己の役割が決められた世界で、唯一彼だけはその運命を捻じ曲げる
初めてコメディらしいコメディが書けた…!
バキッ!と音を立てて、胸の装甲が剥され、コンプレックスでもある豊か過ぎる胸が揺れる。
抵抗しようにも、両腕を左右から掴まれ、膝をついた体勢で拘束されてしまっている以上、鋭い切れ長の目で睨みつける事しかできない。
手も足も出ない状況下にあり、シャリーナの女としての魅力にあふれたシャリーナに、髭面の大きな男がニタリと笑みを浮かべた。
「げはははは…! 栄えある騎士団の団長様は、思った通りご立派なものをお持ちですなぁ! 触ってほしそうにブルンブルン揺れてやがるぜ!?」
「くっ……殺せ! こんな辱めを受けるぐらいなら、いっそ一思いに殺せ!」
べろりと唇を舐め、下卑た目を向ける山賊の頭。
彼の子分の男達もにやにやと笑みを見せ、シャリーナの魅力にあふれた女体を無遠慮に凝視する。
「くそっ…!」
「団長~…」
シャリーナは悔し気に歯を食い縛り、すぐ近くで同じように拘束されている女性の騎士達や、血だまりの中に倒れ込む男性騎士達に悲しげな目を向ける。
凛々しい短髪にスレンダーな身体つきのレヴィア、小柄ながらシャリーナ以上に豊満な胸元をしているエル、泣き黒子が色っぽいグラマラスなナディア。
皆、鎧を全て剥ぎ取られ、体型がはっきりとわかる制服姿にされており、頼りないことこの上ない。
男性騎士達に関しては全員瞳孔が開いていることが確認され、誰一人として生き残っている者がいない。全身を刻まれ、中には首を断たれている者もいて、凄惨な姿にされている。
数時間前までは、共に談笑し士気を高め合っていたはずの仲間達。
それがこうも変わり果てていることに、シャリーナはひたすらに自分の無力を恥じ、血が滲むほどに拳を握りしめる。
国王より下された、国境付近に出没する山賊の討伐指令。
洞窟の奥に拠点を築き、国境を越えようとする商人や旅人を襲って金品を奪い、女を攫い、王国に多大な被害をもたらしている、傭兵崩れの犯罪者集団。
騎士学校を首席で卒業したシャリーナが団長を務める、精鋭をそろえた騎士団総勢12名であれば、余裕で完了できたはずの簡単な任務―――そのはずだった。
しかし予想に反し、山賊達は異様な連携と戦闘力により、シャリーナ達騎士達をあっという間に無力化。
命乞いする男性騎士達をゲラゲラと嗤いながら殺害し、女性騎士達はほぼ無傷のまま取り押さえてしまった。山賊側の負傷者に関しては、多少の切り傷を受けただけでほぼ皆無である。
「なぜ……なぜ山賊如きがこんな力を!?」
「ひゃははは! ウチのボスは〝オーク大戦士〟の職業持ちだからな! そんじょそこらの騎士じゃ相手にもならねぇんだよ!」
「そして俺達も全員〝オーク戦士〟の職業持ちだ! つまりお前らは、ハナから勝てない相手に戦いを挑んでたんだよ!!」
涎を垂らし、拘束した女性騎士達を見下ろす山賊の配下たちが、自慢げにそう吠える。耳にした敵の力の源の名に、シャリーナ達は驚愕と共に愕然とした表情になる。
職業とは、この世界に生きる人間が幼少期に調べる、創世神たる女神スティリアから授けられし、将来的に有するであろう適正―――才能を名称にしたものだ。
自分が何に対して最も力を発揮できるのか、何を行うことに特化するようになるのか、ということが、教会から派遣される神父や修道女の診断で明らかになる。戦士の才を持つ者、魔導士の才を持つ者、料理人の才を持つ者、その種類は様々である。
