表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/59

我が君

 私室に戻ると、煌びやかで重たいドレスをベッドに脱ぎ捨て、初めて城に連れてこられた時に着ていた服を引っ張り出した。



(捨てられなくて良かった……)



 本当は処分されるところだったんだけど、エリーが気を利かせて取っておいてくれたのだ。季節が一つ、冬から春に巡っているから少し生地が厚いけれど、どうせ着るのは短時間だから問題ない。家に帰るまでの間に着られる服が有れば、それで構わなかった。



(わたしはもう、お姫様じゃない。お姫様じゃないんだ!)



 洋服を着替え終えたわたしは、全身がビックリするほど軽いことに気づいた。物理的な重さが違うってのも当然あるけど、精神的なもの――――プレッシャーが与える影響って大きかったんだって実感した。



(さて、と)



 城から脱出する前に、応接室に取り残したままのエメットを迎えに行かなきゃならない。何せ事情を何も説明しなかったので、今頃は困惑しているだろうし、ヤキモキしているだろう。



(エリーが話し相手になってくれてたら良いんだけど)



 とはいえ、エリーの精神状態も心配だ。責任感の強いエリーのこと、今頃はきっと、自分自身を責めていると思う。さよならをする前に、手紙の件はエリーのせいじゃないってこと、わたしがすごく感謝しているってことを伝えなきゃいけない。



(急がなきゃ)



 この時間から貸馬車が捕まるかは分からないし、真っ暗な中歩くのは危ないから、もしかしたら宿を取らなきゃいけないかもしれない。だけど、わたしは現金を持っていないし、エメットがわたしの分までお金を持っているか不安だった。



(お駄賃に一個ぐらい貰っとく?)



 先程外したばかりのジュエリーをチラリと視界に入れつつ、わたしは首を横に振る。

 いつも、何処からともなく与えられる煌びやかな宝飾品達。大粒のエメラルドのイヤリングも、小さなダイヤがいくつも連なった豪奢なネックレスも、全部全部国民の血税から購入されたものだ。おいそれと持ち出してはいけない。

 ――――っていうか、わたしはもう姫君じゃなくなったんだし、触れる権利すら失っていると思う。



(あっ、だけど……これなら大丈夫かも)



 唯一、個人から贈られた宝石を手に、わたしは小さく息を吐く。それは、ランハートが今日のために準備してくれたブレスレットだった。デザインがあまりゴテゴテしてないし、可愛らしい小さめの石だから、多分そこまで高価じゃない。それでも、担保として差し出せば宿代ぐらいにはなるだろう。

 ブレスレットを着けなおし、わたしはゆっくりと立ち上がる。



(――――この部屋ともお別れね)



 色んなことが一気に頭を過るけど、のんびりしている時間はない。邪魔が来ない内に、さっさとここを出よう――――そう思って扉を開けると、部屋の前にはアダルフォが立っていた。



「アダルフォ」



 彼の名を呼びながら、わたしはゆっくりと深呼吸をする。


 このまま何事もなく城を出られるかもしれない――――ついさっきまで、わたしはそんな風に思っていた。

 陛下はプライドが高いし、みっともなく追い縋ることはしない。わたしの頭が冷えて、城を出るのは非現実的だと諦める――――そんな期待をするんだろうって思っていた。だけど――――



「……わたしを引き留めに来たの?」



 陛下は人間をただの道具だと思っているから、自分の手が汚れないなら何でもするのかもしれない。そう思うと、何だか絶望的な気持ちになる。



「いいえ。その逆です」



 彼はそう言って恭しく頭を下げる。



「ご自宅までお送りします。幼馴染の彼も一緒に」


「えっ……?」



 それは思わぬ申し出だった。馬車も宿も、何もかも自分で調達しなきゃって思っていたし、そうするつもりだった。



「良いの?」



 正直わたしは、アダルフォやエリーには絶対反対されるって思っていた。二人とも愛国心が強いし、わたしのことを心から心配してくれている。今更平民に戻ったら皆が困るし、危ないって言われるんだろうなぁって思っていたのだけど。



「ええ。既に馬車の準備は整っておりますし、幼馴染の彼にも事情を説明し、そちらでお待ちいただいています」



 アダルフォの言葉に、わたしは目を丸くする。短時間でここまで準備を進めてくれたことが驚きだし、こんな風に協力してくれることが信じられない。

 普通の家出だって、大抵は引き留められるものだろうし、片棒を担ぎたくはないってことで放置をするものだと思う。だって、そうしないと責任問題になっちゃうもの。



「だけど、本当にそんなことして良いの? 後でランスロットや陛下から罰を受けるんじゃ……」



 わたしだって、元々は他の誰かを巻き込むつもりはなかった。だけど、意地を張っていられる状況じゃないし、助けてもらえるならありがたい。不安と期待を胸にアダルフォを見れば、彼は穏やかに目を細めて笑った。



「俺の主人は姫様――――あなたです。あなたがここを出ると決めたなら、その手伝いをする。騎士として当然のことです」



 そう言ってアダルフォはわたしのことをまじまじと見つめる。真摯な瞳。何だか目頭が熱くなった。



「だけどわたし、もうお姫様じゃないよ? それでも良いの?」


「もちろんです。我が君――――ライラ様」



 アダルフォはそう言ってわたしの手を握る。堪えていた筈の涙が一気に溢れ出した。



「急ぎましょう。これ以上遅くなっては危ないですから」


「――――うん!」



 気を取り直して、わたしは城を出るべく歩き始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