勘違いしないで頂戴
【昨日は申し訳ございません。お披露目迄の期日が迫っていることで、焦ってしまいました】
先程読んだばかりのバルデマーからの手紙を思い出しながら、ふぅと小さくため息を吐く。
予期せぬ形で候補者の一人からプロポーズを受けるのに成功したものの、正直気分が塞いでいる。『選んで欲しい』とハッキリ言葉にされるのって、想像していた以上にプレッシャーだ。
昨日からずっと、バルデマーの真剣な表情がチラついて、色んなことに集中できない。
「姫様、もう少し腕を上げていただけますか?」
「……こう?」
わたしを取り囲む幾人もの女性。身体がコルセットでキツく締め上げられる。
今日は目前に迫っているお披露目式の衣装合わせ。
ドレスやティアラ、宝飾品なんかを実際に身に着け、微調整を行うのだ。
(お披露目式って言うから、夜会の時みたいな派手なドレスなのかと思っていたけど)
当日わたしが着る予定のドレスのは、オフホワイトのシルク地に金の刺繡が施された、とてもクラシカルなドレスだ。ネックラインが大きくカットされていて、肌が大きく出るのだけど、不思議なほどに上品だ。滑らかな光沢のある生地はいつまでも眺めていられるし、繊細で華やかなレースが目を惹く。
「惚れ惚れする位綺麗なドレスよね」
ここに来て、色んなドレスを見てきたけど、これは別格。単なる『お姫様』ではなく、『国の後継者――王太女』なんだって一目で分かるような威厳に満ちたドレスだ。誰が選んでくれたのか知らないけど、とてもセンスが良い。
「こちらのドレスは、ゼルリダ様がお選びになったのですよ」
「そうなの?」
まさかの人物の登場に、わたしは思わず目を見開く。
「ええ。ティアラも含め、ゼルリダ様は細部にまで拘ってオーダーしていらっしゃいました。何度も何度もデザインを練り直し、ようやく出来上がったのがこちらのドレスです。
それから、こちらのネックレスはクラウス殿下からゼルリダ様に贈られたものをリメイクしております。様々な公務でお召しになっていたとても大事なジュエリーですから、私どもも気合を入れてリメイクさせていただきました」
仕立屋の女性がそう言って嬉しそうに微笑む。
件のネックレスには、中央に深い青色の宝石が鎮座していて、上品で美しいゼルリダ様にピッタリのジュエリーだ。
一応わたしは宝石商の娘だし、モノの良し悪しぐらいは分かるつもり。これ、めちゃくちゃ高価で貴重な逸品だ。
果たして、そんな大事なものを、わたしが着けて良いのだろうか。
「そう……ゼルリダ様がわたしのために――――」
「勘違いしないで頂戴」
背後から聞こえてきた冷ややかな声音に目を瞠る。
ゼルリダ様だ。
侍女や職人たちが一斉に頭を下げる中、ゼルリダ様は部屋の中央、わたしの元へとやって来る。
「私は王太子妃としての責務を果たしたに過ぎません。第一、あなたのために装身具を一新するなんて、勿体ないでしょう? けれど、みっともない恰好をさせては王家の恥。ですから私は、仕方なく、自分の宝飾品をあなたに下げ渡すことにしたのです」
氷のような冷たい表情。
けれど、何故だろう。前みたいに怖いとは思わない。
「そうですね。本当にありがとうございます」
「人の話を聞いていたの? 勘違いしないでと言ったでしょう。
……本当ならば、ドレスもジュエリーも貴方自身が選ばなければならないのよ? 全く。ランハートが後継者ならば、こんなことにはならないのに。無駄に仕事が増えて、面倒なこと」
不機嫌なしかめ面。
侍女達は震えあがっているけれど、わたしは違う。一歩前に進み出て、小さく首を傾げた。
「そうですね。わたしもそう思います。
思うので……早く立派な王太女になれるよう、ゼルリダ様からも色々と教えていただけませんか?」
こんなことをお願いするなんて、少し前まで考えられなかった。
だけど、わたしはもっとゼルリダ様のことを知りたい。完全に仲良くなれなくても、歩み寄れたら良いなぁなんて思う。
「――――あなたが失敗して、迷惑を掛けられるよりはマシかもしれないわね」
そう言ってゼルリダ様は踵を返す。
彼女の背中を見送りながら、わたしは密かにガッツポーズを取るのだった。
 