スティリア教の運営する教会で実施され、最低でも10歳から診断を受ける事ができ、多くの人はそれを指針に自分の人生計画を立て始めるのだ。
そしてオーク、それは深い森の奥に生息する、豚の顔を持つ特殊な魔族の一族のことを言う。
彼らは主に戦争に参加し、傭兵として時に人間に味方し、時に敵対し、報酬を得ることで生計を立てている。
人間を大きく超える体躯に膂力を持った彼らは、総じて戦闘能力も高く、より高い報酬を支払い雇い入れた方に勝利を齎すとさえ言われる存在であった。
問題なのは、その報酬である。
オークが求めるものが金銭や食料、あるいは物品であればさほど苦労はない。しかし、雄の多い部族が求めるものはかなり厄介なことになる。
すなわち、人間の女。オーク達が生殖活動を行うための対象である。
当然だが、いくら戦争に勝つためとはいえ、見た目も醜く文明的な生活とは縁遠いオークの元に生きたがる人間の女などおらず、報酬として要求された時は悲惨である。
はっきり言って、戦争に勝つための生贄にされるようなものなのだから。
故にオークは、戦いにおいては強力な力を有した戦力として、女性からしてみれば性欲の塊の化け物、忌み嫌われる悪魔のような存在である。
〝オーク戦士〟は、そんな傭兵民族の力に酷似した力を持つ存在。
さらに〝オーク大戦士〟の職業は、そんな怪物の中でも特に優れた戦闘力を、そして常識知らずの性欲を兼ね備えた、まさに女騎士達にとって天敵ともいえる最悪の存在なのである。
「ぐへへへ…頭ぁ! もうさっさとやっちまいましょうよ! 俺らもう、我慢なんてできませんぜ!?」
「より取り見取りだぁ! 早く楽しみたいんすよぉ!」
「よーしよーし……だがまずは俺だ。どうせこいつら、揃いも揃ってヤッたこともねぇオボコだろうからよ、俺が最初に馴らしておいてやる」
「とか言って、初物を最初にいただきたいだけでしょ! 頭の欲張りめ!」
「がははは…! よくわかってんじゃねぇか!」
下品に笑い、山賊の頭目がガチャガチャと腰のベルトを緩める。
そして履いていたズボンを降ろし、ぼろんっと自身の逸物を晒す。成人男性の腕ほどもある、見ているだけで恐怖で気を失いそうなほどに巨大なものが、シャリーナ達の目の前に晒される。
「ひっ…ひぃいい!」
「助けて……アルくん、助けて!」
「くっ…!」
冷静沈着なレヴィアが涙目で悲鳴をあげ、エルが震えながら王都にいる恋人に助けを求める。ナディアにいたってはきつく目をつぶり、必死に目を逸らそうとしている。
全員が全員、これから自身らに襲い掛かる悲劇を前に、全ての希望を失くしていた。
無論、シャリーナに至っても。
「おのれ……こんな奴らに、穢されるくらいなら!」
「おい、舌なんて噛ませるなよ。死体相手にヤッたってなんも面白くねぇ」
「うぐっ…!」
覚悟を決め、自分の舌を噛みきろうとしたシャリーナだが、寸前で気づいた頭目の指示によって、口に布を噛まされ、失敗に終わる。
絶望に染まるシャリーナに、頭目はまた満足げににやりと笑い、シャリーナの衣服の胸元に手をかけ、思いっきり左右に引き千切る。
容易く引き裂かれた衣服の中から、ぶるんっと大きな膨らみが曝け出され、それぞれの中心の桜色が空中に軌跡を描く。た分た分と揺れるその膨らみに、辺りから盛大な汚い歓声が上がる。
シャリーナは揺れる胸元を呆然と見下ろし、そしてやがて一筋の涙を流した。
(すまん……ユージ。私は此奴らに穢される……この任務が終わったら、お前に想いを告げようと思っていたのに…!)
