三番手
わたしにとって第二の家――――城の敷地は広大で、まだ行ったことのない場所の方が断然多い。
というか、これまでは行動が極端に制限されていたから、殆ど未知の場所と言っても良いぐらいだ。
美しい噴水庭園や季節の花々が咲き誇る温室、歴史ある美術品が保管されている宝物庫。行ってみたい場所は沢山ある。
今はその内の一つ、騎士達の練武場に来ている。
理由はシンプル。なんと、エメットが正式に騎士団に入団したからだ。
「おじさん達に反対されなかった?」
「うん。寧ろ貴族嫌いの俺が一体どういう心境の変化だ?って驚いてたし、喜んでたよ」
気まずそうに微笑むエメットは何だか可愛い。出来の悪い弟を見ているような気分だ。
「そっか。喜んでもらえたなら良かったね。
まあ、完全な縁故採用なんだし、早々に追い出されないように頑張ってよね!」
「分かってるよ」
平民出身で、元々騎士志望だったわけでも無いエメットが、こんなに早く入団できる筈はない。そこは当然、わたしの幼馴染っていうアドバンテージと、アダルフォの推薦の力が大いに働いている。
だけど、わたし達に出来るのはここまで。入団以降は、本人が自分で頑張るしかない。すぐに騎士としてやっていけるわけもないから、訓練を受けながら下働きをすることになっている。
練武場に着くと、たくさんの年若い騎士達が一生懸命剣を振っていた。少し離れたこちらにまで、熱気と汗のにおいが伝わってくるほど。普段、涼しい顔をした貴族ばかり見ているので、何だかとても新鮮だ。
「ライラ様、このようなむさ苦しい場所、わざわざ来ずとも良かったのですよ?」
「ううん。ずっと来てみたかったの」
約ひと月の里帰りを経て、わたしの行動制限はようやく殆ど解除された。
アダルフォや侍女達を連れていれば、城内の何処へ行っても構わない。城外にも、月に一、二回ならば出て良いとお達しがあった。折角処遇が改善されたんだし、私室に引き籠ってなんかいられないもの。
「姫様! アダルフォも」
その時、わたし達に気づいた騎士のおじさんことランスロットが出迎えてくれた。
彼は普段、おじいちゃんの警護についているけど、わたしが来るということで、こうして騎士団に来てくれたのだ。
「ランスロット、わたしの幼馴染をよろしくお願いします」
「もちろん! しっかり鍛えて差し上げましょう」
おじいちゃんと一緒に居る時のランスロットは、どこか澄ました嫌なおじさんだけど、今の彼は何処かカラッとしていて好感が持てる。元は脳筋というか、普通に良い人なのだろう。
「よっ……よろしくお願いいたします!」
エメットは相当緊張しているらしい。顔を真っ赤に染めつつ、深々と頭を下げている。
弟の門出を見守るみたいな気分で、何だかとても誇らしい。エメットはそのまま、出迎えの騎士達に詰め所へと連れて行かれた。
「ねえ、しばらく訓練を見学しても良い?」
「どうぞどうぞ。姫様がご覧になることで、あいつらの士気も上がるでしょう」
ランスロットの言う通り、先程からチラチラと騎士達の視線を感じる。彼等の中に王配の地位を狙っている人は居ないと思うけど、士気が上がるって言うのは本当みたい。まあ、美人のエリーを連れてきたから、そっちが目当てかもしれないけど。
「ねえ、アダルフォ」
「何でしょう?」
「わたし、アダルフォが訓練している所が見て見たい」
ふと思い付きを口にしてみれば、彼はほんのりと目を丸くする。
「訓練? 先日、エメットに稽古を付けている所をご覧になったでしょう?」
「そうだけど、エメットじゃ全く相手にならないじゃない。互角な人と戦っている所を見て見たいなぁと思って」
護衛騎士の出番が無いのは平和な証拠。だけど、折角の機会だもの。良いところを見たいと思うじゃない?
