二者二様
その翌日、わたしの元に大量の布と糸が送られてきた。
滑らかなシルクに加え、麻や木綿でできた布が複数枚。色とりどりの色糸は、原色に近い色合いのものや光沢があるもの等、どれも鮮やかで美しい。
肝心の送り主が誰かというと――――
『姫様からの贈り物、楽しみにしていますね
ランハート』
たった一言、そんな手紙が添えてあった。
とはいえ、紙に焚き染められているのは中々に品のある香りだし、字も大胆ながら綺麗に書かれているのが分かる。手紙から受ける印象は決して悪くはない。
(多分だけど、ランハートはわたしと結構性格が似てるんだろうなぁ)
シルクみたいな上等な布だけでなく、練習用の麻や木綿を送ってくるあたり、ランハートはわたしという人間を分かっている気がする。根が貧乏性と言うか、平民として育った性なのか、下手糞なうちはそれに見合った布を使っていたいと密かに願っていたのだ。
それに、こんな風にハッキリと『贈れ』と言われてしまっては、さすがに無視をするわけにもいかない。彼は自分で『性格が悪い』って言ってたけど、個人的には性格が悪いというより、無駄が嫌いで、物凄く自分に正直なんだと思う。
「どうなさるおつもりです、姫様?」
ほんのりと眉間に皺を寄せつつアダルフォが尋ねる。どうやらアダルフォは、ランハートのやりようを好ましくは思っていないらしい。わたしは思わず小さく笑った。
「仕方がないから縫うわ。布も糸も、こんなにたくさん貰っちゃったし。多分ランハートなら、わたしの下手糞な作品を贈られたところで、慰めもしないしお世辞も言わないでしょう? かえって気が楽かなぁって」
恐らくランハートにとっては『わたしから贈り物をされる』実績こそが重要なのだろう。これを機にわたし自身に取り入ろうなんて考えていなくて、周囲にアピールできる客観的な何かが欲しいだけなのだ。そう考えると、変に肩肘張る必要が無いし、ハードルはぐっと低くなる。
問題は――――――――
「姫様は今、刺繍に凝っていらっしゃるとか」
声の主は朗らかな笑みを浮かべつつ、ほんのりと首を傾げる。ランハート同様わたしの婚約者候補であるバルデマーだ。
(やっぱりね……)
城内に噂が広がっているのに、バルデマーが言及をしない筈がないと思っていた。薄っすらと笑みを浮かべつつ、わたしは小さく首を横に振った。
「凝っているわけでは……折角覚えたから、練習してるの。シルビアと一緒に楽しめるし」
本当は『苦手だから』と言ってしまえたら楽なのだけど、王族ってのは周囲に弱味を見せてはいけない生き物らしい。アダルフォからの鋭い視線に、わたしは必死で言葉を濁した。
「そうでしたか。楽しめる趣味があることはとても良いことですね。姫様の可憐な印象に合っていますし、とても素敵なことだと思います。是非、これからも続けてください」
バルデマーはそう言って、穏やかに微笑む。思わぬ反応に、わたしは思わず首を傾げた。
(絶対『姫様の作品が欲しい』って言われると思ってたんだけどな……)
けれど予想に反し、バルデマーは眩し気に目を細めつつ、こちらを真っ直ぐに見つめている。何だか居た堪れなくなって、わたしはそっと目を逸らした。
(こういう時、なんて返せば良いんだろう……)
ありがとうって素直に返すのは恥ずかしいし、『可憐じゃない』等と謙遜するのも王族という身分的には宜しくない。恐らくは前者が正解なんだけど、そうと分かっていても、それを実演できるかどうかは全くの別問題だ。まだまだ王族として振る舞うことに、戸惑いもあれば照れもある。慣れなきゃいけないとは思っているけれど。
「その…………バルデマーは欲しくないの?」
言いながら、わたしはハタと口を噤んだ。頭の中で己の言葉を反芻した後、頬が真っ赤に染まっていく。
(これじゃあまるで、欲しいって言われたかったみたいじゃない)
両手で頬を覆いつつ、身体ごとぐるりとそっぽを向く。すると、バルデマーはクスクスと楽し気に笑い声を上げた。
「それはもちろん……喉から手が出るほど欲しいと思っておりますよ? 他ならぬ、姫様の作品ですから。
ですが、そうと口にしてしまっては、姫様にプレッシャーをお掛けしてしまいます。私の一番の望みは、姫様を幸せにすることですから」
そう言ってバルデマーは私の前に跪く。恭しく手を握り、ゆっくりと首を垂れるその様に、胸がドキドキと高鳴った。
(分かってる筈なのに……)
バルデマーは本当は、わたしのことを好きなわけじゃない。わたしを大事に想っているわけでも無い。わたしの後にある玉座を望んでいるだけだって。
それでも、こんな風に優しくされて、お姫様扱いされて、綺麗な笑みを見せられて――――何とも思わない女は居ないと思う。
「…………余裕があったらバルデマーの分も作るわ」
気づけばわたしは、そんなことを口にしていた。バルデマーはほんのりと目を見開き、次いで嬉しそうに細める。
「ありがとうございます。とても――――とても楽しみにしております」
それは彼が普段浮かべているお人形みたいな表情じゃなく、屈託のない年相応の笑みだった。その瞬間、バルデマーに握られたままの手のひらが熱を帯び、わたしは思わず息を呑む。
「……っ、出来栄えは期待しないでよね」
そんな憎まれ口を叩きつつ、わたしは唇を尖らせる。なおもニコニコと微笑み続けるバルデマーに、わたしもつられて笑うのだった。
 