こんな事になるなら、時期など考えず、任務に出る直前にでも告白し、純潔を貰ってもらえばよかった。
もはや何の意味もない後悔。シャリーナが全てを諦め、近付いてくる醜い欲望の塊に自身を投げ出そうと、完全に脱力しかけた。
その時だった。
「「「ぎゃあああああああああ!!!」」」
汚い悲鳴が響き渡り、数名の山賊達が吹っ飛ばされてくる。
洞窟の入り口付近で見張りを任せていた、比較的最近仲間に加わった下っ端連中だ。
古参全員が愉しんでから代わってやると、渋々ながら邪魔が入らないよう役目をこなしていた彼らが―――全身をズタズタに斬り裂かれた状態で倒れ込んできたのだ。
「な、なんだ!?」
「どうした、お前ら!?」
突然のことに、肉欲の宴に耽ろうとしていた山賊達も我に返り、振り向く。
倒れ込んできた新入り達を確認すると、全員既に事切れていて、目を覆いたくなるような傷跡を晒している。
山賊達は自分達の行いも棚に上げ、ぶるりと身を震わせると、自身の逸物をしまって身構える。
頭目も面倒くさそうにしながら、不機嫌そうに獣のような唸り声をあげ、愛用の武器である斧を持ってから、洞窟の入り口に目をやる。
せっかくのお楽しみの邪魔をされたことで、殺気に満ちる山賊達。
そんな刺々しい雰囲気の中、その人物は現れた。
夥しい量の血に濡れた、量産品らしき武骨な剣を手に持った、若い男。
顔立ちもさして特筆する所のない、道ですれ違っても気づかなさそうなほどの平凡な容姿の青年だ。
唯一の特徴といえば、山賊に―――いや、山賊達に拘束されているシャリーナに対して向けている、あきれ果てて仕方がないといった様子の、気だるげな視線だけだった。
「……おい、またなのかシャリィ。お前はまたこんな……お約束展開に陥ってんのか?」
「ユージ…!」
現れた青年―――ユージに、シャリーナは思わず満面の笑みを浮かべる。
だが、曝け出されたままの自分の胸元を思い出し、拘束された今の状態では隠せないと、顔を真っ赤にして、あわあわと口を開閉させる。
「よ、よせ! 来るな! 来なくていい! お、お前がいなくても、私だけで…」
「いや、無理だから、どう見ても。その状態で逆転全員ハッピーエンドとかマジで無理だって子供にもわかるから。……まぁ、子供には見せられんけども、こんなの」
先ほどとは異なり、羞恥で震えるシャリーナに、ユージははぁ、と重いため息をつく。
がりがりと頭を掻きながら、彼はすたすたと歩き出し、山賊達に近づき出した。
「あー…おじさん達、悪い事は言わないから降参した方がいいよ。流石に俺も、幼馴染がむっさいおっさん達に凌辱されるとことか見たくないし、無駄に命奪いたくないし……何より必要以上に働きたくないんで。今すぐ帰って寝たいんで」
「あぁ!?」
「なんだてめぇ…いきなり出てきて意味わかんねぇこと言いやがって!」
「ふざけてんのか!?」
「ふざけてないっす。大真面目っす」
お預けを食らって、苛立ちが最高潮に高まっている山賊達が、どう見ても非力な青年に怒りの声を上げる。
激昂し、怒号を上げても青年の表情にはまるで変化がなく、心底面倒臭そうな表情でなおも近付いてくるだけ。その姿は、自分の状況がまるでわかっていない愚か者以外の何者でもなかった。
捕らわれたままの女性騎士達も、無謀とした言い様がない青年の行動に息を呑み、視線だけで早く逃げろと促す。
が、案の定青年は彼女達の方を見てもおらず、その歩みは止まらない。
そんなユージの前に、額に大量の血管を浮き立たせた頭目がずいっと進み出た。
「おい小僧……ふざけてねぇなら、てめぇは相当な馬鹿か、寝不足で寝ぼけてるってことだ。俺様は優しいからな……そんなお前にいいものをくれえやる」
