嘘は言っていませんよ
夜会会場は信じられないぐらい煌びやかだった。
会場自体もそうだけど、招待客皆が綺麗で華やかでキラキラして見える。
(さすがはランハートの人脈)
皆ゴージャスで明るくてフレンドリーで、姫であるわたしにも線を引くことなく、優しく話し掛けてくれる。というか、多分ランハートがそうするように頼んだんだろう。
(ランハートは、わたしが人のぬくもりに飢えていることを知っているものね)
同じ年ごろの令嬢や令息たちが引っ切り無しにやって来て、代わる代わる挨拶をしてくれる。礼儀作法や社交の講義で教えて貰ったことが早速活かせて、なんだか嬉しかった。
「わたくしずっと、姫様とお話ししてみたかったんです!」
「どちらの仕立屋をお呼びになったんですか? 姫様にとってもお似合いですわ!」
姫君になって以降、お世辞は言われ慣れている。だけど、お世辞だと分かっていても嬉しいし、侍女達のそれよりも、何となく心の距離が近い気がする。
シルビアも明るくて親しみやすいんだけど、この会場に居る令嬢たちは、また少し印象が違う。わたしはそっと身を乗り出した。
「皆さんのドレスも大人っぽくて素敵です。わたしはまだ、どの仕立屋が良いとか、流行りとかあまり詳しくなくて……色々教えてくれたら嬉しい」
「もちろんですわ!」
交わされるのは本当に他愛のない会話だけど、姫として城に連れてこられる前の生活を思い出す。幼馴染のエメットや、他の女友達と話していた時みたいな気楽さ。もちろん礼儀とか品とか、そういうのは互いに保っているけれど、本当に全然気分が違う。
ふと振り返れば、ランハートが満足気にこちらを眺めていた。
「ねぇ、あっちで少し話してきても良い?」
「もちろん。いってらっしゃいませ、姫様」
「……うん、行ってくる」
一抹の照れくささを抱えつつ、わたしは小さく頷く。
とはいえ、わたしから振れる話題はあんまりない。
日中はいつも後継者教育を受けているし、貴族の令嬢っぽい生活を送っていないからだ。勉強の話を聞いても楽しくないだろうし、困ったなぁって思っていたら、向こうからたくさん話題を振ってくれた。
「姫様、最近王都にできたばかりのパティスリーのケーキがとても美味しいんですのよ」
「ケーキ?」
「ええ。特にチョコレートケーキが絶品で、一つと言わず幾つでも食べられてしまいますの」
「先日お茶会を主催した時にお出ししたんですが、本当に好評で。あまりにも美味しいので、自分でお店まで選びに行ってしまいましたの。まるで宝石のような美しさでしたわ」
「そう」
(いいなぁ……)
何てことのない話題。けれど楽し気に微笑む御令嬢たちに、わたしは思わず羨望の眼差しを向ける。
本当はわたしだって、昔みたいに自分の足でケーキ屋さんに行きたいし、ドレスだってオートクチュールじゃなくて良い。気軽に着れる洋服をお店に自由に見に行きたいし、お茶会とかにお呼ばれしてみたい。
元々わたしはフットワークが軽い方だ。だから、今の生活は物凄く窮屈なんだって――――彼女たちを見て、それを再認識した気がする。
(まぁ、半分はわたしのせいなんだけどさ)
ケーキの話題から、おすすめの茶葉やお茶に詳しい令嬢の話に移ったところで、わたしは小さく息を吐く。
多分だけど、後継者教育を修めてしまえば、多少は外に出してもらえるようになるだろうし、自分の時間も貰えるんだろう。だけど、そこに至るまでがとにかく長い。講師達――――おじいちゃんから、合格点が貰えないからだ。
(ランハートが王位を継承したくない理由がよく分かるわ)
王様になりたい――――そんなことを思える人間は、めちゃくちゃ自己顕示欲が強いか、どうしても成し遂げたいことがある人だけだ。
