表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

まだ、お前を呼び戻すには早いらしいので、今まで惨めに生きてきた分、まったりさせてもらいます~公爵令息です。今まで、双子の兄に虐げられてきましたが、登場時期が来るまで、南の島で休暇(公務)を楽しみます~

作者: ふちぶち

まだ早いシリーズ2

「第一位・・・アルカン公爵家シカン」


おお~っと、会場から、拍手が沸き起こる。おれは、その様子を、天井裏の監視場所から見ていた。


「全く、兄上はすごいな」


画面には、喝采を受けながら、満面の笑みで、学園長の元へ進む兄の姿があった。誰もが、兄に祝福を送っている。多分今日の夜はパーティで一番目立つところでごちそうを食べるのだろう。


「それに比べて、」


おれは、机の上を見た。最近売り出しメープル漬けした砕いたナッツを練り込んだ厚手のビスケットにそのままでは匂いのきついチーズをサンドし、さらに度と香りの強い酒(原酒)をかけ、その上、チョコレートまで、まとわりつかせた、甘いだけの補給食が今日のお伴だった。


「こら、シエル」


「はい?上官殿」


おれは、お口の恋人をあきらめて、仕事熱心な上官に返答を返した。上官はここにはいない。もしいたら、混乱ものだろう。


「お前は、何と比べて劣っているのだ?何と比べていた?」


どうやら聞こえていたらしい、おれは内心大きなため息をつき、お決まりの言葉を返す。


「はい、サー、沼ゴブリンたちと比べてでございます。私は、部隊に貢献できない身。ポイントとなる、沼ゴブリンの方が、私より上でございます。サー」


「今お前は、沼ゴブリンと比べたか?」


「はい、サー」


「お前が、沼ゴブリンと比べられるなどまだ早い。お前は、ヘドロスライムと同等だ」


ヘドロスライムとは恐れ入った。ヘドロスライムは、主婦の天敵(アイドル)だった。見つかれば、黄色い悲鳴とともに、スリッパで叩き潰されてしまう。だが、文句は言っていられない。監視の任務を続けないといけない。


「サー、ヘドロスライムと、同列に扱っていただけるなど幸いであります。」


「勘違いするな、お前は、ヘドロスライムの下になったのだ、これからは、ヘドロシエルと名乗れ!!」


「サーイェッサー」


沼ゴブシエルから、ヘドロシエルへ格下げを食らったおれの前で、シカンは、学生長まで登りつめていた。


シカンの背から、光の魔力があふれ、講堂を包む。その魔力と、同時にシカンは、心にもない演説を開始する。


おれ、ヘドロシエルは、その様子を、椅子に腰かけ、手にコーヒーと、お伴を持ちながら聞いていた。


「兄上はすごいな・・・あれしかできないから、そこだけ練習すればいいんだから。おれには、マネできない。」




おれと兄は、生まれたときから運命が決まっていたらしい。だが、それに気が付けたのは、8歳の時だった。


「今日は、僕が先に行くからな」


「はぁ、はぁ」


息も絶え絶えのおれには、全力で走っていく兄に勝つすべなんてなかった。朝からご飯も食べられずに、ずっと芝刈りに牛の世話をしてきた。おれの足はもう、くたくたで、兄についていくのがやっとだった。


兄は、教会に入って、光の魔力を授かり、俺には、ほんのわずかに、濁った属性が与えられただけだった。




「お前は、その属性で生きていく。お前には、二回目の選別は与えない」




子供ながらに、親から見放されたいや、親に見捨てられたと感づいたのはその日の夜だった。


そして、そのことに気が付いたとき、いや、気が付いたのはすべてが手遅れになってからだった。



「二度目の、選別受けたいのか?お前にはまだ早い」



そう言われ、おれは、ずっと兄の影をやってきた。双子の兄は、おれと違い、皆に好かれていた。光の魔力がそうさせるのか、すでに王女との婚約の話も出ていた。それに対しておれは、兄ではないと、バレないように剣と、それとわからない戦い方と、知識を身に着け、兄の影としてここまで生きてきた。