びきびき、と頭目の血管が音を立て、彼の身の丈ほどもある巨大な斧が振り上げられる。
幾か所も刃毀れし、しかし人間など簡単に真っ二つにできるであろう重量を有した己の刃が、真っ直ぐにユージに向けられる。
それでもぼんやりとしたままの青年に、頭目は凶悪な笑みを湛えて吠えた。
「永遠の眠りをな!!」
ずしん、と地面に亀裂が走る程の踏み込みで、頭目の振り下ろした斧が青年に襲い掛かる。
真っ赤な血の花が咲き誇る光景を予想してしまい、女騎士達は小さく悲鳴をあげて目を逸らす。周りでは山賊達から喝采があがり、続いてずどぉん!と激しい粉砕音が聞こえてくる。
何故、こんなむごいことが繰り返されなければならないのか…! と、自分達の無力さと、運命の残酷さを嘆き、涙を流す女騎士達。
だが、視界を閉じた傍から聞こえてくるどよめきの声に、女騎士達は徐々に困惑し始める。
「……ああ、やっぱりこうなるのか」
団長のシャリーナがこぼす声に、他の女騎士達は恐る恐る瞼を開け、どよめきの中心に視線を向けていく。
そして、そこにあった光景に、瞬きを忘れるほどに驚愕する。
「……あ?」
そこには、ぽかん、と呆けた声を上げ、自分の腕を見下ろす山賊の頭目の姿があった。
しかし巨大な斧を持っていたはずの彼の両腕は、肘近くからすっぱりと断たれ、ぼたぼたと大量の血液を噴出させている。
すぐ近くに、地面に突き刺さった斧と柄を握ったまま断たれた腕の残骸が見える。
「ぎ……ぎゃああああああああああああ!!!」
「あーあー…だから言ったのに。人を殺すのってなんか気持ち悪いから、あんまり率先してやりたくないんだよね」
鮮血を噴き出させ、絶叫し悶え苦しむ頭目に、さらなる赤に塗れた剣を振り払ったユージが面倒くさそうに呟く。
自身も返り血で真っ赤に染まりながら、心底鬱陶しそうな表情を見せる青年。頭目に向ける目は、道端にこびりつく汚物に向けるものと、そう大差がなかった。
「てっ…てめぇ! よくも頭を!」
「ぶっ殺せ!!」
どしん、と仰向けに倒れ込んだ頭目を庇うように、山賊達が怒りをあらわにユージに向かって飛び掛かる。
本心から敬っていたわけではない、しかし自身の味方が一人やられたという事実が、自身らにも脅威である存在への攻撃意欲を促す。
だが向かってくる大勢の山賊達を前にしても、それでもユージの表情は動かなかった。
そして次の瞬間、ユージの姿が唐突に消え失せる。
「なっ、どこへ―――ぎゃあ!?」
「消えっ―――ぐぇえっ!?」
「おい、大丈夫―――がばぁ!?」
振り下ろした凶器が空振った山賊達に、次々に斬撃の嵐が襲い掛かる。
頸動脈が切られ、首ごと断たれ、腹を裂かれ、心臓を貫かれ、身体丸ごと真っ二つにされ、目にも止まらぬ神速の刃が怒涛の勢いで放たれ、山賊達を屠っていく。
物の数秒の内に、洞窟内にいた山賊達は頭目を残して根こそぎ狩られ、夥しい量の血の跡と原型をほとんど留めていない骸のみが残されていた。
「ひっ……ひぃいいい!!」
「さて、残るはあんた一人だ」
「ひっ!?」
最初に腕を断たれただけで、一命を取り留めていた頭目は、まったく疲れた様子を見せず、くるっと振り向き近付いてくるユージを前に、情けない悲鳴をあげる。
じたばたと藻掻き、後退ろうとするもうまく体は動かず、顔中や股間から液体が溢れ出し、見苦しい酷い有様になっていく。
「ま…まま、待て! と、取引だ! こ、ここにある財宝は全部……全部お前にやろう! そこにいる女もお前にやる! だから、だから俺は助け―――」
「あ、そういうのいいんで」
恥も外聞もなく、無様な命乞いをする頭目に向けて、ユージは一切耳を貸さないまま刃を払う。
途端に、気持ちの悪い頭目の声は途切れ、しばらくして彼の首に一文字の傷口が刻まれる。そしてやがて、ずるりとその首が体から離れ、地面に落ちた。
