様子見
人払いをし、二人きりになったおじいちゃんの執務室。元々重厚な雰囲気の部屋だけど、今日はいつもよりも空気が張り詰めているように感じる。
顔を見るなりわたしが何を話をしたいか分かったらしい。おじいちゃんは神妙な顔つきをした。
「それで、誰を選ぶことにしたんだ?」
単刀直入すぎて情緒もへったくれもないけど、無駄なことが嫌いなおじいちゃんらしい。わたしは深呼吸を一つ、おじいちゃんを真っ直ぐに見つめた。
「ランハートを」
端的に答えれば、おじいちゃんは眉一つ動かすことなく「そうか」とそう口にする。
「私の挙げた候補者だ。誰を選んでも異論はない。ゼルリダも同様だろう」
「うん。わたしもそう思う」
元よりゼルリダ様は王太子としてランハートを推していたんだもの。反対されるとは思っていない。どんな反応をするかは未知数だけど。
「それで、選んだ後は? どうしたら良いの?」
王太女のお披露目まであと数日。当日は大きな式典が催され、国内外からたくさんのお客様をお迎えする。
その時に、婚約者を発表するっていうのが、おじいちゃんとわたしが描いていた理想の形だ。
とはいえ、当日、その場で知らされるんじゃ心の準備もできないし、本人達にも事前に意向を伝えるべきなんだろうなぁって思っていたのだけど。
「いや。今しばらくは様子を見る。明言してしまっては、後戻りが出来ない。不測の事態に備えた方が良かろう」
「そうだね……分かった。それじゃあわたしは、これまで通りに振る舞うようにするね」
周りからしたら、早めに情報が欲しいだろうけど、事は国の未来が掛かる重要事項。慎重に慎重を重ねた方が良いっていうおじいちゃんの考えは理解できる。ついさっきまで誰を選ぶか決めかねていたわけだし、ね。
「ライラよ……これまで通りと簡単に言うが、相当難しいことだぞ。皆がお前に関心を寄せているし、期日が迫るにつれ、ハッキリ探りを入れる人間は増えるだろう。婚約者候補の内、誰に取り入るべきか、計りかねている重鎮達も多いからな。
それに、ランハート以外の婚約者候補――バルデマーなどは自分にまだ望みがあると思い、お前に向かってくるのだ。ライラは感情がすぐ表に出るし、一体どうなることやら……」
「とか何とか言って――――本当は隠し通せると思っていないんでしょ」
憂いを帯びた瞳が、おじいちゃんの考えを如実に物語っている。唇を少し尖らせつつ、わたしは首を横に振った。
「わたしだって、ちゃんと後継者教育頑張ってるんだからね! これでも、以前よりは感情を隠すのが上手くなったんだから! おじいちゃんからすれば、まだまだなのかもしれないけど」
事実、家出騒動を乗り越えて以降、講師たちから褒められる頻度がかなり増えた。気持ち一つで、能力の身に付くスピードは格段に増すらしい。わたし自身、かなりの手ごたえを感じている。まあ、婚約者候補達には全く成果を発揮できていないので、説得力は無いのだけど!
「知っているさ。おまえは良くやっているよ」
おじいちゃんはそう言って、穏やかに目を細める。
「え……?」
それはわたしにとって、あまりにも思いがけない言葉だった。
だって、相手はおじいちゃんよ? 『まだまだだな』とか、『不安だ』とか、そういうことを言われるとばかり思っていたのに、唐突に褒めるんだもの。
結局感情が全部表に出ている。頬が真っ赤に染まってしまった。
「短期間で良くここまで成長した。ライラなら大丈夫。おまえが公務デビューする日が待ち遠しいよ」
それなのに、おじいちゃんはそう言って、わたしの頭を優しく撫でる。
(どうしよう……すごく嬉しい)
反発もしたけれど、おじいちゃんのことはとても尊敬している。だって、わたしがこれまで何の憂いもなく育ってくれたのは、おじいちゃんやお父さんが、この国をしっかり護ってくれていたからだもの。
「ありがとう、おじいちゃん。わたし、頑張る」
誇らしさを胸に微笑めば、おじいちゃんはびっくりするぐらい優しい顔で微笑んだ。
「とはいえライラよ。本人達に対しては、遠回しに結果を伝えることもやぶさかではない。期待を持たせすぎるのも酷だからな。そうして少しずつ、周囲に暗黙の了解を形成していくことも、人事の手法の一つだ」
「……って、簡単に言うけど、そっちの方がよっぽど難しいんじゃないの?」
わたしの言葉に、おじいちゃんはクックッと喉を鳴らして笑った。
「御明察。だが、王太女としての必須スキルでもある。今回のことは良い練習の機会だと捉えたら良い」
(そうだけど。そうなんだろうけど!)
これまでとは違った壁に直面したわたしは、心の中で小さくため息を吐くのだった。




