王の道
「――――ようやく来たか」
開口一番、おじいちゃんはそんなことを言った。わたしは恭しく頭を下げつつ、おじいちゃんの表情を窺う。
この数週間、おじいちゃんはわたしに会おうとはしなかった。だけど、わたしの方もおじいちゃんに会おうとはしなかったし、本当は、こうしてわたしの方から会いに来るのを待っていたんだと思う。
「おじいちゃんに聞きたいことがあるの」
わたしはそう言って、ゆっくりと顔を上げた。
人払いをした部屋には、おじいちゃんとわたしの二人きり。おじいちゃんは鋭く目を細めると、小さくため息を吐いた。
「ライラよ、そこに座りなさい」
そう言っておじいちゃんは、ソファを指さす。言われた通りに腰掛けると、おじいちゃんもわたしの向かいの席に腰掛けた。
「それで? 何が聞きたい?」
「…………いくつかあるんだけど、まずは一番大事なことを。
おじいちゃんは本当に、わたしを王太女にするつもりなの?」
尋ねながら、声が小刻みに震える。
「葬儀の時にゼルリダ様が言っていたこと――――『話が違う』っていうのは、ゼルリダ様はランハートを王太子に据えようと思っていたって意味だよね?」
わたしの言葉におじいちゃんはほんの少しだけ目を見開くと、ややして口の端に笑みを浮かべた。
「その通りだ。本人から聞いたのか?」
「……断片的に。『妃殿下から打診があった』って言ってたから、そういうことかなぁと思って」
ゼルリダ様の立場を考えれば、継子のわたしより、己の甥っ子が王太子になった方が良いに決まっている。それなのに、土壇場でおじいちゃんが話を引っくり返したため、あんな風に憤っていたのだろう。
「変だと思ったの。おじいちゃんはわたしを葬儀に呼んだ張本人の筈なのに、わざわざ隠し通路を使わせて、人目に付かないような部屋を宛がってまで、わたしの存在を隠していたのだもの。
それなのに、葬儀の場ではまるで見せびらかすようにわたしを連れて歩くし、チグハグだなぁって。
葬儀の前にわたしが居ることがバレたらゼルリダ様と揉めるから、そうしたんでしょう?」
「――――ああ。ゼルリダはこれまでもずっと、お前の存在を認めようとしなかったからな」
ポツリと呟くようにおじいちゃんは言う。
前におじいちゃんが話していたこと――――『わたしを城に迎えられなかった』理由はきっと、ゼルリダ様が反対したからなのだろう。
「だからこそ私は、公の場であるクラウスの葬儀にライラを出席させることで、クラウスの子が――――正当な次期王位継承者が居ると世間に知らしめた。
こうなってはもう、ゼルリダにはどうすることもできない。ランハートを次期王太子にするという彼女の目論見は頓挫したことになる」
おじいちゃんはそう言ってゆっくりと目を瞑る。疲れがたまっているのだろう。最後に会った日よりも、肌がくすんで見えた。
「だけどおじいちゃんは、わたしが単独で王位を継げるとは思っていない――――――そうだよね?」
わたしの言葉に、おじいちゃんは驚くことも無く小さく頷く。予想通りの返答だけど、わたしの胸が小さく軋んだ。
「――――勘違いをするな。
そもそも、王位という鎖を一人で抱えることが不可能なのだ。優秀な配偶者が居て初めて、王は王で居られる。平民として育ってきたライラには尚更、配偶者の支えが必要だろう」
「そう……」
王位を辞退するという道がない以上、おじいちゃんの言うことは正しい。わたし一人で立派な王様になれるわけがないし、優秀な配偶者が必要だということも理解できる。
「だけど――――そのためにあの二人を紹介したの?」
「二人……ランハートとバルデマーだな」
おじいちゃんはそう言って小さく笑う。それからゆっくりと息を吐くと、徐にわたしを見つめた。
「そうだ。
ランハートは私の父王の血を引いているし、華やかな見た目と強かさを併せ持っている。要領が良いから、貴族たちとの腹の探り合いも上手くやってくれるだろう。
バルデマーは相当な野心家だ。優男に見えるが、切れ者だし反骨精神が旺盛だ。奴がお前の配偶者になれば、国は今とは違った方向に変わっていくだろう」
「そっか。――――――やっぱり王族は、結婚相手すらも自由に選べないのね」
おじいちゃんの言葉にわたしはそっと俯く。
好きになった人と結婚する――――そんな当たり前のことが、王族のわたしには許されない。既に分かっていたことだけど、改めて話を聞くと、虚しさが胸いっぱいに広がった。
「その通りだ。
だが、何もあの二人の中から結婚相手を選べと言っているわけではない。愛のない結婚を孫に強要したい訳でもない。
ライラ――――これからの国を――――お前を支えるに相応しい男を探せ。それが今のお前に課せられた、至上命題だ」
おじいちゃんは至極真剣な表情でわたしを見つめていた。わたしはゴクリと唾を呑みつつ、少しだけ口角を上げる。
「…………って言いつつ、王位を継ぐための勉強も頑張らなきゃいけないんでしょう?」
「当然。それが歴代王位継承者が辿って来た道だ。ライラの場合、少しばかり険しい道のりになりそうだがな」
そう言っておじいちゃんは小さく笑う。
「そうね」
暗闇の中、わたしは己の進むべき道を想像する。こうなった経緯は不本意だし、完全に納得したわけじゃない。だけど、引き返すことができないのだから、前に進み続けるしかない。
(よしっ)
気持ちを新たに、わたしはゆっくりと立ち上がるのだった。