「助けて利益全くないし、宝物勝手に貰ったら俺が罪人扱いされるし、何よりあんたみたいな奴が生きてるってだけで胸糞悪いし……じゃ、そういうことで」
ぶしゅううぅ…、と噴水のように血が噴き出す頭目の亡骸から踵を返し、青年は歩き出す。
その先で、あまりの惨状にガタガタと震えていた女騎士達がいたが、唯一シャリーナだけが悔しげな様子で目を逸らしている。
ユージはシャリーナの前にしゃがみ、自分が羽織っていた上着を被せた。
「…余計なことを。お前が来てくれなくたって、私だけでなんとかできていたんだ。騎士でもないお前がこんな場所に来て、命懸けで戦って……こんな事で、私が喜ぶとでも思っ―――」
「うるせぇよ、〝くっころ女騎士〟のくせに」
「その名で呼ぶな!!」
頬を染め、ユージから必死に目を逸らして唇を尖らせるシャリーナだったが、ユージの口から飛び出した一言に涙目で叫んだ。
「お前なぁ……自分の職業の厄介さについては自分が一番わかってんだろうが。こういう取っ捕まって凌辱される系の不運が連発するってわかってんのに、任務の内容くらい選べよ」
「むぅ……」
ずっと昔から、目の前の青年から口が酸っぱくなるほど言われた言葉に、シャリーナは呻く。
〝くっころ女騎士〟という自分の職業。
戦闘能力において成長補正がかかる、何事も無ければ十分に活躍できる、自分の適性が持つ負の面。
人間を相手に戦う時、多勢に無勢、人質を取られる、相手が自分よりもはるかに高い能力を持っているなど、自分が不利になる状況が続き。
最終的に拘束され、大勢に性的暴行を受ける羽目になる展開が始まるというものである。
因果そのものが、職業名によって捻じ曲げられているかのように、名前に恥じない不運を呼び寄せてしまうのである。
「……だが、私は騎士で」
「自分から不利な状況に突っ込んでいく奴がいるかって話だっつの。馬鹿か、お前は」
容赦のない青年の台詞に、シャリーナは返す言葉がない。
幼少期に与えられた自分のこの職業名。
幼い頃は意味がよくわからず、しかし最近になって理解し、恥ずかしい思いをしてきた彼女は羞恥で呻き声をあげる。
先ほどの山賊のように、職業名は少し、人によってはかなり悪意の込められた名前になることが多い。
強くはあるが性欲の代名詞ともいえるオークの名がついた戦士、「くっ、殺せ!」と言うことが前提となっている女騎士など、彼らだけがこのような職業名になっているわけではない。
〝ショタコン竜騎士〟〝絶倫魔導師〟〝ロリっ娘料理人〟〝犬死兵士〟……と。
神様これ、本当は人間のこと嫌いなんじゃないの?と、言わんばかりに酷い職業名が多いのである。
ちなみにだ、女神スティリアが決めているからそういう能力に育つわけではない。
その人間の持つ素質、環境、性格によって職業は名付けられるだけで、あくまで本人の振る舞いによって職業名どおりの人物に育っていく。
女神スティリアが与える職業名は、限りなく未来予知に近い予言のようなものなのだ。
診断を受け、大抵の子供達は意味が分からないまま成長し、終生を迎える。
意味が分かってしまった本人や親は、なんとかそれを矯正しようと試みるものの、運命とは非道なもので、大抵職業名に順じた人生を辿る事となる。偶にならない者もいるが、それは非常に極少数である。
「私だって、好きでこんな職業を受け入れているわけでは……」
「はいはい、もういいから。さっさとそこに転がってる奴ら回収して帰るぞ。あ、そこの同僚さん達も手伝ってね」
「あ、ああ……」
抗議の声を上げるシャリーナを無視し、ユージは彼女に背を向け、他の女騎士達の方へ向く。
あられもない格好をしているシャリーナに、全く視線を寄せられていない彼の後姿に、女騎士は恨みがましげな視線を送る。