むぐ、むぐっ



特級に甘いはずの、補給食を嚥下し、おれは、べたつく口の中をすすぐように、コーヒーを一口で呑み、すぐに代わりを注ぎ足す。すでに夜だというのに、兄の演説は続いている。


全く、自分のこととなると無制限に語る兄を持つと苦労する。多分講堂の全員が感じてるだろう。だが、その兄の気づかないところに2つの影が見える。


『少し厄介だな』


動きが、プロのそれだ。このままでは危ない


ふと、ほかの部屋の様子を見る。そこには、危機感ゼロの上官と部隊員たちが写っていた。


『やれやれ、王国最強の戦士にして、最強の魔術師の護衛っていうのは、暇なものだからな』


相手は、その二つ名のみで怯みあがりそもそも国内では敵対しようとするものはいないが、時々外国からの刺客らしい奴が、入ってくることがある。


「不思議な動きだ」


その念入りに合図を交わしていたが、一向に兄に襲い掛かる様子はなかった。その代わりに、まるでおれに見せつけるように、目の前で、ハンドサインを交わしている。


「少し遊ばれているようだな?」


兄の話は、ようやく、ありもしない前回の遠征の話に入った。うっとりと聞いているのは最前列の信者どもと、王女様だけだ。おれは、それを確認し、ヘルメットをかぶり、周りの、武器を身に着ける。


『全く目立つことはしたくないんだが、こればかりは仕方ない』


そう自分に言い聞かせ、おれは、シューターをくぐり、安心して過ごせるカーゴルームを後にした。




すぐに片が付くと思っていたおれは、その相手に、意外とてこずっていた。




『やれやれ、できれば、このまま逃げてもらえばいいが、そうもいかないか』


おれは手の魔導銃に力を込める。装弾数たった6発の死神が俺の相棒だった。


「逝けよ『猟犬』」


一発、発砲。無視無臭無感触の猟犬が銃口から放たれる。俺のとっておきの一撃だ。


決して殺すつもりはない攻撃だったが、俺の攻撃に合わせて、もう一人の相手が、スリングの要領で、何かを振り回し、遠方に放り投げる。


じゃん、シャン、ジャン、シュン、ション


様々な音と、匂いを立てて、ただの袋が、遠方へと放り投げられる。


「ちっ・・・」


俺は嫌な予感を感じ、ヘルメットの下でした唇をかんだ。音と、匂いが、『最下位の猟犬』天敵だった。案の定、放った弾丸は、戸惑うように宙を彷徨い、やがて、袋を追いかける。


「ちっ、この馬鹿犬・・・」


「手の内を見せてくれるなんて、気前良いのね?王都最強の騎士にして、最高の魔導士さん?」


『女の声?』


おれは、それを、不思議に思う暇もなかった。一気に近づいた、その手が、おれの胸に吸い込まれようとしていた。かろうじて、体をひねってかわし、そいつの脇腹に肘で一撃をくれる。


