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乙女攻防戦

パッカパッカ、パッカパッカ。

ガッタゴット、ガッタゴット。


小一時間ほど馬車に揺すられ、ライラとミラージュは王都から一町越えた森で降ろされた。

王家が所有しているとは思えない質素な馬車に揺られていた為か、ミラージュはしきりに臀部の痛みに顔をしかめていた。


「ありがとーおじさん!」

「いやいや。しかし本当にこんな場所で良かったのかね?」

「目立つ場所に降りる訳にはいかないからね。おじさんは帰りも気を付けてね。お姫様によろしく!」

「ああ、確かに伝えるよ。どうか達者でな」


二人の身を案じるように少しだけ表情を曇らせて、馬車を操る初老の男性はもと来た道を引き返して行った。

それを笑顔で見送るライラに、堪えかねたようにミラージュが噛み付く。


「本当に私を報酬扱いするなんて……しかもこんな場所に降ろさせてどういうつもり!?王都に近いと言ってもモンスターは出るのよ!」

「知ってるよ、一応マクベスの森から徒歩で旅してきたんだから」

「なっ……あんな辺境の森から!?貴女一体どんな野生児なのよ!」

「しっつれーしちゃうなー。これでも一応ちょっと前まではか弱いJKだったっての」

「じぇーけー……?」


現代日本用語に異世界人が首を傾げるのはお約束である。


ついでに辺境の森とは言うが、ライラがいたマクベスの森は王都から南東に町三つ分離れているだけで、決して国境近くにあるとかそういう訳ではない。周囲が未開拓でもないので完全にミラージュの偏見である。


ところで晴れてライラの報酬という名目で事実上王宮から追放されたミラージュであったが、彼女は現在拘束などは何もされていない。逃げようと思えばいつでも逃げられる状態ではあるが、先程ミラージュ本人が言った通りここは森。しかも入ってすぐの場所ではない為、いつモンスターが出てもおかしくない現状である。武器も無くモンスターに対抗する手段を持たない彼女が、単独で森を抜けて近くの町へ助けを求めるには絶大なる強運が必要だった。

諸々計算してのライラの作戦勝ちである。


「とりあえず!今日はこの森で野宿して、明日近くの町に入るから。夜営できるとこ探すよー」

「のじゅっ……!?冗談じゃないわ!それ以前にさっきモンスターが出るって言わなかったかしら!?」

「あんまり叫ぶと声が枯れるよー。そんなこと言ったって野宿するようなとこは大抵モンスター出るし。ここらはそんなに厄介なの出ないらしいからまだマシだよ。ミラちゃんは何か対抗手段持ってるの?王家の人は魔法の教育は絶対受けるって聞いたけど」


流れでさらりと問われ、自分の荷物を漁って地図を取り出すライラの表情を探るようにじっと観察しながら、用心深くミラージュは口を開いた。


「……使えるけれど、攻撃魔法は殆ど習っていないわ。防御や回復に重きを置いていたもの」

「戦は想定してないってか。ま、なったとしてもお姫様が前線に出る訳ないしね。魔力のコントロールがメインだった感じ?」

「まぁそうね。その一環で剣術も一通り修めたわ。どうせ聞いているんでしょう?」

「まーね。敵の手の内知らなきゃ雇い主守れないし」


ライラの言葉にミラージュの目つきが鋭くなる。一体この娘はどういったつもりで自分の身柄を貰い受けたのか。その真意が読めないのだ。


地図を眺めていたライラは顔を上げて、街道から離れた方向へ目線を向けた。


「少し行ったら薬草の群生地があるらしいから、そっち行こう。近くにちょっとした湖もあるみたいだから、その辺で今日は寝床確保。文句は聞かないけど何か質問ある?」

「そうね。じゃあまず一つ聞きたいわ」

「ほうほう」

「この服、もっとマシなのはなかったのかしら?」


不機嫌を隠さずにミラージュは今の己のコーディネートをライラに改めて提示する。

全体的にベージュや茶色でまとめられた、一言で言ってしまえば超絶地味スタイル。決して着心地が良いとは言えない、ゴワゴワとした生地で出来た、シンプルなインナーとジャケットとズボン。

