犬猿の仲
アダルフォの言う通り、シルビアは社交術に長けていた。わたしから上手に話を引き出してくれる上、自分自身の話もしてくれる。平民出身のわたしに気遣って話を合わせてくれているのが分かるんだけど、それらを『頑張ってやってる』って感じじゃなく、極々自然にこなしていた。
(すごいなぁ……)
講義の場で如何に『社交が大事』とか『外交が大事』って言われても、正直言ってピンと来ない。そもそもが、ついこの間まで雲の上だと思っていた世界の話だもの。具体的にどう大事なのか、どんな風に能力を発揮すれば良いのか、わたしにはちっとも理解できていなかった。
もちろん理解するための努力はしていたけど、『勉強』だと思うと、物凄く肩肘張っちゃうし、日常に転がっている実践機会に気づきづらい。
「それでね、姫様。アダルフォったらこう見えて、とてもブラコンなのですよ?」
今だってシルビアは、わたしとの数少ない共通点を探りつつ、話題を広げてくれている。わたしにとって日常のあらゆることが、勉強の場なんだって気づかされた。
「アダルフォには兄弟が居るの?」
わたしの問い掛けに、シルビアはそっとアダルフォに目配せをする。シルビアは当然答えを知っているけど、答えるつもりはないらしい。
(なるほど……こうやって会話に引き込むのかぁ)
わたしも一緒になってアダルフォの顔を見た。
「――――はい。年の離れた兄が一人おります」
観念したように、アダルフォが答える。わたしはついと身を乗り出した。
「お兄さん? 王都に住んでいるの?」
「いえ。兄はいわゆる辺境伯で、国境の領地を護っております」
一度会話に加わってしまえば一気に抵抗が無くなるらしく、アダルフォはすんなりと質問に答えてくれる。
「国境かぁ。行ったことないけど、ここから相当遠いのよね?」
頭の中に地図を思い描きながらわたしは尋ねる。アダルフォはコクリと小さく頷きつつ、憮然とした表情を浮かべた。
(っていうか、アダルフォって辺境伯の弟だったのか)
シルビアがアダルフォに兄弟が居ることを教えてくれなかったら、ずっと知らないままだったかもしれない。初めて知ったアダルフォの一面に、わたしは思わず小さく唸った。
「だけど、ブラコンなら、どうしてアダルフォは王都で働いているの?」
折角の機会だし、わたしはアダルフォに質問を重ねてみる。
「それは――――――」
アダルフォは言い掛けて、またすぐに口を噤む。何やら困惑した表情だ。
(ちょっと、グイグイ行き過ぎたかな)
アダルフォにも、他人に軽い気持ちで踏み込まれたくない領域があるのだろう。王になるからには、今後はそういった領域にまで踏み込めるようにならないといけない。人心掌握術とかいう技術らしいんだけど、まだまだ習得は難しそうだ。
「アダルフォったら……素直に『クラウス殿下の力になりたかった』って言えば良いじゃない?」
シルビアはクスクス笑いながら、そっとアダルフォの顔を見る。
「シルビア様……」
咎めるような声音。見ればアダルフォは、ほんのりと頬を紅く染めていた。
「実はアダルフォは、クラウス殿下の大ファンなんですよ? 彼のお兄様と殿下が仲良しでいらっしゃったから、その縁で幼い頃から目を掛けられていたのですって。
姫様、アダルフォは一見クールに見えますけど、その実『殿下の役に少しでも立ちたい』という理由で騎士に志願するほど、熱い男なのですわ」
シルビアの言葉に、アダルフォは恥ずかしそうに俯く。
「そうなんだ……」
言いながら、わたしは複雑な心境だった。
(アダルフォは初めて私に会った時、どう思ったんだろう……)
わたし達が初めて会ったのは王太子様の葬儀の日。彼は、王都で働く理由だった王太子様を亡くした上、わたしにヒステリックにあたられて、相当辛かったんじゃなかろうか。
今だってそう。本当はアダルフォは、わたしじゃなくてシルビアに仕えたいんじゃないかなぁなんて思う。
今日のアダルフォはいつもより表情豊かで何だか楽しそうだし、とても優しい顔をしている。シルビアのことを護りたい、大切にしたいんだってわたしにまで伝わってきた。
(恋する男ってこんな顔をするものなのね)
親し気に会話を交わす二人はお似合いで、何だかとても微笑ましい。こちらまで温かい気持ちになってくる。
(いつか、二人の恋を後押ししてあげられると良いなぁ)
密かにそう思いつつ、わたしは微笑した。
「――――――楽しそうですね、姫様。僕も姫様とお茶をご一緒したいなぁ」
その時、聞きなれない声がわたしを呼んだ。顔を上げると、部屋の入り口に華やかな風貌の男性が立っている――――葬儀の日、おじいちゃんから紹介された公爵令息ランハートだ。
アダルフォは即座に身を翻すと、眉間にグッと皺を寄せた。見れば彼の周りで侍女や騎士達が「困ります、ランハート様!」「姫様から許可を戴くまでお待ちいただかないと……」なんて話している。
「そんなにカリカリしなくても、陛下にはちゃんと許可を戴いているのに」
ランハートはそう言って小さく首を傾げる。おじいちゃんからは何も聞いていないけど、多分彼の言うことは本当なのだろう。
アダルフォたちに『大丈夫だ』と伝えようとしたその時、向かいの席から信じられないぐらい冷ややかな声音が響いた。
「公爵令息ともあろう御方が不躾な……取次すらも待てないだなんて、嘆かわしいことですわ」
わたしは思わずギョッと目を見開く。
声の主は当然、シルビアだった。顔は笑っているが、目がちっとも笑っていない。先程までの柔らかな物言いと正反対の刺々しい口調に、わたしは思わず身を竦めた。
「やっほーー、シルビアちゃん! 今日も元気に怒ってるね? そんな顔しちゃ、折角の美人が台無しだよ?」
けれど、ランハートは全く意に介していない様子でニコニコと楽し気に笑っている。
(なんか……初めて会った時と口調が違うんですけど)
あの時はおじいちゃんの前だから、堅苦しい喋り方をしていただけで、恐らくはこちらの方が彼の素なのだろう。わたし自身、堅苦しいのは好きじゃないし、こちらの方が気楽だから、不敬だとか言うつもりは毛頭ない。
(問題はシルビアの方よ)
あんなにも可憐で優しくて穏やかだったシルビアが、今や瞳を吊り上げてランハートを睨みつけている。いや――――それが悪いって訳じゃないけど、あまりのギャップに困惑せざるを得ない。
「姫様――――この二人、信じられないぐらい仲が悪いのです」
アダルフォがやって来て、そっとわたしに耳打ちする。
「――――でしょうね」
答えつつ、わたしは思わずため息を吐いた。