「……その不運を毎回どうにかしてしまうお前も、十分おかしいんだからな?」
屈強な男に囚われ、凌辱されることが将来的に決まっていたはずのシャリーナ。
運命を覆そうと、彼女自身何度も努力をし続け、しかし幾度も今日この時と同じような状況に陥ってきた。
だが、その度にユージが颯爽と現れ、悲劇を粉砕してくれたのである。
そんな、因果をも捻じ曲げる、彼に与えられた職業の名は―――
「え、NTR……フラグブレイカー?」
彼の運命が決まったのは、10歳の時だった。
村の子供全員が受けるということで、本人にやる気がないまま行われた職業名診断―――その結果判明したのが、この単語である。
当然、前例などない。
〝くっころ女騎士〟のように、前半部分の意味が分からなくとも、後半部分で大体どのような者かは分かる。大抵の子供とその親は、後半部分で一喜一憂することになる。
だが、フラグブレイカーという聞きなれない単語は、村の者は勿論、神父でさえも知らなかった。
「フラグ……旗? 旗を壊すのか? あはははは! 完全にハズレ職業じゃねぇか!」
ユージの職業名が明らかとなると、同年代の子供達は即座に彼を笑いものにし、事あるごとに彼を馬鹿にするようになった。
笑わなかったのは、当時から正義感に溢れていた幼馴染の少女、シャリーナだけだった。
「気にしなくていいよ。私だって……くっころ?とかいう変な名前の職業だし」
「いや、女騎士って出てたし、普通に将来安泰なんじゃないの?」
「ユージだって、もしかしたらすごい職業なのかもしれないじゃない? そうじゃなくたって、私はユージの事を馬鹿にしたりしないよ」
当の本人は全く気にした様子がなかったが、人の欠点を笑うという行為が大嫌いだったシャリーナは、常にユージの味方をしていた。
そうでなくとも昔から隣の家で暮らし、長い間一緒にいて、自覚のないまま彼を想っていたシャリーナは、彼から離れるという選択を選ぶことはなかった。
しかしそれを気に入らない者達がいた。
ひそかにシャリーナを慕い、いつも一緒にいるユージを疎んでいた年上の悪ガキ男子達である。
悪ガキ男子達はシャリーナがいない隙を伺い、ユージに嫌がらせをするようになった。
物を隠す、悪口を言う、小突くなど、子供らしい可愛げのある者もあれば、思い切って崖から川に突き落とすなど、命の危機もあり得ることさえ行ってきた。
ユージはそれらを軽くあしらい、然して問題となる事はなく、それに気づいたシャリーナに咎められる、ということを繰り返してきた。
「ユージ! ユージの事は、私が守るからね! 絶対だからね!」
「ん? いや、別に俺なんも困ってなかったけど」
「ウソ! これからは私があんな奴らやっつけてやるから、意地なんて張らないの!」
「…マジで何ともないんだけどな」
そんな会話をする二人に、悪ガキ男子達はひたすらに悪意と憎悪に満ちた視線を向け続けていた。
状況が変わったのは、診断から時が過ぎ、子供達の背丈も伸び、二次性徴が始まる頃合だった。
男勝りだったシャリーナも胸や尻が膨らみ、女性らしい見た目を得始め、村の男子達の視線を集めるようになってきた。
同年代の女子達の平均を軽く超える美しさに、誰もが見惚れ始めた。
ちなみにユージも背丈こそ伸びたが、平凡な見た目のままであった。
そんな彼女を前にして、悪ガキ男子達は次第に我慢が利かなくなり始めた。
彼らも体格が育ち、性格もそれに応じてやや横暴になり始めていた。気に入らない事があれば暴力で解決しようとするような、正真正銘の悪童になっていったのだ。
そんな彼らが、昔から心を寄せていた少女が成長した姿を前に、我欲を押さえられるはずもなかった。