間違っても王家の血を引く人間に着せるチョイスではなかった。顔立ちや肌の色艶や佇まいから高貴さが滲み出ているだけに、そのミスマッチさはこれでもかと主張をしている。


ライラは胸を張って笑った。


「めっちゃダサいでしょ!それ私が持ってる中で一番目立たないラインナップなんだ!」

「凄まじい悪意を感じるわね」

「アセリアちゃんが一応服用意しようとしてくれたんだけどね?なーんかどうにも品の良さが抜けないっていうか。庶民に溶け込むにはやっぱ庶民の服かなって!そのうちもっとマシなの町で見繕うから当分我慢してね!」


庶民に溶け込むどころかがっつり冒険者装束で武装しているライラと並べば貧相極まりない。防御力は0を突き抜けてマイナスに突入していそうだ。

ただでさえ屈辱的な格好をさせられているのに、その上安全面まで保障されず、ミラージュのストレスは一気に増加した。




* * *




「嫌ああああああああああっ!!!!」


そして一時間も経たぬうちにミラージュのストレスゲージは臨界点を突破した。否、まだ伸び続けているかも知れない。


「なんて不粋なの!?そんなことをされるくらいなら断頭台に消えた方がマシだったわ!!」

「そこまで言うかー」


全力で嫌がるミラージュに鋏を持ってにじり寄るライラ。端から見ればかなり危ない光景である。


馬車を降りた街道から30分ほど歩いた所にある湖の畔で野宿の下準備をし、おもむろに折り畳み式の簡易な椅子を取り出したライラは、ミラージュに座るよう促した。警戒しながら何故かと彼女が問えば、髪を切るのだと大きな断ち切り鋏をシャキン、と構えたライラにミラージュは先程の悲鳴を上げたのだった。


「鬼!いいえ悪魔ね!?女性の髪を軽々しく切ろうだなんてよくも言えたものだわ!!」

「だってミラちゃんの髪超綺麗で目立つんだもん。それに長いまんまだとこの先手入れで苦労するよ?」


そう、前にも述べた通りミラージュの髪は神秘的な淡い紫色。その上王宮の側仕えたちに18年間毎日甲斐甲斐しく手入れされてきたその色艶は、一本一本が絹糸と称しても遜色はなかった。


しかしこれからは世話をしてくれる側仕えはいない。腰まで長さがある毛先が緩やかにウェーブした艶やかなその髪を、今度は自分で手入れしなくてはならないのだ。


「断言するよ。三日経たないうちに枝毛が出来る」

「不吉なことを言わないでくださる!?」


自分を拘束した時のような真顔で諭してくるライラに、ミラージュは必死に叫ぶ。髪は女の命。庶民だろうと姫だろうと、それだけは変わることがないのだ。


「嫌と言ったら嫌!絶対に嫌よ!!」

「えーでも綺麗なうちに決断した方が良いよー?後でパッサパサの枝毛だらけのハネ放題になってから『やっぱり切って』って言っても惨めさが加速するだけだし」

「放っておいて頂戴!」


涙目になって遂にはとうとう踞るミラージュに、ライラはため息を吐いた。気持ちはわからなくはないのだ。ライラだって同じ年頃の娘なのだから。

手に持った鋏を見詰めてライラは考え込んだ。


ところで今更だがライラも髪が長い。日本人らしくその色は黒だが、毛質はごわごわしていて固め。女としては悩ましいことこの上ないものだ。


異世界に転移してからこちら、ライラはずっと髪の毛を後ろで一つの三つ編みにしていた。最初はアンダーポニーでも良いかとは思ったがいちいち毛先が跳ねて煩わしく、いっそ三つ編みの方が全部まとまってすっきりする、と始めたのがきっかけだ。


毛質のお陰でゴン太の太さに膨らんだその三つ編みの根元に、シャキン、と、鋏を入れた。


切れ味の良い刃物が何かを断ち切った音を聞いて、半泣きだったミラージュが顔を上げた。


首もとから切り離された注連縄のような己の髪を持ち上げ、ライラは平淡な声音で問うた。


「これでも駄目?」


唖然として二の句を次げないミラージュとライラの間を、午後一番の涼風が通り過ぎていった。

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