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お付き合いしますよ

「伯母上の攻略方法?」


「そう。甥っ子のあなたなら色々と知っているでしょう? 趣味とか、好きなモノとか、話題とか、そういうの」



 翌日、城内でランハートを見つけたわたしは、彼を私室へと連行した。

 将を射んとする者はまず馬を射よ、じゃないけど、周囲から情報を集めるのは重要なこと。しかも、ランハートは人付き合いが上手いし、ゼルリダ様にも気に入られているみたいだから、きっと参考になると思ったのだ。



「そうですね……伯母はああ見えて、かなりシンプルで攻略しやすいタイプだと思いますよ?」


「やっぱり!? そこのところ、もう少し詳しく」


「伯母は表情が硬いし、言葉もきつめだけど、根は悪い人じゃない。素直になれないだけの可愛い女性なんですよ。ライラ様もそう感じたから僕のところに来たのでしょう?」



 さすが、ランハートは鋭かった。コクリと頷きながら、わたしは小さくため息を吐く。



「なんというか、損するタイプよね、ゼルリダ様は」


「そうそう。人のためにしてあげたことを『あなたのためじゃありません』なんて平気で言い放つ女性ですからね。素直に認めて感謝されたら良いのにそうはしない。多分恥ずかしいんだと思います。

まあ、プライドが驚くほどに高いので、取り扱いが難しい人であるのは確かですが」


「なるほど……」



 素直に感心していたら、ランハートは少しだけ遠い目をした。



「伯母はクラウス殿下との子を産めなかったことに、大きな負い目を感じているんです。妃としての務めを果たせなかったと。その癖、殿下に側妃を勧めることも、離婚を切り出すことも出来なかった。彼女なりに、色々と葛藤しているんだと思います。ですから、ライラ様に対しても複雑な想いを抱えているのでしょう」



 ランハートの言葉に胸が痛む。


 同じ女性。同じ王族。

 だけど、ゼルリダ様とわたしの立場は、似ているようで違っている。


 彼女は妃に選ばれた側。

 対するわたしは選ぶ側だ。


 選ばれたのに――――務めを果たせなかった。

 そんな想いを抱えながら、けれどその場から逃げ出すことも出来ない。批判を聞こえないふりをしながら、前を向き続けることは、どれ程辛いことだろう。

 どれだけ自信があっても――――ううん、自信があったからこそ、苦しいに違いない。


 心が苦しい。ゼルリダ様の悲しみを想うと、涙が込み上げそうになる。



「こら」



 だけど、俯いたわたしの額を、ランハートがピンと弾いた。



「もう! 痛いじゃないっ」



 これでも一応姫君なのに! 唇を尖らせれば、ランハートは声を上げて笑う。



「弾きたくなるような顔をしているライラ様が悪いんです。

全く……人の感情に敏感なのはあなたの良いところですが、吞まれちゃいけません。心臓がいくつあっても足りなくなります」


「それは――――――分かってるけど」



 呟くわたしを、ランハートは真剣な表情で見つめた。



「ライラ様。王太女となるあなたは、直接的であれ、間接的であれ、これから先恐ろしい程たくさんの人に出会うことになります。

確かに、全ての人に寄り添うことがベストです。あなたが心を寄せることで救われる人も沢山いるでしょう。

だけど、全ての人が満足する政治はあり得ません。人は自分のメリットで動く生き物だからです。一方を立てれば他方が立たず。そういう事は幾らでも存在します」


「……うん」



 ランハートの言う通り。誰もが納得する政策なんて無いって、おじいちゃんも言っていた。

 国王の仕事は『頷くだけ』だなんて言う人も言うけど、たったそれだけの動作に恐ろしい程大きな責任を伴う。

 それだけでも大変なのに、他の人の感情まで背負っていては身体がもたないんだって、わたしだって分かっている。ランハートがわたしのことを心配してくれているんだってことも。



「だけどね、ランハート。それがわたしのやりたいことなんだもの」



 王族として、未来の国王として。わたしがやりたいことは、人やその心に寄り添うことなんだもの。それが一番わたしらしい。今のわたしでも出来ることなんじゃないかって。



「――――そうですか」



 ランハートが呟く。

 もしかして、否定されてしまうだろうか。不安が胸を過る。

 けれど、恐る恐る顔を上げたら、ランハートは目を細めて笑っていた。



「分かりました。それがあなたのやりたいことだと言うなら、思う存分付き合いましょう」


「……え?」



 思わぬ言葉に目を瞠れば、彼はわたしの手を恭しく握った。



「そんな途方もない目標、一人ではとても抱えきれません。お付き合いしますよ。あなたが背負った重荷は、僕が半分持ちます。他の人のために頑張った分だけ、ライラ様は僕に甘えたら良い。あなたがやりたいというなら、僕はそれを応援します」



 ランハートらしくない真摯な表情。

 絶対、反対されると思っていたのに。どうしよう。

 すごく嬉しい。



「そ……それって、王配になりたいがためのリップサービス?」



 喜んでいるのを知られたくなくて、ついつい憎まれ口を叩いてしまう。



「まさか。あなたの夫に選ばれなかったとしても、僕がすることは変わりません。

意地っ張りで甘え下手なあなたが気を許せるのなんて、腹黒な僕ぐらいでしょう?」


「それは、その…………」


「もちろん、あなたに選んでいただきたいと思っていますが」



 心臓が跳ねる。恐る恐るランハートを見れば、彼は見たことがないような熱い眼差しでわたしのことを見つめていた。



「もしかして、おじいちゃんに言われたの? わたしにプロポーズしろって」



 わたしに選んで欲しいだなんて――――そんなこと、ランハートが自ら言うなんて変だもの。絶対、おじいちゃんの差し金に違いない。

 おどけるように口にすれば、ランハートはキョトンと目を丸くした。



「……プロポーズ? 違いますよ。僕はこんなついでみたいな形で求婚なんてしません」



 触れ合った指先が熱い。ドキドキして、息苦しさに喉が鳴る。



「待っていてください。然るべき時が来たら、ライラ様の心に残るような求婚をさせていただきますから」



 意地悪な、けれど優しい表情。

 頷くことも、首を横に振ることも出来ないまま。わたしはランハートのことを見つめていた。

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