悪食趣味
友人Aはゲテモノが好きであだ名がエスカルゴと言う。そういう店に入り浸っては精力を付けるためと称して、蛇の生の心臓や蚯蚓の佃煮を好んで食している。この前、釣り人からイカを買っていたので、まともなものも食べるんだと思っていたら、案の定、寄生虫のアニサキスにやられて病院に通っていた。
そういうのは結構お高めなんだけど、金持ちであちこちに伝をもっているので、自然に材料が集まってくるらしい。僕も時々誘われるが、そういうのは苦手なので断っている。エスカルゴと食事するときにはハンバーガーショップ。で、行くと昔は肉は蚯蚓だとかネコの肉だとか言われていたんだよねーと毎回大声で言って僕を困らせるのだ。
エスカルゴが言うにはそういうのも醍醐味だとか言っていたところ、食用コウモリが原因でコロナウィルスが世界中に流行したと聞いて、多少は反省したらしい。と言っても、火を通すようにした程度だが。
そんなエスカルゴにも手に入らないものがある。
ドラゴンの肝臓だ。
お話の存在であるドラゴンのその肝臓なんてどうやって手に入れるのか? いろんな大学の探検隊にコネがあるので、是非、見つかったら持ってきて欲しいと伝えているそうだ。叶うと良いね。
ところで、ドラゴンは変身できるのはご存じだろうか。今のドラゴンたちは人間に混ざって暮らしている。もちろん便利だからだ。人間は特殊能力なしに、おいしい料理を考え出し、地球の裏側の人と話したり、月に行ったり、考える機械を作り出した。集団の人間はドラゴンより凄い。道具作りに関しては人間はピカイチだ。
なぜ、そんなことを実感できるのかって? それは僕がドラゴンだから。人間の中で暮らすのにすっかり馴染んでしまっているのだ。
仕事から帰ってきて、ピザ食べていると(多少、栄養が偏っていても健康には関係ない体なので)、スマホが鳴ってエスカルゴから、
「ドラゴンが捕まったらしい。一緒に見に行かないか?」とのメッセージが来た。
同族が捕まったって? どんなヘマやらかしたんだ。心配になったので見に行くことにした。
「行く」と返事したら、30分でエスカルゴのポルシェが来て(こんなのは趣味が良い)一緒に乗って某研究所まで。どういう風に捕まったか車内で聞く。
「なんでも、人間の形をしてたそうだが、たまたま車に撥ねられて、運転手が慌てて救急車呼んで病院に担ぎこんで、MRIとかで精密検査したところまったく映らなくて、これはどういうことだと本人に聞いたら、実はドラゴンだと自白したとか」
別にすっとぼけておけば良いものをわざわざ俺はドラゴンだと明かすのは、気位の高い彼ららしい。
「で、エスカルゴはそいつを殺して、肝臓を食べるのか?」
「無駄な殺生とかする気はないよ。人型ならなおさら。それに自称・ドラゴンだし」
まあ、生きてる蛇裂いて心臓食う奴の話は半分くらいで聞いておこう。時々、人間には、他の生き物の犠牲の上に生きていると言うことに無自覚な連中がいる。
到着。銃を持った守衛が居る検問所を通過(おいおい、ここは日本だろ、どんな施設なんだ? と思いながら通る)。エスカルゴはこんな施設に何の権利があるのか知らないがすいすいと顔パスで通過していく。こいつは結構凄い奴なのかもしれん。
「でさ、車にぶつかったとき、車が壊れて、その子はピンピンしていて」
まあ、ドラゴン相手だとそうなるわな。人型でも。
白衣を着た偉い人が(仮に「所長」と呼ぶことにする)、僕たち二人を案内してくれて、多分、防弾ガラスみたいな分厚いガラスに囲まれた部屋で、その子を見ることになった。
少女? 姿は少女。何にでも変身できるしな。実は、雄かもしれないし、雌かもしれない。まあ、本人のお好みの姿。ただ、知り合いかどうかはわからない。同族には数百年会ってない上、変身した姿となればなおさら誰か分からない。
助けるべきだろうか? 僕は思う。どうやって? もちろん、この程度の壁、自力で壊せるだろう。でも、大事にはしたくない。
「やあ、調子はどうかな」所長がマイクでガラス越しに話しかける。
「問題ないので、出して」ショートの髪の少女は困惑した顔で言った。
「それは駄目だ。君は……健康に、問題がある」
「ヘンタイ親父!!!」
「もう少し付き合ってくれないか? 医学的に興味があるんだ」
所長はマイクを切ると僕たちに向かって言った。
「本人はドラゴンだと言ってますが、ま、体の構造が違うのは間違いないので調査したいと思っているのですよ、あくまでも穏便に」
僕としては少女がドラゴンだと言う話は怪しいと思う。同族ならしばらく見てれば分かる。気配というのが違う。多分、彼女は別の存在。
エスカルゴは興味津々と言った体で、
「変身できるということは、再生能力が強いということかなぁ? 肝臓のサンプル取るときは呼んでよ。ちょっとだけ分けて」能天気に所長に頼み込んでいる。
「彼女はドラゴンというのは違うと思うな。厨二病だとは思うけど」本物のドラゴンはここにいるんだけどね。僕は内心そう思いながら言った。
「で、彼女の内臓はどうだった? MRIで映らなかったって聞いたけど」エスカルゴは所長に尋ねた。
「解剖してみないとわかりませんね」
「じゃあ、肝臓があるかどうかもわからないんだ」
「そうですね」所長はため息をついた。
正体不明。身柄を示すものは一切所持してなくて、お金も持ってなかったそう。服は汚れがついていて……
エスカルゴはもどかしそうにマイクに向かって、
「あー、君、名前は」と聞く。
「メイ」
「メイちゃん、良かったらウチに来ない?」
え? エスカルゴが女の子に関心示したぞ。珍しい。食欲の一種か?
「いやいやいや、ちょっとかわいそうに思っただけさ」エスカルゴが自分の心を見通したように釈明して、ドキリとする。
「別に悪いことはなにもしないよ。面倒見るからウチにおいで」
「じゃあ出してよ」
エスカルゴは所長と交渉を始めた。エスカルゴにどんな権力があるのか知らないが、簡単に話は纏まりメイを連れ出すことになったようだ。
「と言うわけで、お前はタクシーで帰れ」エスカルゴは僕に言った。「俺のポルシェはツーシーターだから3人は乗せられん」
「はいはい。了解」僕がドラゴンだと知ったらこんな扱いはないだろうけど。
彼女の服を手術着から私服に着替えてもらって連れ出す。交通事故のせいで、服が一部破けている。
まあ、エスカルゴが少女に性的関心を持っているとは思えないので。エスカルゴ、女性だしレズでもない。
三人で研究所を出たら、夜空にオリオン座が広がっていた。何千年前の原始生活を送っていた人間達と同じものを僕は見てるんだなぁと感慨深く思ったら、その姿を見てたらしいメイが小首を傾げながら不思議そうにしてた。
「君、何者?」
エスカルゴに聞こえないようにヒソヒソと尋ねてみた。
「私、宇宙人なの」
まじっすか。
怪異は科学が進んでも、それだからこそ人間界の中に潜んでいる。こういう存在はたまたま尻尾を出してしまったけど。
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