少年期 十三歳の晩春 十六
私は可能であれば秘密にしておいた方が良かった秘密兵器の使用後、衝撃で吹き飛ばされて林立する柱の一つに強く打ち付けられた。
ぶっつけ本番ということもあって、隔離結界からどの程度の衝撃が漏れてくるか予測できなかったので踏みとどまることも、初撃を回避した時のように段階的に<見えざる手>で減速することもできなかったのだ。
それでも今日の戦闘におけるダイス運は悪くないらしい。
幸いにも柱に当たりにくい角度で転がったらしく、数十メートルをゴロゴロ吹っ飛ばされて威力が落ちた所で柱にぶつかって止まることができた。角度が最悪だったなら凄い勢いで柱にぶつかって、潰れた石榴みたいになっていたことだろう。
「くっ……けほっ、かほっ……」
が、到底軽傷とはいえない深傷を負ってしまったようだが。
「ぬ……う……肋かな……」
呼吸をすると腹が引き攣り、異物を突き刺されたかのような痛みがある。感覚的に何本折れたか分かるみたいな器用さを発揮することも、ちっ肋がイッたかとシニカルに笑うこともできない。溺れるように息をして、痛みに悲鳴を上げる体を無理矢理に落ち着けさせる。
ようし、落ち着け私、冷静になるんだ。今痛みに悶えて転げ回っている時間はない。やり過ぎに近い威力を発揮していたことと、結界の構造にも難ありという点が分かった一撃だけど、どうせ殺しきれてないのだ。
私みたいなヒト種であれば、相当に特性を盛った、それこそヒトの域を己の実力ではみ出しつつあるハイレベルキャラでもなければ一撃粉砕できる術式であることは、あの巨大な三頭猟犬が揃って仰向けで痙攣していることから明らかだ。
ただ、純粋な破壊で不死者と呼ばれる者達。その中でも外的な危害には群を抜いて強い吸血種を滅ぼせたと暢気していられるほど私はアホじゃない。
なんつったってデカイ一撃を叩き込み、濛々と立ち込める煙に向かって「やったか!?」とか「流石に耐えられまい」と余裕かますのは逆に生存フラグなのだから。
長命種も不死者と呼ばれることはあるが、あんなのは首を落とすか腸をかき回せば普通に死んでくれる常識的な存在に過ぎない。いや、アグリッピナ氏レベルの首がどうすれば落ちるのかは、遠大な謎過ぎるので横に置くとして。
厄介なのは特定条件を満たさねば、リソースが続く限り何度でも再生してくる連中。
特に吸血種は難しい。
彼等を滅ぼすには日の光の下に晒し続けるか、心臓に聖別された杭を打ち込んで再生を阻害し続けるのが最も効果的とされるが、これでさえ一撃で殺しきることはできない。中途半端に終わった場合、かなりの年月を要すれど灰から復活するとか言う意味不明さは最早笑いが溢れるレベル。
それ以外となれば、最早吸血種を憎む陽導神の強い破邪の加護を用いるか……個として強大すぎる彼等に夜陰神が与えた枷である“銀”の器具で致死の一撃を与えるほかはない。さもなくば、吸血種は何度でも体を再構成して立ち上がる。
「素晴らしい」
ほら、やっぱり生きている。
爆発の余波が薄れ、巻き上がった粉塵の中に人影が見えた。死んでないのは想像の内として、なんでまだ人の形保ってんの?
