ダンジョン案内所
ダンジョンに立ち入るには二つのケースがある。
一つは最寄りの町に立ち寄り、ダンジョン案内所まで行って何処其処のダンジョンに行きたい、と話を通して行く場合。案内所には様々なクエストも募っており、それを目当てに行く者も多い。またこの場合、ダンジョンから戻った際に再び案内所に一報を入れる決まりになっているので、一定期間を過ぎても帰還報告がない場合は捜索部隊が派遣されることもある。
もう一つは、どこにも話を通さず独断で入る場合。この場合全てが自己責任で、例えダンジョン内で死亡したとしても恨みっこなしである。
という説明をミラからきちんと聞いたライラは、朝イチで彼女を引きずってダンジョン案内所に突撃をかました。
「すいませーん!この第6Fダンジョンに行きたいんですけど!」
朝っぱらから元気なライラの声にも動じず、背筋を伸ばして受付に座るお姉さんはにこりと笑って応対する。まだ寝惚け眼なミラは黙って不機嫌そうにそれを眺めていた。
「はい、ではまず冒険者証を確認させて頂きます」
「お願いしまーす!」
腕につけたままのブレスレットを差し出すと、お姉さんは笑顔を崩さず自分の右腕にはめている似たようなブレスレットを緑の石の部分にかざす。
するとお姉さんの目の前にパソコンのような画面が現れ、そこにライラの登録情報が書かれていた。
「冒険者ランクD、ライラ・カーティス様ですね。ダンジョン攻略は初めてでいらっしゃいますか?」
「はい、デビュー戦です!」
「ダンジョンの基本的な攻略法はご存知ですか?」
「モンスターが出るってことしか知りません。あと何かアイテムが入手出来るって聞きましたけど」
ライラの返答に一つ頷き、お姉さんは自分の前の画面をライラにも見えるように操作して動かした。
「ダンジョンは国中に複数点在しており、その特性は各ダンジョンごとに異なります。またダンジョンにはランク分けがしてあり、初心者向けの最低ランクがFとなっています。最上級はSですが、数あるダンジョンのうち国内では5ヶ所しか確認されておりません」
「ダンジョンって全部でいくつあるんですか?」
「現在確認されている限りでは、862ヶ所とされています」
ほへー、とライラは目を丸くした。
「特性は異なりますが、基本どのダンジョンも核となる部分を壊すか消滅させてしまえば崩壊します。核となるのは魔物であったり、魔石だったり様々ですが、特別排除指定されているものでない限りは放置が義務付けられています。ちなみにライラ様が行かれる第6Fダンジョンの核は魔石であり、ダンジョンの最奥に安直されています」
画面をスライドさせて一枚の画像が映し出される。比較物がないので大きさはわからないが、紫色に輝く綺麗な石だ。
「これを壊したらダメってことですよね?」
「そうです。しかし魔石は一定期間を過ぎると自ら消滅してしまうタイプの物も確認されていますので、もしそれを確認した場合は速やかにダンジョンを離脱し、最寄りの案内所までご報告ください。誤って破壊してしまった場合も同様です」
「わかりました!」
ライラのしっかりした返事にまた一つ微笑んで、「それから」とお姉さんは続けた。
「現在このダンジョンにはクエストが三つ寄せられています。いずれも難易度は最低ランクですが、如何しますか?」
んー、とライラは考え込んだ。
簡単なものなら受けても構わないだろうが、何せこちらはダンジョン初心者が二人だ。目標があった方が進路にも迷わないが、チュートリアルとは言え油断は禁物。
ライラは小さくかぶりを振った。
「やめときます。他に何か注意点とかありますか?」
ライラの問いに、お姉さんはそれまで崩さずにいた笑みを消して眉根を寄せた。
「実は、ここ最近多発していることなのですが……」
心なしか声のトーンを下げ、困ったように表情を曇らせる。
「ダンジョン内で、モンスターを乱獲する事件が発生しているようなんです」
「えっそんなこと出来るんですか!?てかモンスター捕まえてどうするの?売るの!?」
