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手紙の行方

「姫様、馬車にお戻りください。勝手にお外に出られては……ここは危のうございます」



 騎士たちはエメットを取り囲み、困惑したような表情でそう口にする。そのせいでわたしからは姿が見えなくなってしまったものの、未だエメットがわたしの名前を呼ぶのが聞こえていた。



「危ないことなんて一つもないわ。エメットはわたしの幼馴染だもの」


「しかし姫様……」



 わたしの背後でアダルフォが眉間に皺を寄せる。構わず歩を進め、わたしは先頭の騎士を真っ直ぐに見上げる。彼はたじろぎながら、ゴクリと唾を呑んだ。



「命令よ。エメットを解放しなさい」


「しかし……」


「責任はわたしが取るわ。あとで陛下から何か言われたとしても、責めさせはしない。あなたはただわたしの命令に従っただけ――――良いわね?」



 姫君になってからこれまで、誰かに命令をした経験なんてない。だけど、今回だけはどうしても退くわけにはいかなかった。真っ直ぐに騎士を見つめ、意思を曲げる気が一切無いことを示す。

 騎士達はしばらくの間躊躇っていたけれど、やがて一人、また一人と道を開けていった。



「ライラ……」


「久しぶり、エメット。会いたかった」



 最後に残ったエメットは、呆然とした表情でわたしのことを見つめていた。



***



 それからエメットは、城内の応接室へと案内された。

 本当はわたしの部屋に連れて行きたたかったんだけど、アダルフォから『それはさすがにダメ』だと諭されたので、百歩ぐらい譲歩してそうなった。


 初めて城内に入るエメットは、応接室のソファに腰掛け、キョロキョロと周りを見回している。



(分かる……分かるよエメット、その気持ち)



 わたしだってほんの数か月前までエメットと同じ反応をしていたんだもの。何だか懐かしくて、新鮮で、仲間を見つけたみたいに嬉しくなってしまう。



「ごめんねエリー、こんな時間に仕事させちゃって」



 わたしとエメット、二人分のティーセットを持って、エリーが応接室へとやって来る。



「まぁ姫様……とんでもないことでございます。こうして姫様の大切なお客様をおもてなしできるなんて光栄ですわ」



 そう言ってエリーは優しく微笑んでくれた。

 エリーは両親への手紙だけじゃなくて、エメットへの手紙や、他の友人達への手紙の取次もしてくれているから、わたしがどれだけ彼等に会いたがっていたかをよく知っている。嫌な顔せずお茶や茶菓子を準備してくれて、とても嬉しかった。



「それにしても、本当に久しぶりだね、エメット」


「ああ。まさかこんな風にライラに会えなくなる日が来るなんて思ってなかったよ」



 エメットはそう言って寂し気な笑みを浮かべる。わたしもつられて小さく笑った。



「それはこっちも同じ。だってわたし、エメットと最後に会った日に唐突にお城に連れてこられたんだよ? しかも『実はあなたはお姫様です』みたいに言われて、本当にビックリしたんだから」



 こんな風にあの頃のことを誰かと話すことは実は初めてな気がする。同情されるのも、かといって馬鹿にされるのも嫌だし、話題にしづらいもの。貴族の皆は何となくわたしの状況を分かっているから、少し触れる程度で別の話に移ってしまうのだ。



「ライラがお姫様なんて、未だに信じられないよな」



 エメットがクスクスと笑い声を上げると、アダルフォとエリーがほんのりと顔を顰める。わたしのことを軽んじていると受け取ったらしい。



「だよね! わたしもそう思う」



 心からの共感の意を示し、目配せをすれば、二人は表情を和らげた。



(危ない危ない)



 エメットはわたしと同じ平民だ。いや、わたしはもう平民じゃないんだけども!マナーとか王族への敬意が云々とか、言っていいこと悪いことがあるなんて知りはしない。



(わたしが気を付けないと)



 大事な幼馴染を傷つけたくないもの。二人きりじゃない以上、会話の内容には気を遣わなければならない。



「エメットは元気そうだね。前見た時のまんま。ちっとも変わってなくて安心しちゃった」


「失礼な。これでもあれから五センチも身長が伸びたんだぞ?」


「えぇ~~? とてもそうは見えなかったけど。未だにわたしの方が身長高いんじゃない?」



 クスクス笑いながら、わたし達はエリーの淹れてくれたお茶を飲む。

 こんな風に素の自分が出せるのは、本当に久しぶりのことだった。上品に振る舞わなきゃいけない、王族らしく毅然と、背伸びをしてなきゃいけないって分かっているけど、幼馴染の前でまでそんな風にはいられない。恥ずかしいし、単純に嫌だもの。おじいちゃんには全力で隠すつもりだし、アダルフォやエリーならきっと許してくれる。