ただ、まだ肉体の再生中のようで大きくは動けないとみた。好機は放っておけばあっと言う間に過ぎていく。急がねば。
私は“手”で痛む箇所を押さえ――コルセット代わりだ。無いよりマシだろう――転んだ拍子に飛んでいった渇望の剣を呼び寄せる。差し出した掌に一瞬で現れる様は懐いた犬のようだが、斬りたがりの狂犬だと思うと可愛げは全くない。
そんな可愛げのない剣を担ぎ上げ、悲鳴を上げる肉体を精神でねじ伏せて疾走。踏み出す毎に涙が出るほど痛いが我慢する。ここで我慢しなければ、痛い痛くないどころの問題ではなくなってしまうのだから。
距離をつめつつ再生能力の高い不死者対策として作った、あの日に実験できなかった術式パート三を用意。割とリーズナブルに仕上げた複合術式三点が、あの魔宮で稼いだ熟練度の主な使い道……一度痛い目を見せられた敵にガンメタを張るのは全てのPLの習性といっても過言ではなかろう。
ま、意地の悪いGMだと往々にして二度と同タイプの敵はキャンペに現れなかったりもするのだが。
再生しつつある貴人に向けて投擲したのは触媒を封入した金属筒。ポーチの中で間違えぬよう形を区別した円筒は、燃料気化爆弾術式の触媒と同じく独りでに空中で爆ぜる。
ただし、一側面のみが爆ぜ、前方へ内容物を勢いよくぶちまけるように。
偶然ではない。きちんと術式で制御された散布であり――引き続きアグリッピナ氏協賛――前方の敵に効率よく降りかかるよう制御されているのだ。
これの開発コンセプトはシンプルだ。焼夷テルミット術式とは逆で、長時間高温で単体ターゲットを燃やし続ける術式。
すなわち、再生し続ける不死者共の再生を阻害する“油脂焼夷剤術式”である。
轟と大気を薙ぐ音と共に炎が踊り、熱に巻かれて貴人が踊る。精製した油に肉から抽出したゼラチンを元にした増粘剤を混ぜた粗製の油脂焼夷剤の効果は高い。
親油性であるため一度へばり付いたら生半なことでは剥がれず、多少酸素を断った所で魔法も噛ませているため容赦なく燃え続ける炎の怪物。ガソリンがないので混ぜ物で燃焼効率を上げた油に過ぎないが、それでも術式の支援を受ければ十分に狙った通りの効果を発揮する。
如何に再生しようとしたところで、再生した端から燃やされれば追い付くまい。可能とするだけの熱量と勢い、それを実現させるのには相当苦労したのだから当たり前だ。
纏わり付き燃えさかる炎を消そうと思えば、もう燃えている部分を刮ぎ落とすほか無い。それ故に各国の軍隊とゲリラが好んで作ったのだ。一度燃え移れば、普通なら詰みである。
しかし、この世界において“普通”の規格は幅広いものの、鼻歌を歌いながら飛び越えてくるヤツの多いことと言ったら……。
破裂音。痛々しい水気を帯びた音と共に人型の松明となって燃えさかっていた貴人の体が爆ぜた。炎が全方位に勢いよく散らばり、反応しきれない速度で至近を通り過ぎていった熱の塊が髪の毛を焦がす。
まさか、燃えている肉体表面全てを弾き飛ばして消火したのか!?
赤黒い筋肉層と臓物を覗かせる肉体が早戻しされているかのように再生されていく様を見て焦る。既に隠し球は使い切ってしまったし、触媒無しで使える攻撃的な魔法の持ち合わせはない。
武器はあるから切り倒すことはできるだろう。ただ、それでさえ殺せるだけでトドメを刺すには至らない。この手の怪物は最悪“殺されながら”反撃して、その上で何事もなかったかのように肉体を賦活させるのだから、正しく“ズル”としか言い様がない。
ワンコインで遊んでる小学生が根負けするまで連コインしてくる社会人みたいな挙動しやがってからに。
刹那、天啓の如き発想。大人げなさの象徴として連コインという言葉を出したが……私は持っていたじゃないか。銀でできていて、純度がそこそこ高い代物を。
片手をポーチに突っ込めば、中には薄い財布が入っている。そして、もしもの備えとしてとっておいた、私にとっては大金である銀貨が一枚。
あの日、ツェツィーリア嬢を助けた時、追っ手から情報料として貰ったランペル大僧正の銀貨は銀含有量が高く価値の高い硬貨。
何かあった時の為に持っていたお金が、よもや本当の意味での銀の銃弾になるだなんて。
これがあればやれる。渇望の剣で胸を裂き、再生中の心臓を露出させて直接コインをねじ込んだなら如何に不死者と呼ばれる吸血鬼でさえ終わらせることができる。
何故なら、世界の内側を統括する神が“かくあれかし”と定めたのだから。
好機は一度、機会も一度きり。戦いという賭場は何時だって一回しか手札を配ってくれない。だから私はなけなしの銀貨を放り投げてコールする。賭けに応え、手札を開くことに変えて剣を振り上げ最後の踏み込み。
さぁ、後は手札の中身を比べるばかり。
「~~~~~~~~~~~~!!」
振りかぶった<渇望の剣>が泣き喚く。普段の斬りたがってねだるような、ある種の甘えた思念ではない。急くような、いや、何かを強いるような思念の塊を私の脳では言語として理解することはできない。
それを何らかの警告、と判断出来た時には全てが遅かった。