「それでは、アーチーとの手合わせをご覧に入れましょう」
ランスロットはそう言って、騎士達に指示を出す。やがて、精悍な出で立ちの若者一人を残し、騎士達が練武場の外へと移動していった。
アダルフォは変に気負う様子もなく、練武場の真ん中へと進んでいく。
「ささ、姫様」
試合が良く見えるよう、騎士達がわたしを特等席へと案内してくれた。腰を下ろし、訓練用の摸造刀を構えるアダルフォを見つめる。興奮で胸が高鳴った。
「はじめ!」
相図の瞬間、練武場に鈍い音が響き渡る。剣同士のぶつかる音だ。
早い。
普段アダルフォが纏っている穏やかな雰囲気からは想像できない程、鋭く軽快な身のこなしだ。その癖、一振り一振りがすごく重くて、相手が圧されているのが分かる。
「アダルフォめ……手加減していますね」
ふと、騎士達の囁きが聞こえてきた。
だけど、わたしも同意見。アダルフォは手加減しているというか、試合を引き延ばすため、相手の成長を促すために、敢えてそうしているんだろうなぁって思う。本当なら、一瞬で勝負がついたんだろうなってことも。
(すごいなぁ)
エメットと訓練をしている時にも思ったことだけど、これまで知らなかったアダルフォの一面に素直に感動してしまう。
「ねえランスロット。護衛騎士達は――――アダルフォは一体いつ、訓練をしているの?」
彼は普段、わたしから殆ど離れることがないのに、日々訓練を重ねている騎士達と力量差は全く感じない。鈍っている様子も無いし、現役バリバリって感じだ。
そもそも、一応わたしは姫君なわけで、アダルフォがここに居る騎士たちの中でも一、二を争う手練れには違いないのだろうけど。
「アダルフォなら、姫様がお休みになった後、毎日剣を振るっておりますよ」
「……毎日?」
そんな、馬鹿な。
だって、わたしが休む時間は深夜に近い。朝だって、食事の時間には護衛に付いてくれているし、これじゃアダルフォの休む時間が全然ないじゃない。
「そんな……それが騎士団の決まりなの?」
「いいえ、当然そんなことはございません。けれど、アダルフォはああ見えて、熱くストイックな男です。日中の交代要員の騎士を用意すると何度も伝えましたが、活用しようともしません。聖女シルビア様の護衛を務めている時は、これ程ではございませんでしたが……」
何だか含みのある物言いに、わたしは少しだけ目を瞠る。
アダルフォは決して口数が多い方ではない。何を考えているのかあまり教えてくれないし、わたしも十分に読み取れていないと思う。だけど――――
「姫様を護りたいのだと申しておりました」
「…………そうでしょうね」
初めて会った日から、アダルフォはわたしを護ってくれている。
シルビアに引き合わせてくれたのは彼だし、おじいちゃんに反発して城から抜け出した時だってそう。馬車を手配してくれたし、ずっとわたしの側に居てくれた。
「アダルフォもわたしの婚約者候補に――――おじいちゃんのお眼鏡に叶っているのかしら?」
ずっと気になりつつ、誰にも打ち明けられなかった疑問を呈してみる。
アダルフォは辺境伯の弟だし、身分や教養の面で、ランハートやバルデマーに全く引けを取らない。その上、あの二人にはない強さと面倒見の良さ、指導者としてのスキルを併せ持っているんだもの。
「もちろん。だからこそ、陛下はアダルフォを姫様の護衛に付けたのだと思っております。問題は、アダルフォ自身に『王配になりたい』という意志が無いことでしょうが」
「……そうね。わたしも同意見」
バルデマーやランハートと違って、アダルフォにはそういった野心が一切ない。
彼はただ純粋に、わたしを護ろうとしてくれているんだと思う。
(王配選びって難しいのね)
何が正解なのか、ちっとも分からない。活き活きと剣を振るうアダルフォを見ながら、わたしは小さくため息を吐いた。
 