ある夜、適当な理由をつけてシャリーナを呼び出した悪ガキ男子達は、力に任せてシャリーナに襲い掛かった。
彼女が誰に心を向けていようと関係ない、身体から先にものにし、いずれ心もすべて奪い取ってしまおうと考えたのだ。それが、ユージに対する最たる嫌がらせになるのだ、という考えで。
女騎士の職業を得たシャリーナであっても、まだ訓練も始めていない非力な少女。
数人がかりで押さえつけられ、口も抑えられ悲鳴も上げられず、凌辱されるばかりだった。
が、そうはならなかった。
「何してんだ、この馬鹿どもが」
悪ガキ男子のうち、リーダー格だった一人がシャリーナに馬乗りになり、膨らみ始めた彼女の胸に触れようとした時。
偶然その場を通りがかったユージが、後ろから悪ガキ男子達を手頃にあった角材で殴り飛ばしたのだ。
体格差も力の差もあった筈だが、渾身の力で放たれた一撃は彼らの意識を奪い取り、難なくシャリーナを救い出す事ができた。
ユージは乱れた衣服のまま泣きじゃくるシャリーナの手を引き、近くの家を訪ねて助けを求めた。
元から悪ガキ男子達は村の問題児として認識され、シャリーナの姿も証拠となり、気絶していた彼らはすぐに拘束され、厳しい監視の元精神を矯正される事となった。
ユージは一時、少女の窮地を救った英雄として持て囃され、謎の職業名について揶揄される事はそれ以降無くなった。
だが、事態はそれで終わらなかった。
悪ガキ男子達に襲われた時のように、シャリーナが力で無理矢理屈服させられ、凌辱されかける事件が連発したのである。
騎士としての訓練を積むために通い出した騎士学校で、表では貴公子然とし、裏では女子の弱みを握って好き勝手に振る舞っていた先輩騎士に、家の権力をちらつかされて脅されたり。
初めての任務で、街を巡回中に潜んでいた凶悪犯に屋内に引きずり込まれたり。
野盗の捜索中、情報に無かった強力な力を持つ用心棒に仲間を人質をとられ、身代わりとなる事を要求されたり。
遠征訓練中、突如発生した魔物の群れに仲間と分断され、巣に繁殖のために連れ攫われたり。
夜中に突然現れた、魔族を名乗る吸血鬼に無理矢理凌辱されかけたり。
隣国との商売の交渉のため、国外に出ていた貴族の護衛任務中に現われた、魔王を名乗る巨人に見初められたり、などなど。
異様な頻度でそういった騒動が発生し、貞操の危機に陥り続けてきたのである。
そしてその度に、本当に偶然ユージが通りがかり、瞬く間にシャリーナの敵を粉砕し、窮地を救い続けてきた。
逆に先輩騎士の弱みを握り、家ごと没落させたり。
誰よりも先に凶悪犯を探し出し、騎士団より先に突入してきたり。
一瞬で野盗の用心棒を仕留めたり。
魔物の群れを単独で殲滅させたり。
無駄に再生能力を有する吸血鬼を死ぬまで無慈悲に殺し続けたり。
軍団を率いて攻め入ってきた魔王に、たった一人で挑んで敵軍を全滅させたり。
お前はもう人間じゃないと言いたくなるような偉業を、ユージはやってのけていた。
本当に本人に狙っているつもりはない。
村の用事や自分で出た旅など、天文学的な奇跡を連発し、シャリーナが凌辱され絶望に堕ちる結末を回避させ続けたのである。
そんな関係が、かれこれ7~8年は続いていた。
「―――〝NTRフラグブレイカー〟。その真価がこれほどのものとは……誰が思っただろうな」
思わず呟き、シャリーナは深いため息をつき、幼馴染の後姿を見つめる。
彼と長く共にいて、あらゆる者達の職業の名を聞き、謎ばかりだった彼の職業名の意味を知った。
大切な異性が他人に奪われかける状況において、その結末を回避できる稀有な適正―――犯罪者から魔王まで、どんな相手であっても圧倒し、最悪の未来を変えられる力。
単語の細かい意味まではよくわかっていなかったが、概ねそのようなものだと理解していた。