「それにしても、凄いドレスだな。いっつもそんなの着てるの?」


「えっ、これ? これは特別仕様。今夜は夜会に招待されてたから」



 わたしは未だ、夜会の時のドレスを着ていた。一人じゃ脱ぎ着出来ないし、エメットを待たせたくなかったからだ。



「夜会? なんだよ~~。そんな暇があるなら、おふくろさんや俺に手紙ぐらい書けたんじゃないの? 心配してたのに、損した気分だ」


「え…………?」



 エメットは途端に気だるげな表情を浮かべ、ソファに向かって身体を預ける。だけどわたしは反対に、勢いよく身を乗り出した。



「どういう、こと?」


「え? 何が?」


「手紙……わたし、書いてたでしょう?」


「えっ? ……ライラ?」


「わたし! ここに連れてこられてから、お父さんやお母さんに手紙を書いたの! 何枚も、何十枚も書いたの! エメットにもそうだよ! 時間を見つけて、その度に手紙を書いて。だけど返事は一度も来なくって!」


「ちょっ……待てよ! 俺達だってライラに手紙を書いたよ! それこそ何回も何十回も送った! それなのに届いてないっていうの?」



 エメットの言葉にわたしは愕然と座り込んだ。



(どういうこと?)



 お父さんやお母さん、エメットからの手紙なんて、ただの一度も届いたことがない。きっと検閲のせいで、わたしの所に来るのが遅れているんだろうって、ずっと自分に言い訳していた。だって、存在すら忘れられて、手紙すら送ってもらえないんだって思いたくなかったから。



(それすら違っていたってこと?)



 エリーやアダルフォも困惑し、互いに顔を見合わせている。エメットも怪訝な表情をしながら、わたしのことを見つめていた。



「…………あっ、だけどさ、この間お前、刺繍入りのハンカチを作っただろう? その時、お前の両親が『ライラから初めて手紙が届いた』って喜んでたんだ! だから俺は『ライラは俺達を忘れたわけじゃないんだ』って思って、城に会いに来てたんだけど」


「そっ……そんな⁉」



 その瞬間、エリーが膝からガクッと崩れ折れた。アダルフォが支えているけど、顔面蒼白で今にも泣き出しそうな表情をしている。



「エリー? どうしたの?」



 尋ねながら、わたしはエリーの元へと駆け寄る。



「あ……あぁ…………」



 カタカタと震え、苦し気に眉根を寄せるエリーの手のひらをわたしは握る。



「落ち着いて? 体調が悪いの? わたしがこんな遅くに仕事させたから……」



「姫様……も、申し訳ございません!」



 エリーはそう言って、床に擦りつけんばかりに頭を下げた。



「エリー?」



 思わぬ反応に、わたしは目を丸くすることしかできない。普段冷静なアダルフォからも相当な動揺が見られた。



「わたくし……わたくしは、姫様の…………姫様からご両親へのお手紙とハンカチを、ランスロット様へ届けることが出来ませんでした」


「え?」



 顔を上げる様に伝えても、エリーは頑なに頭を横に振る。わたしは戸惑いに目を瞬いた。



「だけど、手紙とハンカチはお父さんとお母さんに届いたってエメットが言ってたじゃない? しかも、他のは届いてないのに、初めて届いたって……」


「それが、あの日……わたくしはランスロット様の元へと向かう道すがら、ゼルリダ様にお会いして…………。ゼルリダ様が、姫様のお手紙を預かると、そう仰ったのです。わたくし、どうしても断りきることが出来なくて」



 その瞬間、ドクンと音を立てて心臓が跳ねる。エリーはようやく顔を上げ、ポロポロと涙を零した。



「言わなければと……姫様に謝らなければならないと、ずっとそう思っておりました。けれど、どうしても言い出せなくて……。

わたくしは姫様を落胆させたくなかったのです。あんなにも一所懸命、ご両親に向けて刺繍をされた姫様に、それがお届けできなくなったとは、とても申し上げられなくて……。

本当に、申し訳ございませんでした!」



 エリーはもう一度、床に擦りつけんばかりに頭を下げる。

 底知れぬ怒りがわたしの胸を焼いた。けれど怒りの矛先はエリーではない。もっと別の――――元凶である人間へと向かっていた。



(おじいちゃん……!)



 気づいたらわたしは、応接室を飛び出していた。


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