常にたくさんの人から見張られて、何の自由も無くて、重圧とか責任とか、税金で暮らしている負い目とか、色んなことを感じていかなきゃいけないんだもの。わたしだって、もしも選択肢を与えてもらえるなら、間違いなく『否』と答えている。王様じゃなくて配偶者の地位ぐらいが一番丁度良い。
(それなのに、バルデマーからは『自分自身がトップに立ちたい』って気概を感じるんだよね)
いつも上品で王子様みたいな出で立ちなのに、彼の瞳からはハッキリと野心が窺える。そりゃあ、王子様はいずれ『王様』になるべき存在なんだけど、バルデマーの場合は、王様になる所はあんまり想像できない。似合わないというか、しっくりこないというか――――それでも、彼はわたしの配偶者となることで、そうなることを望んでいるのだ。
(一体、何が彼をそんな風に駆りたてるんだろう)
気にならないと言ったら嘘になる。
「――――夜会はお気に召しませんでしたか、姫様?」
そんな言葉と共に、手に持っていたグラスがフイと宙に浮く。視線を上へ向ければ、困ったような笑顔が目に飛び込む。ランハートだった。
「ううん、そんなことない。ちゃんと楽しんでるわ」
答えれば、ランハートは令嬢たちに目配せをしつつ、わたしをその場からそっと連れ出す。わたしは思わず小さく笑った。
「そうですか? 残念ながら、楽しそうな表情には見えませんでしたけどね。
――――女性より、男性と一緒に居た方が楽しかったりします?」
そう言ってランハートは背後に控える男性たちをチラリと見遣る。城では見ない顔ぶればかりだけど、わたしより少し年上の、陽気そうな令息たちがこちらを見て微笑んだ。
「ランハート――――あなた自分で『わたしに近づく男性は十中八九配偶者の地位狙い』だって言ってたでしょう?」
「ええ、その通りです。
ですが、ここに居るのは姫様の配偶者になりたいというより『僕が王配になった時に甘い汁を吸いたい』って連中ばかりですよ。僕と競おうなんて人間はいません」
そう言ってランハートは恭しく手を差し出す。
「一曲踊っていただけますか? 今日のために練習していらっしゃったのでしょう?」
「――――――良いわよ」
ランハートの手を取り、わたしは小さくため息を吐く。それを合図に、それまで流れていた曲が終わり、楽団が新たなメロディーを奏で始めた。
音楽に合わせてステップを踏み、ランハートと身体を寄せ合う。一体何が楽しいのか、目を細めて笑うランハートに、胸がザワザワと騒いだ。
「ねぇ、一番最初に踊る相手がわたしで女の子たちが怒らない?」
何か喋っていないと落ち着かなくて、わたしは無理やりそんな話題を切り出した。
ランハートは大層な女たらしだってシルビアが言っていたから、ここにいる令嬢たちは皆、彼のお手付きだったり恋人だったり、恋人予備軍なのかなぁなんて思っていたのだ。
「何を仰っているんですか。僕は姫様としか踊りませんよ」
ランハートはそう言って額を寄せ合う。まるで恋人同士が睦み合うみたいな仕草に、心臓が大きく跳ねた。
「ついでに言えば、姫様を他の男と踊らせるつもりもありません。この場にバルデマーが来ていたとしても、全力で阻止していましたよ」
まるで内緒話をするかのように、ランハートは耳元で囁く。背筋がぶわっと粟立って、わたしはゴクリと息を呑んだ。
「――――――ランハートの場合、発言の裏に魂胆があるって分かっているから助かるわ」
ランハートのリードに合わせながら、わたしはステップを踏み続ける。初めて人前で踊ったせいか、緊張で少しだけ息が上がっていた。
「そうですか? 僕は寧ろ、裏も表も全部お見せしていますからね。姫様に何一つ、嘘は言っていませんよ」
そう言ってランハートはゆっくりと目を細める。夜会の雰囲気のせいなのか、その笑顔はあまりにも色っぽくて、悪魔的だった。
身体中の血がザワッて騒ぐ心地に、わたしは思わず目を逸らした。