「あいつの大切な人……これまでの事を考えるに、その……」
度重なる事実に、自覚がなかったシャリーナもさすがに理解する。
彼がここまで奇跡を連発できた、人類の存亡にまで関わるような未来を回避できたわけ―――それは、たった一人の異性の結末を変えるため。
その中心にいるのは、どう考えても一人しかいなかった。
「ん? どうかしたのか?」
「な! なんでもない!!」
亡くなった騎士達の遺体を運んでいたユージが訝しげに振り向いてきて、シャリーナはハッと我に返りる。
顔を真っ赤にして慌てる幼馴染に、ユージは不思議そうに首を傾げ、やがて興味を失くしたのか作業に戻る。悟られなかったことに安堵しながら、シャリーナはその背中を悔しげに睨みつける。
(……どうして、私だけがこんなふうに悩まなければならないんだ。なぜ、当の本人が全く気付いていないんだ。不公平だろう、全く……)
自分だけが気付いている、長年知らなかった幼馴染の本当の想い。
それを知ってしまった今、シャリーナはユージを前にすると、真面に目も見られなくなってしまっていた。
(……私が女騎士でなくなれば、もう、あいつが危険な目に遭うこともないのか……? ということはそれは……)
騎士の役目を捨て、自分は一体どうなるのか。
その先を想像し、目の前にいる幼馴染の隣に寄り添って立っている姿を脳裏に浮かべてしまい、シャリーナはますます顔を赤くする。
そして彼女は思う。
まさか自分の職業は、こうして自分と彼の馴れ初めを構築するために、わざわざ与えられたのではないだろうか、と―――
シャリーナ:この作品のヒロイン。
爆乳・長身・ツリ目・ポニテと「くっころ」されるために生まれて来たような容姿。
「くっころ」されることが決定していたが、幼馴染の職業の影響で鬱エンド回避。
その所為で未だ未経験。
自分の職業のせいで騎士団の任務に悪影響が出るようなら、と退団(寿退社)を候補に挙げている。
ユージ:幼馴染
クラスに一人はいる系の平凡な様子の青年。
基本的にあんまりやる気を出さず、流れに身を任せる無気力系男子。
しかし、幼馴染の窮地にのみ戦闘能力が倍増、脅威の全てを殲滅するバーサーカーと化す。
無自覚……と思いきや、幼馴染の事は普通に意識している。
ぶっきらぼうな言動の全ては、さっさと危ない仕事なんてやめてウチに嫁に来いという想いの裏返し。さっさと結婚しろ。
レヴィア:同僚の騎士その1
話に特に関係はない、ただのシャリーナの道連れ。同時にフラグ回避。
‶クーデレ女騎士〟という職業名を授かっている。
現在年上の平民男性の家で同棲中。仕事で疲れた自分をひたすらに甘やかしてくれる彼に内心デレデレ、職業名が体を表している。
エル:同僚の騎士その2
話に特に関係はない、ただのシャリーナの道連れ。同時にフラグ回避。
‶ショタコン爆乳騎士〟という職業名を授かっている。
自宅の近くに住んでいる少年に一目惚れ中。自分の理性が持つ限りは挨拶or軽いボディタッチに留めているが、何時本能を剥き出しにして襲い掛かるのか。
ナディア:同僚の騎士その3
話に特に関係はない、ただのシャリーナの道連れ。同時にフラグ回避。
‶ドS魔法騎士〟の職業名を授かっている。
可愛い男子から渋いおじ様までストライクゾーンが広いが、自分の趣味に付き合ってくれる相手がなかなか見つからず未経験のまま。
30代が近づいて少し焦っている。
フラグを折られた竿役達
本当ならシャリーナは、最初の悪ガキ男子達に穢されていた。
幼馴染の職業の影響で地位急落。
それぞれ追放・処刑・逮捕・消滅など悲惨な結末に(因果応報だと人は言う)。
散々自分の一部を使って楽しんできたんだから別にいいよね。
ちょっとした実験のつもりで書いてみました(笑)。