「ぐっ!!」


そいつから少し苦しそうな悲鳴が聞こえたが、おれは、もう一撃とばかりに、同じ個所に、ひねりを加えた、膝を繰り出す。


その攻撃で止めにしたいと思ったおれの読みは浅かったようで、そいつは、上手く攻撃をいなし、逆に足を捕まれ、空へと放り投げられる。その先には、もう一人の影。


「ぐぅ!!」


強かに、利き腕を蹴られる。だが、魔導銃は手放さない。おれは、そのまま、魔導銃のトリガーを引く。


「遊んで来い『狂犬』」


放たれた弾丸不規則な動きを描き、女性と思しき影に襲い掛かる。


これは、おれも手加減ができない。獲ったと思った思った瞬間だった。その女性の影から、光り輝く獣が、狂犬の首へと噛みついた。


「これは、神獣?」


「そろそろ、降参した方が身のためよ」


私は、奥歯を噛みしめた。誰が、負けるか・・・誰が、兄以外に、誰が・・・家以外の場所で・・・


「私に、降伏勧告なんてまだ早いわ!!」


「『猟犬』『闘犬』『番犬』」


三連弾が放たれる。最上位の猟犬と、闘争力を最大にしたような闘犬、そして、私の身を守ってくれている最後の砦。本当は放ちたくなかった弾丸。


猟犬が、温根の喉元を狙い、飛び込んでいくが、神獣がそれを許さず猟犬と戦う。いやじゃれあっている。闘犬は、もう一人が止めている。どうやら、あの女性の方が上らしい。


「『番犬』ごめん、行くよ。」


おれは、番犬とともに女性に向かっていく。


番犬の牙と、おれのナイフが、女性の影の首に迫ったと思った瞬間だった。


「ふふ、隠し事をしているのはあなただけじゃないの。さあ、遊んできなさい、『神蛇』」


そこから、圧倒的ともいえる、力が放たれた。ただ放たれただけの力に、おれは、『番犬』とともに、2,3回宙を舞い、地面にたたきつけられた。


目の前が赤く染まっていた。体に力が全く入らない。


「さあ、チェックメイト。どうする、弾丸は一発、敵は2人。降伏した方が身のためと思わない?」


おれは、その声に応えずに、力を入れて立ち上がる。視線の先には、神獣の口にくわえられ、動いてもいない『狂犬』と、踏みつけられ、もがいている『猟犬』がいた。ふと、横を見ると、『番犬』も立ち上がろうとした。


「ばか!!お前はじっとしていろ。こんなやつらすぐに片づけてやるから。」


おれの声が聞こえていないように、『番犬』立ち上がり、2回吠えると、女性の『神蛇』へと向かっていく。


勝負は、いや、勝負になんてなっていなかった。おれは、ただ、『番犬』の代わりに攻撃を受けるしかなかった。


ほんのわずかな間に、女性の悲鳴が聞こえた気がした。だけど、もう、立ち上がることもできなかった。撃ちたくなかった魔導銃のトリガーに手がかかったようで、記憶がなくなる瞬間に、甘えるような鳴き声が聞こえた。


「ごめん・・・みんな・・・」


わたしは、もう見えなくなりつつある目でその子を撫でていた。


そのまま、わたしの意識は、闇の中に消えていった。




シエルが、王都から消えて、2週間が過ぎた。2人の親である、アルカン公爵は、密かに焦っていた。


「まだ、早いなどと言ったのは、早計だったか?」


シエルが、光などとは比べ物にならない、混沌属性を有していることは、この家では公然の事実だった。

本当ならば、シカンが、ある程度増長したところで、シエルが、助けに入り、シカンの戦功の多くはシエルの力によるものとして、華々しくデビューさせるつもりだった。


そのためには、2回目の選別を受ける機会をできるだけ先延ばしする必要があった。


「いえ、アルカン様は、お間違えではないと思います」


執事は、すっとと頭を下げるが、アルカンの心は晴れなかった。2週間前に、シエルの元と思われる艶やかな黒髪とヘルメットと魔導銃の残骸が、王都一角から発見され、シエルが、誰かに負け、死亡または拉致されたことが、明らかになった。


それまで、他の貴族については、シエルのことは、せいぜい下級軍人くらいの扱いだったので、気にしてもいなかったが、王族とそれに近い貴族たちは、大きな衝撃をもってその事実を受け入れていた。特に、シエルに入れ込んでいた王子の落胆はひどいものがあった。


「で、その後何かわかったことはあるか?」


「はい、おそらく、相手は隣国の王女と思われます。付近にこのようなものが落ちていました」


目の前で箱が開かれる。そこには、金の毛の一部と銀色のうろこがあった。


「神獣と神蛇か・・・おのれ、王女、シエルに与えた屈辱と同じだけの苦痛を与えて見せる。私から、シエルを奪ったことを決して許さんぞ!!」


アルカンが、その毛と鱗を、素手でバラバラにしていくのを見ながら、執事は内心ため息をついた。このままでは、胸中のシエルからの南の島からの手紙にふれる機会はしばらくなさそうだ。