「研究機関に送られることもあるので、全く不可能なことではないんです。ただ最近は、稀少価値が高かったり戦闘能力がズバ抜けて高かったりするモンスターを乱獲してダンジョンから連れ出す事件が報告されていて……外国に売り飛ばしたりだとか、飼い慣らして戦力に加えようとしているだとか、憶測は色々飛び交ってるんですが……」
「決定打はない、と……でもモンスターって結構大きいのが多いですよね?乱獲しても、そんなの運び出したりしたら目立つんじゃ?」
真面目な顔でライラが首を傾げると、お姉さんは頬に白魚のような手を添えて同じく小首を傾げた。
「それが……そういった目撃情報は少ないんですよねぇ」
「じゃあ、何でモンスターが乱獲されてるって……」
「ダンジョン内のモンスターは、倒されたら次のモンスターが生み出される。ダンジョン内のモンスターが減っているのに次のモンスターが補充されないってことは、生きたままモンスターがダンジョンから連れ出されてるということ」
不意に割り込んできた落ち着いた女性の声。
ライラが振り返ると、そこには古式ゆかしい元祖正統派メイド服に身を包んだ長身の女性が姿勢を正して立っていた。
長く伸びた銀髪を緩く二つの三つ編みにし、感情を語らない目元には泣き黒子が一つある。クール美人な面立ちと髪型が絶妙にマッチしているようでしていなかった。
「アフィリナさん、おはようございます」
受付のお姉さんが再び微笑みを浮かべて対応する。
「おはようございます。今日もいつもの所でお願いします」
言いながら折り返しの袖に隠れていた冒険者証を差し出すクールメイド。この人も冒険者なのか……!と驚くと同時に、その出で立ちの異様さにライラは見入った。
身長が160cmあるライラのちょうど目線の高さに肩がある程の長身。古風ながらも決して地味ではなく、折り返しの袖やスカートの裾にレースがあしらわれた品の良いメイド服。それを堂々と着こなす背中には、高い身長を悠々と越す長い槍が背負われていた。
「あ、あの、お姉さんは……あ、私ビギナー冒険者のライラって言います。お姉さんも冒険者なんですか?」
鋭い目付きでライラをちらりと見るメイドに、受付のお姉さんがくすくすと笑って代わりに答えた。
「彼女はメイドナイトのアリフィナさんです。冒険者ランクAの凄腕ですよ」
「ランクA!あ、じゃなくて、メイドナイトってなんですか?」
メイド?で、騎士?
聞いたことのない職業にライラは素直に首を傾げた。
「メイドナイトとは、ここ数年で急激に台頭してきた職業なんです。ただその起源が不明で、彼女たち自身に聞いてもどうやってなったのか教えてくれないんですよ」
眉を八の字にしてアリフィナを見上げるお姉さんの視線に、ライラも釣られて彼女を見る。
その二つの視線に動じることなく、手早く手続きを終えたアリフィナはさっさと出口に向かって歩きだした。
「知らない方が良いことが、世の中にはある」
誰ともなしに、そう呟きながら。
素人目にも感じ取れる歴戦の貫禄に呆けていると、お姉さんが「では」とライラに向き直った。
「ライラさんの手続きも完了です。Fランクのダンジョンなので危険はさほどないとは思いますが、24時間経っても戻られない場合はこちらから捜索隊を出すことになっています」
「あっはい、ありがとうございます。頑張ります!」
途端に背筋を伸ばしてピシッと敬礼するライラにくすくすと笑って、最後にお姉さんは付け加えた。
「Fランクのダンジョンの入り口には紫の旗が立ててあります。間違えないように気を付けてくださいね」
「わかりました。行ってきます!」
くるりと振り返って駆け出すライラは、出入口付近ですっかり目の冴えたミラが扉の向こうをじっと見ているのに気が付いた。
あっヤベ、忘れてた。
「おはよーミラちゃん。逃げなかったんだね」
「……………………」
「ミラちゃん?」
二度、ライラに呼び掛けられて、はっとしたように居ずまいを正したミラは、澄ました顔で吐き捨てた。
「逃げて、どうしろと言うのよ。私はこの国ではお尋ね者も同然だというのに」
そう言って案内所をすたすた出ていくミラを、ライラは慌てて追い掛けた。
受付のお姉さんのイメージCVは井上○久子様でお送りしました。