どうして、どうして
「誰を選ぶべきか、でございますか?」
「うん。シルビアがわたしだったらどうする? 誰を未来の王配に選ぶ?」
いよいよどうしたら良いのか分からなくなったわたしは、迷った挙句、シルビアを頼ることにした。
こんなこと、本当はおじいちゃん以外に相談するべきことじゃないのかもしれない。だけど、どうせなら同性の意見を聞いてみたいと思うじゃない? 当事者には見えないこともある気がするし。
「そうですわね……個人的にアダルフォは、頼りがいのある素晴らしい男性だと思っておりますわ」
「……! そうだよね、わたしもそう思う」
アダルフォはシルビアの元護衛だもの。わたしと同意見だって分かって、何だかホッとしてしまう。
なお、当事者であるアダルフォは『女同士の秘密がしたい』と主張して、扉の向こうで待機してもらっている。多分、何の話をしているかはバレバレだろうけど。
「彼は姫様を好いているようですし、とても大事にしてくれると思います。ただ、自ら前に出るタイプではありませんし、他の候補者のように『王配になりたい』という明確な意思が無いのが少々問題かと」
「そう! そこなんだよね……」
もしも降嫁先を探しているなら、彼が相手で何の問題もなかったと思う。
だけど、わたしは近い将来、国王になることが決まっている。女性が国のトップになることを良く思わない人間はどうやったって存在するんだもの。夫となる人には、わたしと同じかそれ以上に前へ出てもらい、国のリーダーとして皆を引っ張ってもらわないといけない。
だけど、そこまでの気概が彼にあるのかと尋ねられたら、ちょっと回答に詰まってしまう。無口だし、表情に出さないようにしているだけかもしれないけど。
「愛国心が強いし、指導力もあって良いと思うんだけどね。バルデマーやランハートみたいに『候補者にして』って言われたわけじゃないし。そもそも、気持ちは打ち明けられたけど、わたしとどうこうなりたいみたいな話は無かったし」
「そうですわね。そういう意味で言えば、意思のハッキリしている他のお二方の方が良いような気がいたします。バルデマー様は物腰柔らかく、姫様を大事にしてくれそうですし、やる気に満ち溢れていらっしゃいますから」
「そうだねぇ……」
だけど、最近思う。『大事にする』ってどういうことなんだろう?って。
バルデマーの『大事にする』はきっと、わたしをお姫様として丁重に扱う事だと思う。出来る限り矢面に立たせず、代わりに自分が何でもする――――謂わばわたしはお飾りの王族。彼が前に立つために必要なコマなんだろうなぁって。
対するアダルフォの『大事にする』は、わたしを主人として敬い、願いを叶えることだと思う。護衛騎士だから仕方ないけど、わたし達の間には明確な主従関係が存在する。一人の女の子として、というよりも『主人』としてのわたしが先行してしまうんだろうなぁって。
エリーの淹れてくれたお茶を飲みながら、わたしはふぅと小さくため息を吐く。シルビアは穏やかに微笑みながら窓の外をそっと眺めた。
「貴族や王族の結婚というのは、本当にややこしく、面倒なものですわね。ただ『好き』なだけでは結ばれることが出来ませんもの。もちろん、相手が自分のことを好きになってくれるとも限りませんし」
どこか寂し気な表情。美しい横顔が憂いを帯び、こちらの胸まで苦しくなる。
「わたしね、初めてシルビアに会った時、アダルフォとお似合いだなぁって思っていたの。仲が良いし、何だか互いを想い合っているように見えて。家格的にもつり合っているのかなぁって」
本当は今でもそう。二人は波長が合っているというか、見ていて微笑ましいし、すごく似合っているように思う。
「ありがとうございます。けれど、私には他に想い人が居るのですわ。キッパリ振られましたし、叶わぬ恋だと分かっているのですが……今でも忘れられなくて」
やっぱり――――そう思わずにはいられなかった。
「ランハートなんでしょう?」
問いかけに、シルビアが静かに頷く。彼女の瞳には薄っすら涙が浮かんでいた。
「どうしてなんでしょうね、姫様? どうして私は、あんなにも意地悪で、優しさの欠片もなくて、たくさんの女性に囲まれているランハートが良いんでしょう? 嫌いなはずなのに。大嫌いな筈なのに。どうして私は、あんな人を好きになったんだろうって……」
シルビアもきっと、わたしと同じ。誰かに話を聞いて欲しかったんだと思う。苦しい恋心を身の内に隠して、だけど自分を納得させることも出来ずにいる。
「どうして私じゃダメなんだろうって、ずっとずっと思っているんです。どんなに努力しても、彼は私じゃダメだって……望みがないと分かっているのに、それでも諦めきれずにいるんです」
「うん……」
ランハートがわたしの婚約者候補になった時、シルビアはどう思っただろう? 何だか申し訳なくなってくる。
だけど、同時に気づいてしまった。
多分わたしは――――わたしも、ランハートのことが好きなんだと思う。何でかはよく分からないけど、多分恋って理屈じゃない。
だからこそ、わたしは今日、シルビアの元に来たんだろうなぁって。
「ねえ、シルビア。もしもわたしがランハートを選んだら、シルビアは友達を止めてしまう? 今みたいに仲良くできなくなる?」
確認しないっていう選択肢もあったかもしれない。だけど、何も言わずにランハートを選ぶのは、シルビアに対して失礼だと思う。緊張で身体が小さく震えた。
「姫様……」
シルビアは小さく目を見開くと、首を大きく横に振る。それから、わたしの手を取り穏やかに微笑んだ。
「いいえ、姫様。いいえ。
姫様がお相手ならば、私も納得が出来ます。自分勝手だということは百も承知ですが、他の誰かと結婚するより、正直そちらの方が嬉しい。ありがたいのです。
それに、あの人を想う気持ちと同じかそれ以上に、私は姫様が好きなのですわ。ですから、これから先に何があっても、私は姫様の友達で居たい。仲良くしていただきたいと願っております」
強がりなんかじゃない。恐らくこれは、シルビアの本心なんだと思う。
だったらわたしも、腹を括って良い頃合いだ。
「分かった。だけど、もしも嫌になったら教えて? 知らず知らずのうちに無神経なことを言っちゃうかもしれないし」
出来る限りの配慮はするつもりだけど、どうやったって辛い思いはさせてしまう。一番厄介な感情――――恋心が絡んでいる以上、仕方がないことではあるけど、それでも。
「ありがとうございます、姫様。だけど、そのようなことにはなりませんからご安心ください。
私はずっと、誰かに彼のことを相談したかったんだと思います。誰にも打ち明けられないからこそ、終わらせられない。幼い初恋にしがみ付いていただけなのですわ。
それに、今回姫様に相談していただけて――――気持ちを聞かせていただけて、私本当に嬉しかったのです」
シルビアはそう言って、満面の笑みを浮かべる。その横顔がビックリするぐらい美しくて。
いつか、シルビアを心から幸せにしてくれる誰かと出会って欲しいなって、そう願わずにはいられなかった。