「ええと、王女様?」


「素敵よ、シエル。どう、鏡を見て、似合っているでしょう?」


「ええと、まあ、」


「うれしい?すごく似合っててカワイイ。わたしが見立てたの。シエルに似合ってて、うれしくなっちゃう1」


シエルは、困った表情を浮かべていた。黒髪に黒眼と、目立たなさでは、王国で1、2位を争っていたが、闘うことを忘れて、こうやって、着せ替え人形のようにされているのも、決して悪い気はしていなかった。


「はい、これで完成。シエル、立ってみて」


シエルは言われるがままに立ち上がると、近くに控えていた男性が、すっと、大鏡を目の前に立てかけてくれた。そこには、黒髪によく似合う、流れる様な衣装を身にまとった自分でも見たことのない、シエルの姿があった。


「すごく、きれいです。」


袖をすっと抑えて、くるっと回る。とても自分だなんて思えない。


「キャン、キャン」


「あ、こら待て、儂の話も聞いていけ」


隣の部屋のドアが荒々しく開き、子犬が、シエルの手に飛び乗り、そのまま、肩まで登り付き、シエルの顔を舐める。


「あ、ちょっと、ティンダロス様、くすぐったいですよ」


「ちょっと、ちゃんと、様子見ておけって言ったでしょう?何やってるのよ。」


項垂れるように、神獣が、首を垂れる。


「名もなき神獣では、抑えられるわけもあるまい。」


「全くだ。少し話し相手になってやった吾の苦労をわかってほしいものじゃ」


すっと、神蛇も部屋に入ってくる。シエルは、そのにぎやかな様子に、少し笑みを浮かべた。


「シエル、今嗤ったか?」


「うん。ここは、にぎやかだからでも、あの日を思い出しちゃうな・・・ねえ、ティンダロス様」


「ん?、なんだ?」


「私・・・帰らなくていいのかな?兄上や、父さま、無茶していないかな?」


いくら、隣国に嫁いだ王族に保護されたとは言っても、シエルの心は晴れていなかった。それを見通したようにティンダロスは、口角を上げるのだった。


「お前が帰るなんてまだ早い。シエルは、ここで十分に休息をとってから、登場すればいい。なに、その機会は、すぐにでも訪れるさ」


「そうよ。皆には私からきちんと説明しておくし、いままで、力の使い方もきちんと教えてもらっていなかったんだから、ここで、私に教えてもらうのもいいわよ。」


シエルは頷いて、その手を取った。あの日、差し伸べられた手と同じだった。



あの日、泥濘の中から拾い上げてくれた手が、そこにあった。そして、


「あなたが、こんなところで朽ち果てようとしているのなら。まだ早い。一緒に来て、あなたが見ていない世界を見せてあげる。それを見てから帰ることを考えても遅くないわ」


あの時の言葉が、私の胸にあれば、もう少しただのシエルとして生きていける。拘束が解かれたみなを弾丸で休ませながら、私はそう思い・・・

少しのうれしさと期待と共に、その手を取った。


「さて、明日から外交よ。隣国から最高の護衛を借り受けたから、最高の成果を見せて見せるわ。」


王女・・・いや、女王は笑い、私は、信じてもらえる誇りを胸にそっと頷いた。


ティンダロスから、頬を舐められて、そっとキスを返した。腰に下げられた魔導銃からは、皆の鳴き声が聞こえるようだった。そしてその暖かさは、あけ放たれた窓から朝の光が、部屋に注ぎ込むそれよりも暖かかった。



なお、3か月後に、船で10日近くかかる島国に、バカンス外交で訪れていたとき、シカンの指揮する国軍が、あっさりと、北伐軍に負けたことを知ったけど、そこの聖女から、『私と一緒なら、2日で着きますから、まだ助けに行くのは4日ほど早いですよ』と諭されるのは、また別のお話。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