慣れていらっしゃる
「ようこそいらっしゃいました、姫様」
ランハートに出迎えられ、わたしは屋敷へと足を踏み入れる。
丁寧に撫でつけられた髪に、高そうな夜会服。少し離れた所からでも感じられる甘い香水の香り。ランハートのことはよく知っている筈なのに、普段より大人っぽい雰囲気も相まって、何だか別人のように見えてくる。
だけど、彼の胸ポケットから覗くハンカチは、紛れもなくわたしが縫ったものだった。
「出迎えありがとう。だけど、主催者が会場を離れて良かったの?」
「もちろん。今夜の宴は姫様のために開かれたものですから。僕が姫様をエスコートしないでどうするんです?」
そう言ってランハートはわたしに向かって手を差し伸べる。夜という時間帯がそうさせるのか、はたまた場の雰囲気のせいか、何だか無性にドキドキしてしまう。緊張を押し隠してランハートの手を取ると、彼は満足気に微笑みつつ、ゆっくりと歩き始めた。
(何だかドキドキしちゃうなぁ)
王太子様の葬儀以降、城の外に出るのは本当に初めてのことだ。ここに来るまでの間だってずっとドキドキしていたし、着いたら着いたで、普段とは少し違った様子のランハートのせいか、ソワソワとして落ち着かない。
当然、一人での外出が許されるわけもなく、わたしの背後には夜会用に着飾ったアダルフォが続いていた。あんまり気乗りしない様子だったけど、下手をすればわたしが逃げ出すと思ったらしい。最終的にはこれも仕事だと割り切ってくれた。
(どうせなら、シルビアも一緒に来たら良かったのに)
夜会用のドレスに身を包んだシルビアは、とんでもない美しさに違いない。それに、一緒に居てくれたらとても心強いなぁと思って誘ってみたんだけど、『ランハートに関わりたくないから』って理由で、丁重に断られてしまった。
(それにしても、凄いなぁ……)
王都の郊外に位置したお屋敷は、大きくてとても煌びやかだった。
色とりどりの季節の花が咲き誇る庭に、ライトアップされた噴水。屋敷の中も花瓶とか彫刻とか絵画とかシャンデリアとか、高価で美術的な価値が高いもので彩られていて、派手好きで華やかなランハートの実家って感じがする。
「如何です? お城とはまた違った雰囲気で悪くないでしょう?」
わたしの視線に気づいたのだろう。ランハートがそう言って首を傾げる。
「そうね。見ていて楽しい、かな」
これが統一感なく、高いものを無秩序に揃えただけとかだったら落ち着かなかっただろうけど、ランハートのお屋敷からは『こうありたい』っていう主人の意図を強く感じるし、単純に見ていて飽きない。夜会なんて無くても、小一時間鑑賞して回れそうな気がする。
「父が美しいものが好きなんですよ。有名無名問わず、良いと思った作品を国内外から取り寄せているんです。あの人は早くに宮廷を離れて正解でしたね。社交性はありますが、政治に必要な、駆け引きや策略の類が苦手な人なんです」
「そうなの? だけど、ランハートのお父様ってゼルリダ様の弟にあたるのでしょう?」
「ええ、そうですよ。でも、あの二人、ちっとも似てないんですよね。仲も良いとは言い難いですし、姉弟喧嘩に僕を巻き込むのは止めて欲しいなぁって心から思ってます」
「ふぅん……そうなんだ」
正直言ってわたしは、ゼルリダ様のことがよく分からない。城内で遭遇することも殆ど無いし、噂もあまり聞かないもの。
いつだったか、一度だけゼルリダ様とニアミスしたことがあるんだけど、その時は物凄い勢いで顔を背けられてしまった。どうやらわたしのことがお気に召さないらしい。分かっていてもあんまり良い気はしないので、記憶から消していたのだけど――――。
「ところで姫様、今夜のドレス、よくお似合いですよ」
ふと見れば、ランハートがウットリと瞳を細めてこちらを見つめていた。途端に気恥ずかしくなったわたしは、動揺を隠しつつ、ゆっくりと大きく息を吸う。
「ありがとう。ランハートがプレゼントしてくれたのよね」
ドレスのデザインを決めたのはわたし自身だけれど、仕立屋等の手配は全部ランハートがしてくれたって聞いている。現状自分で稼いでいるわけじゃないし、お金を使うのは得意じゃないから、贈ってくれて正直とてもありがたい。
「ええ。婚約者にはドレスを贈るものと相場が決まっていますから」
「――――――わたし、まだあなたの婚約者になった覚えはないんだけど」
不敵な笑みのランハートをじとっと睨みつけつつ、わたしは思わず唇を尖らせる。
「そうですね。姫様のおっしゃる通り、まだ、婚約者じゃありません。ですが、近い未来にそうなれるよう、励みますよ」
そう言ってランハートはわたしの手をギュッと握り、手の甲に恭しく口付ける。
(――――ホント、慣れていらっしゃる)
流れるような所作に舌を巻きつつ、トクントクンと胸が高鳴る。夜会会場が扉を挟んですぐ向こう側まで迫っていた。




