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just because

 家に戻って三日が経った。

 これまでの忙しさが嘘みたいに、わたしは穏やかな日々を送っている。


 朝はのんびり朝食が出来上がる頃に起き出して、日中は街やエメットの家に赴いたり、自室でぼけーーっとして過ごす。予定が詰まっていないってことが新鮮な上、文句を言う人も誰も居ない。底知れぬ開放感が、とっても気持ち良かった。


 そんなことを思った午後のこと。




「わたし――――あなたはここには来ないと思っていたわ」


「え? どうしてです?」



 来客の知らせを受け、応接室に来たわたしを待っていたのは、婚約者候補の一人であるランハートだった。



「……だって、面倒でしょう? 王都からここまで結構距離があるし、あなたはバルデマーと違って、王配の地位にはさして興味がないじゃない」



 ランハートは寛いだ様子でソファに腰掛け、おかあさんが淹れた紅茶を優雅に飲んでいる。いつもの色彩豊かな派手な衣装じゃなく、街に溶け込めそうな比較的地味目な服だ。髪も珍しく後で一つに結んであって、どこか身軽な印象を受ける。面倒くさがりの彼がこんなことをするなんて、正直信じがたかった。



「――――――あっ! わたしが城に戻らないと、ランハートが継承者にって言われるから? 悪いけど、わたし戻る気ないから! 折角帰ってこれたんだし、ずっとここに居るんだか――――」


「僕、まだ何も言ってないでしょう?」



 ランハートはそう言って揶揄するように笑う。途端に何だか恥ずかしくなって、わたしはポッと頬を染めた。



「僕はただ、姫様に会いに来ただけですよ」


「……え?」



 真っすぐ顔を覗き込まれ、わたしは目を丸くする。ランハートは悪戯っぽく目を細めると、頬杖をついて首を傾げた。



「夜会の翌日に、折角ご機嫌伺に行ったのに『姫様はもう居ない』って陛下に言われてしまいましてね。バルデマーが既に王都を出た、とも。

だけど、彼と同じ日に会っても印象に残らないでしょう?

ですから二日程、日を置いて会いに来ることにしたんです。それに、そろそろ姫様も退屈される頃かなぁと思いまして」


「わっ……わたし、もう姫じゃないし。退屈もしてないもの」



 理由は分からないけど、何だか妙に気に食わなくて、わたしは唇を尖らせる。



「ライラ様」



 ずいと顔を寄せられ、わたしは思わず後退る。



(……っていうか、わたしの名前!)



 難なく呼び方を変えられるあたり、やっぱりランハートは女慣れしている。バルデマーはてこでも『姫様』って呼び方を変えなかったし。アダルフォに『ライラ様』って呼ばれた時とは違い、胸のあたりがふわふわして落ち着かない。

 ランハートは戸惑うわたしの様子をたっぷり観察してから、ソファに深く腰掛けなおした。



「――――良いんじゃないですか? 自由も与えられ無いまま、毎日あれだけ酷使されたんです。お疲れでしょう? しばらくはダラダラ過ごしても罰は当たりません」


「……だから! わたしはもう、城には戻らないって」


「それも、別に戻らなくて良いと思いますよ?」


「…………え?」



 それは思わぬ返答だった。



「良いの? 戻らなくて。わたしが戻らなかったら、ランハートが後継者になれって言われちゃうんじゃない?」


「そうですねぇ……言われちゃうでしょうね」



 ランハートはそう言って窓の外を見遣る。自嘲するかのような表情に、わたしは思わずアダルフォと顔を見合わせた。



「――――わたしを連れ戻しに来たんじゃないの?」


「最初に言ったでしょう? 僕はただ、ライラ様に会いに来ただけだって」



 穏やかな笑み。微かに触れる指先。何故だか身体がブワッて一気に熱くなった。



「なっ……なな! 王太女にならないなら、もうわたしに用はないでしょ?」


「まぁ、バルデマーの方はそうでしょうね」



 しみじみとランハートは呟く。



(じゃあ何? ランハートの方は違うって言いたいわけ?)



 上ってくる熱を、首を横に振って逃しながら、わたしは眉間に皺を寄せた。



「そんなこと言って! 本当は陛下に頼まれたんでしょ? わたしを説得するようにって! それか自分が王太子になりたくないから、そういうこと言ってるんでしょ!?」


「陛下なら『放っておけ』と、そう仰ってましたよ?

それに、元々僕は、絶対に王太子になりたくないというわけではありません。この国を愛していますし、いざとなったら、吝かではありません。

第一、以前お伝えしたでしょう? 僕は嘘は吐かないって」



 普段滅多に見られない真剣な表情で、ランハートはこちらを見つめていた。



(本気なの……?)



 居た堪れなくなって、立ち上がれば、彼はふっと目元を緩めた。



「なぁんて、少しはドキドキしました?」



 ランハートはそう言って、ポンポンと幼子をあやすように、わたしの頭を撫でる。



「なっ……!」



 胸のあたりがモヤモヤする。ニコニコと楽し気な笑顔が腹立たしくて、わたしはキュッと唇を引き結んだ。



「――――――してない」


「本当に?」


「してないったらしてない!

っていうか私、今日になってようやく、シルビアの言ってたことがよく分かったわ」


「そうですか。それは光栄です」



 クックッと喉を鳴らして笑うランハートを、心底性格が悪いと思う。



「また会いに来ますよ、ライラ様」


「もう来なくて良い!」



 そんな悪態を吐きつつ、彼が居なくなった後しばらく、その場を動くことが出来なかった。

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