帰還
目の前に聳え立つ美しく荘厳な城。初めて連れてこられた時には感じなかった、歴史や重みを強く感じる。
この国で暮らす何百、何千万人もの人々の命と幸せがここに――――わたし達に委ねられている。
重い。けれど不思議と辛くはない。
(本当に戻って来たんだなぁ)
ふぅ、と息を吐きつつ笑顔を浮かべると、何だか俄然やる気が湧いてきた。
「お帰りなさいませ、姫様」
振り向きざま、掛けられた声に目を瞠る。恭しく頭を下げる何百人もの人々。この城で働く使用人や文官、騎士達だ。忙しい中、わざわざ出迎えに来てくれたらしい。
(不義理を働いたのはわたしなのに)
嬉しさと申し訳が綯交ぜになりつつ、わたしはグッと胸を張る。
王族として生きて行く覚悟をしたのだもの。彼等に情けない表情は見せられない。
「ありがとう。今戻りました」
言えば皆、とても嬉しそうに目を細める。先頭を陣取った侍女のエリーなんて、感極まった様子で涙ぐんでいた。他の侍女達も、一緒になって泣き笑っている。
「参りましょう」
「はい!」
侍女達は涙を拭い、わたしの後へと続く。穏やかな表情を浮かべたアダルフォが、その後に続いた。
(まずはおじいちゃんに挨拶をしないとね)
本当ならば、出迎えの列に加わりたかったであろうおじいちゃん。だけど、国王ってのはそんなことを出来る立場じゃない。
そもそも、お父さんが亡くなった影響により、おじいちゃんが抱えている公務は相当膨大な量らしい。謝罪に来てくれたあの夜、騎士のランスロットがこっそりそう教えてくれた。わたしに会いに来るため、何とか時間を作ってくれたんだってことも。
(王太女としてお披露目されたら、おじいちゃんの公務を引き継いでいかなきゃね)
お披露目までの間は、わたしの方も予定が目白押しだ。
ドレスや宝飾品の調整が要るらしいし、王太女教育もまだまだ続く。
それにエメットの話によれば、わたしは『王太女のお披露目と同時に婚約者を発表』しないといけないことになっているらしい。
婚約者筆頭候補であるランハートとバルデマー。別にこの二人に限る必要は無いのだろうけど、家柄や能力、やる気諸々鑑みて、二人に並び立てるような候補者は早々居ない。
いや――――居ないと言えば嘘になるんだけど。
チラリと後方に意識をやりながら、わたしはそっと息を吐く。
残された時間はあと僅か。本当に心してかからなければならない。
と、その時、前方に見える一団を見て、わたしはピタリと足を止めた。
「――――本当に戻って来てしまったのね」
冷たい声音。氷の彫刻みたいに美しい女性が、こちらを真っ直ぐに見つめている。
お父さんのお妃様――――王太子妃ゼルリダ様だ。
「はい、ただ今戻りました」
「折角追い出せたと思ったのに……残念なこと」
ゼルリダ様はそう言って、エリーの方をチラリと見遣る。
わたしはゼルリダ様の前に進むと、ゆっくりと丁寧に頭を下げた。
「手紙のこと、ありがとうございました。ゼルリダ様のお陰で、わたしは両親に再会することが出来ました」
ピクリと、一瞬だけゼルリダ様の眉が動く。その表情は相変わらず、冷ややかなままだ。
「一体なにを言っているの? 私はただ、あなたを追い出したかっただけよ」
「それでも。
わたしはそれまで、手紙が両親に届いていないことすら知らずにいました。いきなり王族になることを強いられ、外に出ることすら許されず、色んな自由を一気に奪われて苦しく思っていました。
だけど、ゼルリダ様のお陰で、両親に手紙を送ることが出来ました。二人に会い、真実を知り、王太女として生きて行く覚悟が出来ました。
全てゼルリダ様のお陰です。本当に、ありがとうございます」
ずっとずっと、ゼルリダ様にお礼が言いたかった。
彼女にとっては、わたしを城から追い出すためにしたことなのかもしれない。それなのにわたしが帰ってきて、本当に腹立たしく思われているのかもしれない。
だけどわたしは、そんなゼルリダ様の行動に救われた。何度お礼を言っても足りないぐらい、本当に感謝している。
「――――行くわよ」
頭を下げたままのわたしを置き、ゼルリダ様は身を翻した。その後ろを、彼女の侍女達が続く。
ゼルリダ様が今、どんな表情を浮かべているのかは分からない。
だけどわたしは、何故だか心が温かかった。
かなり間が空いてしまいすみません。
今後は隔日更新を目標に頑張っていこうと思います。
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