聖女シルビア
アダルフォから提案があった翌日、早速聖女シルビアとのお茶会が実現した。
「お初にお目にかかります。シルビアと申します」
シルビアは実に可憐な女性だった。
ほんのりとピンクがかった柔らかい髪といい、真ん丸と大きな瞳といい、小柄で華奢な所といい、ありとあらゆる『可愛い』が詰まっていて非の打ちどころがない。何だか物凄く良い香りがするし、周りに花が咲いているみたいな華やかさがある。わたしよりも年上なのに、ついつい愛でたくなるというか――――庇護欲みたいなものを駆りたてられた。
(なんて、実際の所シルビアは、国を護ってくれているのだけど)
後継者教育を受ける中で、聖女の果たしている役目について、既に講義を受けた。
我が国の聖女ってのは血筋じゃなく、王家が保管している宝玉によって選ばれるものらしい。しかも、生まれた時から能力を持っているわけでは無いらしく、聖女に選ばれてから初めてその力を得るんだとか。外敵から国を護るための結界を張ったり、人々の病を治したりと、責任重大な要職なんだとか。
(一緒にしたら失礼かもしれないけど)
アダルフォも言っていた通り、ある日突然『姫』だと言われたわたしに、何となく境遇が似ている。
(いや、シルビアの方は聖女としての能力があるんだし、未だ何もできないわたしとは全然違うんだけど)
正直言って『王族らしさ』だとか『国を統治するために必要な能力』ってのは、目には見えないものだから、目に見える能力を持ったシルビアが若干羨ましかったりもする。
「お会い出来て光栄ですわ。わたくしずっと、姫様にお会いしてみたいと思っていましたの」
そう言ってシルビアは満面の笑みを浮かべる。
(良いっ! すごく可愛いっ!)
シルビアの笑顔は格別に可愛かった。日中殆どの時間を男性に囲まれて生活しているせいで、女性というものに飢えているってのもあるかもしれないけど、めちゃくちゃ癒される。それに、完全に対等な関係じゃないにせよ、シルビアからは『全く別の次元にいる』みたいな距離感を感じない。わたしにはそれが、とても嬉しかった。
「ライラです。今日はわざわざ来てもらってゴメ――――」
「姫様」
わたしの言葉は、最後まで紡がれることなく、アダルフォによって遮られた。咎めるような視線に、わたしはそっと唇を尖らせる。
(うぅ……王族ってのは面倒くさいなぁ)
何でも、姫君っていうのは謝罪をしてはいけない生き物らしい。人の上に立つものの威厳が云々~~って言われたけど、正直言ってわたしは、この辺がイマイチ理解できない。
だって、お父さんとお母さんには『人に何かをしてもらったら、感謝をするものだ』って教わったし、周りも皆、当たり前のようにそうしていたもの。相手に手間を掛けさせて、謝ることの何が悪いのだろうって思ってしまう。寧ろ、感謝や謝罪の言葉がすんなり出ない方が、威厳が云々以前に、人としてダメダメだと思っている。
ついでに言うと今回、本当はわたしがシルビアの部屋に行くつもりだったのに、それすらも侍女達やアダルフォに止められてしまった。『自ら動いちゃいけない、相手を動かせ』っていうことらしい。
(本当はシルビアが仕事をしている部屋が見て見たかったんだけど)
わたしの行動範囲は城内のほんの一部で、行ったことのない場所ばかりだもの。気分転換したかったけど、話自体が流れちゃ堪らないので、取り敢えず今回は諦めることにしたのだった。
「噂には聞いておりましたけど、本当にクラウス殿下にそっくりですのね」
シルビアはそう言って、懐かし気に目を細める。どうやらわたしと王太子様を重ね合わせているらしい。
(それ、本当にしょっちゅう言われるのよね)
葬儀の時だけのリップサービスかと思いきや、わたしと王太子様――――生物学上の父親は、本当にそっくりらしい。ありとあらゆる人から『似ている』と称されてきた。絵姿ぐらいは見たことが有るものの、穏やかで優し気な笑みを浮かべた王太子様がわたしに似ているのか、正直言って分からない。わたしの心根は決して穏やかではないし、彼みたいに整った顔立ちだとも思わないから。
「ありがとう。そう言って貰えて嬉しいわ」
複雑な心境のままそう答えると、シルビアは優しく微笑む。それからそっと侍女に目配せをした。
「今日は姫様に焼き菓子をご用意しましたの。お口に合えばよいのですが」
「えっ……? シルビアが自分で準備したの?」
「はい! わたくし実は、お菓子を作るのが趣味なのです。無心になって手を動かしていると、嫌なことが忘れられますし、甘いものを食べると疲れも取れますでしょう?
城に連れてこられてしばらく経った頃、わたくしが自由にキッチンを使えるよう、クラウス殿下が取り計らってくださったのですわ」
そう言ってシルビアは嬉しそうに手を合わせる。わたしは目を丸くしながら、侍女達によって並べられたお茶菓子を見つめた。
(良いなぁ……)
わたしだって、城に来るまでの間はそれなりに料理やお菓子作りをしていた。お母さんと一緒にキッチンに立つ時間はとても楽しかったし、幸せだった。二人で取り留めのないお喋りをして、何度も何度も摘まみ食いをして。『お父さんの分が無くなっちゃったね?』なんて言いながら二人で笑って――――。
「さぁ、姫様…………」
促されるまま、わたしはシルビアのクッキーを口に運ぶ。ほんのりと甘い生地が、心に優しく溶け込んでいく。城のパティシエが作るものより質的には劣る筈なのに、何でかずっとずっと美味しい。まるで、わたしの欠けた部分を、そっと補ってくれるかのように感じた。
「――――――美味しい。すっごく美味しいわ、シルビア」
言いながら、目頭がほんのりと熱くなってくる。シルビアは微笑むと、ゆっくりと大きく頷いた。
 




