アダルフォの提案
それからバルデマーとわたしは、数日おきにお茶をするようになった。
どうやら彼はマメな性質らしく、近況だとか、今取り組んでいる仕事の話だとか、ちょこちょこ手紙で書いて寄こす。文末にはいつも『姫様と直接お話がしたい』と書き添えられているので、そのタイミングでお茶の約束を取り付けるのだ。
何でかはよく分からないけど、貴族とか王族にとってのお茶ってのは毎日の必須ルーティーンみたいなものらしく、わたし付の文官も、どんなに忙しくてもお茶の時間は融通してくれる。そんなこんなで、わたしにとってバルデマーは身近な人になりつつあった。
「姫様はバルデマーがお気に召したのですか?」
ある日のこと、アダルフォからそんなことを尋ねられた。
「そう思う?」
尋ね返しながら、わたしはそっと首を傾げる。
彼は基本的に護衛に徹しているため、わたしがすることに口出しをしない。
(きっと、よっぽど気になったんだろうなぁ)
わたし自身、そろそろ自分の考えを整理しておきたいし、アダルフォがどうしてそう思ったのかも結構気になる。じっと見つめていたら、アダルフォは小さく首を横に振った。
「いえ――――初めはお気に召したのだろうと思っていたのですが、最近はよく分からなくなってきました」
アダルフォの分析は実に的確だった。わたしは思わず笑い声を漏らしつつ、コクリと小さく頷いた。
「そうね……アダルフォの言う通り。バルデマーはカッコいいし、優しくしてくれるし、気に入っていたというか――――――良い話し相手になってくれると良いなぁって割と本気で思っていたの。だけど、彼といると何となく疲れるのよね……」
こんなこと、あまり人に言うべきじゃないのかもしれない。だけどわたしは、己が抱いている違和感を誰かに共有したかった。
バルデマーがどうしてわたしに親切にするのか。こうも交流を持ちたがるのか――その瞳の奥に隠れたメラメラと燃えるような何かを、既にわたしは感じ取っている。
良い言い方をすれば『熱心』。だけど、悪い言い方をすれば『ガツガツしている』という感じ。
彼はわたしに興味を抱いているようでいて、わたし自身には興味はない。いつも、もっと別の何かを見つめている。
(それが何なのか――――全く分からないわけではないけれど)
考えれば考えるほど虚しくなってくるので、深くは考えないようにしていた。
「――――――実は、姫様にご紹介したい方が居るのです」
そう言ってアダルフォはそっとわたしの顔を覗き込む。
「紹介したい人?」
まさかそんなことを言われるとは思っていなかったので、存外驚いてしまった。アダルフォはコクリと頷くと、また徐に口を開いた。
「姫様の前に俺が警護をしていた方です。
名をシルビア様といい、年齢は姫様の二つ年上の18歳。伯爵令嬢でいらっしゃいますが、数年前に聖女に選ばれ、以降はこの城に住んでいらっしゃいます」
淡々と人物紹介をするアダルフォに、わたしはほんのりと目を丸くする。
(へぇ……そんな方がいらっしゃるんだ)
国や城についてのあれこれは、まだまだ知らないことが多い。一生懸命勉強しているものの、聖女とか騎士とか文官とか、そういう役職がある程度の知識しか持っていなかった。
「だけど、どうしてそんな方をわたしに?」
わたしと話をしたい、紹介してほしいという貴族は、実は結構多い。理由はとってもシンプルで『王族に顔を売りたい』っていう話だ。
けれど、アダルフォや聖女様にはそういう野心みたいなものは無いように思う。小さく首を傾げると、アダルフォは直立不動のまま口を開いた。
「先日、姫様が『お茶をする友達が欲しい』と仰ったこと――――あれは姫様の本音でございましょう? けれど、今のところバルデマーがその役目を果たしているとは言い難いですから」
そう言ってアダルフォはわたしのことをまじまじと見つめる。わたしは思わず小さく噴き出した。
「そうね……男性って生き物は本当に、意味のないお喋りは苦手なんだと思うわ。目的と結論が見えないと、イライラしてしまう……っていうか」
それは、あれこれ受けまくった講義の中で、チラリと聞きかじった知識だ。わたしは女だし、目下のもの――――臣下と話をするときは、結論から口にすることを特に意識するように、って言われた。
バルデマーはわたしと会っている間、終始ニコニコと笑っているし、相槌も都度打ってくれるけど、実際は結構焦れているように思う。
(相手が『楽しくなさそう』っていうのは、割と感じ取れるものだよね)
しみじみとそんなことを考えながら、わたしは心の中でため息を吐いた。
「シルビア様はその点、姫様のお話し相手として最適だと思います。
優しく面倒見の良い性格ですし、陽気で、取り留めの無いお喋りがお好きな方です。また、礼儀作法や社交術にも長けていらっしゃいますから、姫様の良い練習相手になってくださると思います。
何より、シルビア様自身が、幼い頃にいきなり城に連れてこられ、寂しい時期を過ごしていらっしゃいますので、きっと今の姫様に寄り添ってくださるかと」
アダルフォの口調は本当に淡々としていた。もっと恩着せがましかったり、自慢気にしても良い場面だろうに、全然そういうのを感じない。本当にわたしのことを考えて、提案してくれたんだろうなぁと思う。
「……ありがとう、アダルフォ。早速日程調整をお願いできる?」
微笑みながら尋ねると、アダルフォは「承知しました」って、いつもの様に恭しく頭を下げる。愛想のない彼の表情が、何だか途端に可愛らしく感じられた。