「ぎっ……!?」
ガラスが軋むような音と共に空間が“よじれて”爆ぜた。最後の踏み込みで空中にあった肉体が弾き飛ばされ、流れゆく視界の中であり得ない物が見える。
どこまでも近しく、ずっと離れがたくあった己の四肢が……欠け失せて飛んでいく様が。<雷光反射>の特性のせいで、見たくない光景でさえ否応なくスローに再生されて認識させられる。
左腕の肘から先が。左足の腿から先がねじ切れている。自己を認識してからずっと、大事に使ってきた肉体が。
何が起こったか推察すらできないが、不思議と痛みは無かった。元々高揚していた精神のおかげか、それとも現実離れした光景を脳がきちんと処理できていないせいか。ただ吹き飛ばされ、他の四肢や肉体全体に負荷が掛かりつつある事実だけが淡々と認識できる。
いつの間にやら胸の前に勝手に移動した剣が軋む。ああ、先に左腕と左足だけ飛んだのは、コイツが盾になってくれたからなのか。私だけではレジストできないと見て、命に関わる部分だけは守ってくれたらしい。
しかし、それも死をほんの数瞬送らせるだけに過ぎないようだが。
ま、そうか。幾ら言動の端々に遊びが滲んでいても、今までも十分に殺しにかかっていたのだ。本気の死を目の当たりにすれば、大人げなく初見殺しや分からん殺しをブチ込んでくることくらいあるわな。
が、私だけ死んでたまるか。死を目前として引き延ばされた認知の中で、まだ魔法を練ることはできる。こうなれば<見えざる手>を伸ばして妖精のナイフで胸郭を切り開き、コインを叩き込んでくれる。
ここからレジストできないことは感覚的に分かる。空間遷移の障壁で防げる直射型の攻撃ではなく、空間そのものを攻撃範囲に取られると剣士型の私には回避できない。ガチガチのタンクであれば持ち前の頑丈さを活かしてライフで受け止めることも能うのだろうが、ヒトの小倅というペラッペラなHPでは望み薄。
だったらせめてタダでは死なない。こちとら色々な約束と妹の将来を背負って生きてきた。それをまぁ、交通事故みたいに強キャラぶつけられて終わりましたで納得できるか!
確かにこの界隈、街道歩いてたらドラゴンが降ってきたり、町中を高レベルキャラがふらついてたり、宿屋で寝ててもダイス目が悪かったら猟犬が襲いかかってきたりする地獄の巷だが、だからといって虫みたいに不運でぷちっと潰されて満足はできん。
せめてお前だけでも!
「はせ回り過ぎだわなぁ、わっぱ」
相打ちの一撃を練ろうとした時、軋む音は上書きされるかのように柔らかな女性の声で塗り替えられ、全ての負荷が霧散した。
「分を弁えよ。跳ね回るのを御するのが汝の仕事であろうよ」
真っ赤な霧が玄室に立ちこめ、再生しつつあった貴人を包んだかと思えば破滅的な音が轟く。硬質な物がへし折れたような、圧倒的な質量が肉を押し潰したような耳に悪い音。精神を削るヤスリのような音を聞きながら、私は受け身も取れずに地面へ転がった。
「おや? いささか遅かったかのぉ」
未だ耳と精神に優しくない音を立てる霧――悲鳴というか弁解が中から聞こえてくる気がした――の一部が蠢き、形を結ぶ。
すると、不定形の霧は一人の高貴な女人の姿を取った。
昨今の流行からは大きく外れた、されどクラシカルで格調高いトーガを纏った彼女は見るからに上等な身分であることが分かった。希少な染料でなくば出せない皇帝紫の装束を優美に着こなし、されどどういう訳かその下には何も纏わぬ裸身を晒す姿は衣服の高貴さと相まって酷く奇異に映る。
朱色の瞳と墨染めの髪が紫の衣服と相まって妖しく光り、濡れたような光沢を帯びた乳白の肌は香り立つかのよう。
大儀そうに緩められた瞳の気だるげな美しさに反し、口から溢れるほど伸びた美事な牙は年経た吸血種の証。
どこかで見たような気がする美女。今更ながらに失血と痛みで薄れ始めた視界に、その美女によく似た顔が飛び込んでくる。赤い霧から這いだして来たのは、少し前に別れた僧衣の少女。
あ、そっか、ツェツィーリア嬢の面影があるのかぁ……。
私は泣きながら駆け寄ってくる彼女を見ながら、どうでもいい発見が酷く面白かったので微笑みながら目を閉じた…………。
【Tips】皇帝紫。三重帝国における最高位の禁色であり皇帝と皇帝経験者以外の使用が禁じられている。希少な染料を大変な手間で加工せねば出せぬ色のため、色そのものが身分の高貴さを示すと古来より慣習づけられていたため、三重帝国においても帝室典範において禁色とされた。
ただ、ド派手な色合いのため、近年では皇帝や皇帝経験者であっても正式な場以外では忌避する傾向にある。
トーガ(トガ) ローマっぽい風情の布でチュニカという上衣とズボンの上に着るのが基本。要するに洒落たシーツ一枚巻いて色々ほっぽり出してる風情に近い。
尚、貴種の奇行は大抵「お洒落だろ?」とか「いや、新しい研究で」という言葉で片付けられ、それが実際ブームになったりするため諸外国からは「彼奴ら変態だよ」と言われることも間々あるそうな。
 




