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第一王女


「離しなさいっ無礼者!」


後ろ手に拘束され床に押さえつけられられながらも、屈辱に満ちた翡翠色の瞳で声高に命令するお姫様。美しく整えられていた筈の薄紫の髪は乱れ、豪華で繊細な刺繍やレースの装飾が施されたドレスは薄汚れていた。

彼女の名はミラージュ・サリディヴァラ・アーテリシュ。大国サリディヴァラ王家に名を連ねる第一王女だ。


「このっ私を誰だと思って……!」

「いやー知らねっすわ。お姉さんが誰でも私の雇い主殺ろうとした時点で私の敵なんで」


顔色も変えずにしれっと答えるライラ。その反応にミラージュは殊更眦を吊り上げる。


「…………っ!何を証拠に!?王家に対する反逆罪で捕らえられたいのかしら!?」

「いやおまいうー。今この状況でとっ捕まるのは確実にお姉さんっすわ」


証拠も何も現在進行形でダガーナイフ持っといてよく言えたな。拘束ついでに彼女の上に足を組んで座りながら呆れた視線を落とすライラに、その場の多数の人間が同意した。


そうこうしている間に衛兵たちが駆けつけ、ライラから拘束を引き継いでミラージュの腕に縄をかける。その際ライラにダガーナイフを取り上げられて流石に観念したのか、ミラージュはギリッと歯噛みをしつつも大人しく引き立たされた。


そんな彼女に、静かに足音が近付く。


「お姉様……」


渦中のもう一人の姫君、第二王女のアセリア・サリディヴァラ・アーテリシュだ。ミラージュと瓜二つの翡翠色の瞳を悲哀に歪め、けれども真っ直ぐ姉を見つめていた。


「……ッフン、こんな下賤の小娘を雇ってまで私を蹴落としたいという訳。その臆病な顔を見ただけで虫酸が走るわ!」

「お姉様、私は……!」


妹姫が何かを言う前に、自分を縛り上げる衛兵を引っ張ってミラージュは自ら牢へ続く廊下へと歩き出す。

それを追い掛けようとするアセリアだったが、思いとどまったように足を止め、沈痛な面持ちで姉の背を見送った。


「あのー」


そんな中で、この重い空気を読まずに声を掛けたのはライラである。この場に居合わせた他の側仕えたちと揃いの正統派メイド服に身を包んだ彼女は、気の抜けた態度で腰に左手を当てて挙手をした。ちなみに取り上げたダガーは別の衛兵にお渡し済みである。


一国の王女に対する態度ではないとその場にいたほぼ全員が目を剥いたが、アセリア自身は気にした様子もなくライラに向き直った。


「ライラさん……お姉様を止めてくださって、本当にありがとうございました」

「いやいや引き受けた以上は仕事なんで。んで、早速でなんですけど報酬の話でちょっと」

「はい、お約束通り冒険者登録の口添えと、ライラさんの望むものを何でもお一つ差し上げますわ」

「ん、その何でも一つの話で」


そんな約束しとったんか。

当然の如く初耳な側仕えたちは耳ダンボである。


ライラは人差し指をぴっ、と立てて自らの後ろを指差した。


「アレ、貰えます?」


その先には、衛兵に連行されていくミラージュの姿があった。


何言ってんだこいつ。


その場にいるほぼ全員の心が一つになった瞬間だった。







ーーー事の発端は極めて単純。

王家の後継者争いだった。


建国から800年を迎えるサリディヴァラ王国の現国王が病床に伏し、次期王を巡って宮廷内が泥沼の様相へと陥った。


現在王家直系の血を継いでいる者は二人。

第一王女、ミラージュ・サリディヴァラ・アーテリシュ18歳と、第二王女、アセリア・サリディヴァラ・アーテリシュ17歳。

一つ違いの姉妹は瞳の色こそ父親そっくりの翡翠色だったが、それ以外はまるで似ていなかった。


姉のミラージュは神秘的な薄紫の髪に勝ち気な面差しを宿し、物事をはっきりと言う誇り高いThe・王女サマ。

妹のアセリアは透き通る金色の髪に柔らかな微笑みがよく似合う、それでいて芯の強い心を持ったThe・聖女。


もう何となくお察しの方もいるだろう。病床の父王は、妹の方を次期王に指名した。


それをきっかけに、それまで水面下で行われていた両王女派の争いが激化した。


元々姉妹仲が良好とは言えなかったことも拍車を掛けた。それが修復不可能な段階まで陥り、姉が良からぬことを画策していることを察知したアセリアは、思い詰めた末に王宮とは全く関わりのない人物を雇い入れて姉を止めて貰おうと思い至ったのだ。


そこで声が掛かったのがたまたま王都に来ていたライラであった。


ライラを拾った盗賊たちが縄張りにしていた森がサリディヴァラ王国にあった為、とりあえず王都がどんなものかと見物に来たライラは、ものの見事に秒でこの典型的かつ面倒くさい跡目争いに巻き込まれた。


心底興味のないライラだったが、ぶっちゃけ聖女系美少女であるアセリアに必死に懇願されて陥落した。彼女に裏が無さそうだったというのも理由の一つではある。


そしてなんやかんやで王宮内に潜り込み、数日アセリアの側仕えに紛れ込んで調査やら護衛をしていたところ、現行犯で先程の捕り物に至った訳であった。


つい数ヶ月前まで一般JKだったライラにはオーバーワークもいいところだが、盗賊メンバーに鍛えられたスキルで解決出来たので文句はない。後の事はアセリアの手腕にかかるのみだ。事後処理までは知ったこっちゃない。報酬さえきっちり貰えればもーまんたいである。


「てな訳でよろしくねミラちゃんっ!」

「頭がどうかしてるのかしら貴女!?」


問題の報酬の一つ扱いされているミラージュは、牢の鉄格子越しにご機嫌で絡んでくるライラに全力で突っ込んだ。


ミラージュは華奢な両手を頑丈な手枷で拘束され、牢獄内に設置された粗末な椅子に腰掛けながら、顔だけライラに向けて接している。薄暗い中浮かび上がる彼女の表情は、苦虫を噛み潰したように歪んでいた。


「私を身売りにでも出そうという訳?」

「ええ~そんなんだったら直接お金要求するわー。どうせミラちゃんこうなっちゃったらあとは極刑待つのみっしょ?だったら私が貰っちゃってもいーじゃん!」

「何が良いのかさっぱりわからないわ!!」


普通誰にもわからないのでミラージュは安心していい。


「大丈夫だってアセリアちゃんとかその他大勢とは話つけて来たから!明日には王宮出発ね!」

「笑顔でとんでもないこと言わないでくださる!?」


ウィンクしてサムズアップを決めるライラに己の運命が預けられたとは、信じたくないミラージュだった。

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