伏せたかと思うと、少しだけ眉間に皺を寄せる。
「――――姫様、私は姫様と二人きりで過ごしたいのです。ランハート様も、アダルフォも抜きに、二人きりで」
どうやら返す言葉が見つからなかったらしい。彼はそう言って、わたしの側に跪いた。
「二人きりって言っても……ねぇ」
わたしはアダルフォと顔を見合わせつつ、小さく首を傾げる。
そりゃあ、これまでだってバルデマーと二人きりになったことはあったけど、こんな風に感情的な時じゃなかったし。身の危険を感じているわけじゃないけど、色々と墓穴を掘っちゃいそうだから、出来れば避けて通りたい。
「余裕のない男は嫌われますよ? 焦る気持ちは分からないでもありませんが」
「そう思うなら、今すぐここから出ていってください。貴方は僕と違って余裕があるのでしょう? だったら、姫様と過ごす必要は無い筈です」
「まあ、そうですね……僕はただ、ライラ様に会いたかっただけですから」
ランハートはそう言うと、わたしの手を取り、指先にそっと口付ける。トクンと胸が高鳴り、頬に熱が集まる。
こういうことをさらりと言えちゃうあたり、ランハートはズルい。だけど、分かっていてもドキドキはしてしまうもので。
「仕方が無いからまた来ますよ。その方がゆっくり過ごせるでしょう?」
「……うん、分かった」
熱っぽい瞳でそんなことを尋ねられちゃ堪らない。よく考えたら、想いを自覚してからランハートに会うのはこれが初めてだし。
素直に頷くわたしを前に、バルデマーは大きく目を見開いた。
「姫様!? まさか、本当にこんな女たらしに誑かされてしまったのですか? この男を貴方の夫にするおつもりなのですか!?」
唖然とした様子のバルデマーに、わたしは内心冷や冷やする。『そうです!』って宣言出来たら楽だけど、今は絶対、そうと悟られちゃいけないタイミングだ。頭に血が上っているし、厄介な未来しか見えないもの。
「わたしはただ、機会は平等に与えるべきだと思っているだけよ。貴方とはこれから時間を共にするのでしょう? それなのに、ランハートには認めないんじゃ公平じゃないもの」
イエスともノーとも言わない。これが政治における非常に大事なスキルらしい。
けれど、バルデマーは微かに眉間に皺を寄せ、小さく首を横に振った。
「――――それを言うなら、最初からフェアじゃありませんよね? だって、そこに居るアダルフォはいつも、姫様と一緒に居るのですから」
「えっ、アダルフォ?」
まさかのセリフに、わたしは思わず目を見開く。あまりにも子供じみている――――だけど、多分これがバルデマーの本心なんだろうなぁ。
「そんなの、護衛騎士だもの。当たり前でしょう?」
わたしの言葉にアダルフォが頷き、庇うようにして前に立つ。
「バルデマー様、今の貴方は頭に血が上っていらっしゃるご様子。護衛騎士として、貴方をライラ様に近付けたくありません。どうぞ、お引き取りください」
鋭い空気を身に纏い、アダルフォがバルデマーの前に進み出る。普段アダルフォは、こう言う場で滅多に口を挟まない。余程目に余ったのだろう。
静かな睨み合いが続く。何でもない振りをしながら、わたしは密かに息を呑む。
バルデマーはしばらくの間無言でその場に座っていたものの、ややして静かに立ち上がった。
「分かりました。今日の所はこれで失礼いたします」
いつもと同じ、王子様みたいに綺麗な穏やかな表情でバルデマーが微笑む。それからわたしの手を恭しく握り、そっと触れるだけのキスをした。
「姫様……」
熱い眼差し。縋るような声音。物凄い罪悪感がわたしを襲う。
「またね、バルデマー」
平静を装ってそう口にすれば、彼は寂しそうに目を細め、それから部屋を出ていった。




