十六年目の真実
それは、雪のチラつき始めた年の瀬のこと。まだ38歳という若さで、我が国の王太子殿下がお亡くなりになった。
「――――見て、エメット。物凄い数の献花だねぇ」
広場に設置された献花台には物凄い数の花が捧げられている。今こうしている間も、哀しみに泣きぬれた国民が何人も訪れ、亡くなった王太子に向けて祈りを捧げていた。どうやら、彼は国民に愛される王子だったらしい。何の縁もゆかりもない人だけど、そういうのを見てるとこちらまで心が揺さぶられてしまう。ついつい目頭が熱くしていると、幼馴染のエメットが小さな唸り声を上げた。
「うーーん、でもさ……これからどうするんだろうな?」
「どうって?」
「だってさ、王太子様には子どもが居ないって話しだろ? ご兄弟もいらっしゃらないし、跡継ぎが居ないじゃん」
「あっ……そっか! 確かにそうだねぇ」
答えながら、わたしは目を丸くする。
王太子殿下にはゼルリダ様っていうめちゃくちゃ美人なお妃様がいらっしゃるんだけど、残念ながらお二人は子宝に恵まれなかったらしい。ゼルリダ様はまだお若いし、離縁も側室を迎えることもせずに懐妊を待っていたものの、ついには叶わなかったようだ。
「今頃貴族どもはてんやわんやしてるんだろうなぁ。お亡くなりになったのも急だったし」
エメットはそう言って不敵な笑みを浮かべる。彼は昔から貴族や王族が好きじゃない。『国民の税金で暮らしている』とか『特権階級』っていうのが気に喰わないんだって。
(わたしは気にならないんだけどなぁ)
貴族とか王族とか、十六年間の人生で一度も関りがなかったんだもの。雲の上の話だし、気にするだけ損というか……イライラしても仕方ないんじゃないかなぁと思う。
(なんて……エメットには口が裂けても言えないけど)
苦笑いを浮かべつつ、「そうだねぇ」って口裏を合わせて、わたし達は家へ急いだ。
***
「――――今、何と?」
己の耳を疑うのはこれが初めてだった。わたしは大きく首を傾げつつ、眉間に皺を寄せる。
「ですから、姫様には急ぎ、城にお戻りいただきたいのです」
そう言うと、向かいのソファに腰掛けた壮年男性は真剣な表情で身を乗り出した。騎士装束を身に纏った、如何にもお偉いさんといった風貌の男性だ。
家に帰ったわたしを待っていたのは、物々しい数の馬と豪華な馬車、それから数人の騎士だった。問答無用で応接室に連れて行かれたかと思うと、開口一番『姫様、城にお戻りください』なんてよく分からないことを言うんだもの。絶対聞き間違えだと思ったけど、耳の方はどうやら問題なかったらしい。コホンと咳ばらいをして、わたしは更に首を傾げた。
「一体なにを仰っているのか……わたしは姫じゃありませんし、わたしの戻るべき場所はこの家以外にないんですけど」
「ね?」と同意を求めて両親に目配せすると、二人は少しだけ目を見開き、ほんのりと表情を曇らせる。思わぬ反応だった。
(どういうこと?)
わたしは目を見開き、両親と騎士とを交互に見る。
「――――――まさか、姫様に未だ打ち明けていらっしゃらないとは」
騎士はそう言って大きなため息を吐いた。どこか呆れたような表情だ。
「……申し訳ございません。その方がこの子にとって幸せだと思ったものですから。まさか、こんなことになるなんて――――」
お父さんは顔をクシャクシャに歪め、そんなことを言う。
「どういう、こと?」
尋ねながら血の気が引いた。地面が唐突に崩れて無くなるような心地がする。
「ライラ様――――あなたは亡くなられたクラウス王太子殿下の実子……我が国の正当な後継者なのです」
壮年騎士の言葉に続くようにして、他の騎士達が一斉に跪く。わたしは大きく目を見開いた。
「そんな……! じゃあ、お父さんはわたしのお父さんじゃないってこと?」
「…………」
お父さんは無言だった。無言は肯定を意味する。わたしは思わず立ち上がった。
「おっ……お母さんは? お母さんはわたしのお母さんだよね?」
「ライラ…………」
両親の元に駆け寄ると、二人は気まずそうに視線を逸らした。わたしの肩を抱きながら、けれど『そうだよ』とは言ってくれない。
「……誠にお伝えしづらいことではございますが、姫様のご生母様は十六年前、既に亡くなっていらっしゃいます。そのため、あなたはご生母様のお姉さま夫妻――――そちらにいるお二人に引き取られたのです」
騎士の言葉にわたしの目頭が熱くなる。
(そんな……そんな…………!)
二人がわたしの実の両親じゃないなんて、考えたことも無かった。お父さんもお母さんも優しくて、いつだって愛情たっぷりにわたしを育ててくれて、わたしの自慢の両親だったのに。
「もっとゆっくりとご事情をお話ししたいのですが、申し訳ないことに我々には時間がありません。明日の朝、王太子殿下の葬儀がございます。姫様には我々と共に城に来ていただきたいのです」
壮年の騎士は気の毒そうな表情でわたしを見遣る。返す言葉が見つからないまま、わたしはその場に立ち尽くした。
(……あれ?)
気づけば、わたしは馬車に乗せられていた。そうと気づいたのは馬車が動き出す時で、本当に放心状態って奴だったんだと思う。
「ライラ!」
窓の外にはお父さんとお母さんがいた。二人とも涙を流しながら、わたしの名前を一心不乱に呼んでいる。わたしが気づかなかっただけで、多分ずっと呼んでくれていたんだろう。馬車を追いかけるようにして、二人は必死に走っている。
「お父さん」
背が高くて、おおらかで、最近少しぽっちゃりし始めた大好きなお父さん。子どもの頃、抱っこをせがむ度に『可愛い』って言いながら、たくさんたくさん抱き締めてくれた。
「お母さん」
美人で少し抜けた部分もあるけど、とっても優しい大好きなお母さん。何があっても味方になってくれる、わたしの心の支えだった。
(生まれとか……そんなの関係ない。何があっても、わたしにとっては二人が両親だもの)
二人だってわたしのことを本当の娘だと思ってくれている。絶対そうに違いない。
わたしは大きく息を吸うと、二人に向かって手を振った。
「王太子様の葬儀が終わったらすぐに帰るから! 絶対、二人の所に帰るから! その時にゆっくり話を聞かせてね!」
馬車の外の二人に聴こえるよう、わたしは声を張り上げる。二人は顔をクシャクシャにしながら、何度も何度も頷いていた。