表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

70/298

少年期 一三歳の冬 マスターシーン

マスターシーン PLが登場せずGMによって進められるシーン。導入のために設けられる独壇場。

 豪奢な装飾と絢爛なる調度品、そして剣や冠などの戦利品が豪壮に飾り立てる部屋に一人の老人が座していた。


 一歩間違えば奢侈(しゃし)に映り、座る者の格によっては悪趣味とさえとれるだろう部屋の中央に鎮座するは、怖ろしく古い杉から削り出された一枚板を豪勢に用いた執務机。数百という時間の壮麗さを具象化したような佇まいは、存在するだけで主の格を試してさえいる。


 だが、沈黙と共に座す老人の威厳は、部屋に存在する全ての調度に圧されるものではない。むしろ、それらで自分を飾り立て威厳を出すのではなく、ただ在るだけで上等な調度から引き立てられているかの如き威容。


 灰色の白髪が交じりはじめた黒の長髪は加齢に襲われても艶を失っておらず、柳のような痩身は儚げに痩せているのではなく、鋼線の如く絞り上げられた密度ある細さ。身に纏うは皇帝にのみ許された禁色である鮮麗なる紫紺の装束。


 蜂準長目(ほうせつちょうもく)の剣呑なる顔付き。その中で強靱なる意志を湛えて灰色の瞳が爛々と輝いている。また、真一文字に結ばれた唇と、癖になった眉根の皺が冷厳なる為政者の風格を醸し、老人から一切の衰えを追い払っていた。


 机に負けぬ絶佳たる装飾が施された、装束と同色のクッションが詰め込まれた椅子。心地良いであろう背もたれに背を預けず座る姿は、最早人というよりも一本の研ぎ済まされた槍が飾られているかのよう。


 頭頂に帝権の具現とも言える黄金の冠を戴く彼の者の名は、アウグスト・ユリウス・ルートヴィヒ・ハインケル・フォン・バーデン=シュトゥットガルド。


 そう、栄えあるライン三重帝国“三皇統家”の一角、バーデンの血脈における本流、シュトゥットガルド家の当主にして、現三重帝国皇帝、アウグストⅣ世その人であった。


 竜を駆りて果敢に敵を討ち、戦において臆することなく味方を奮い立てる雄姿より竜騎帝と称される英傑。彼の者の勇名は、存命にも関わらず黒旗帝と並ぶ数の詩劇が催され、詩人が挙って英雄譚を奏でるほど帝国に響き渡っている。


 それほどの威名を帯び、竜の声と形容されるほどの渋く威厳ある声を発する口が重々しく開かれた。そして、至尊の皇帝のみが座するを許される執務室の執務机、帝国の大事を差配する場に招かれた二人に帝国を揺るがす言葉が投げかけられる。


 「余、ぶっちゃけもう疲れたのだが」


 「てめー、呼びつけたんだからまず労いくらいせぇや」


 聞く人が聞けば顔面からずっこけるか、腰から力が抜けてへたり込みそうな発言に返したのは、初老の人狼(ヴァラヴォルフ)であった。堂々たる(たてがみ)が飾る雄々しき狼の(かんばせ)には無数の戦傷が誇らしげに輝き、灰色の雄大なる体躯を覆う紫紺の装束には月を咥えた大狼の家紋。同じ犬科の犬鬼とは明白に異なる、亜人種の人狼は同種から見れば絶世のと称して良い精悍な顔つきを情けなく歪めて呻った。


 「というか、情けなくねーのか第一声が泣き言って。俺ぁなんのためにはるばる西方でやんちゃしてるアホ共ほったらかして帝都くんだりまでやってきたんだか」


 彼の者の名はダーフィト・マクコンラ・フォン・グラウフロック。三重帝国皇統家の一角、グラウフロック家の当主にして帝国中北部から中西部にかけてを鎮守する公爵その人。しかし、酒場で管を巻く酔漢の如き砕けた口調で彼は皇帝に声をぶつける。


 というのも、二人は戦友にして親戚だからである。ダーフィト公の第二妃はアウグストⅣ世の妹であり、そも初代リヒャルトの第二妃がグラウフロック家の息女であったのだから。


 「だが、余はもう今年の秋で五七になってしまったのだぞ」


 「ちょっと泣き言を言うには早い年齢なのでは?」


 人狼の粗野なれど深みのある声と対照的に、爽やかに若い声が老人の泣き言を切って捨てた。


 至尊の存在の言葉を軽々に斬って捨てた声の主は、どこまでも不遜なことに皇帝の執務机に尻を乗せていた。あまつさえ不敵に足を組み、暇そうに爪を弄る始末。国が国なら断頭台に親族諸共送られ、半年は蝋付けの首を城門に飾られてもおかしくない無礼を働く男は怖ろしいほどに美しかった。


 見る者に銀色の色彩を鮮烈に刻み込む彼は、魔導師らしいローブを着込み、小脇に洒落た銀色の短杖を担う。丁寧に長髪を撫でつけ、“銀色”の独特な色彩を見せ付ける彼の者の名はマルティン・ウェルナー・フォン・エールストライヒ。彼もまた、玉座を三つに切り分けた者の一角であった。


 「まだ二選目の途中であろう? 余裕ではないか。我は三選耐えた」


 銀色の紳士、マルティンが遠慮なく執務机に腰を降ろす理由がそれだった。彼は一選につき一五年満了の任期を三選全うし、四五年の永きにわたって執務机を使ってきたのだ。自分の机と呼んで過言でもないものに尻を降ろすのに何の遠慮がいるのか。


 寿命を持たぬ生命のあまりに驕った発言に定命二人は渋い顔をする。


 ヒトにとって、そしてヒトより平均寿命で三〇年ほど劣る人狼にとって一五年とはあまりに長いのだから。


 「流石四〇〇歳近いジジイは言うことが違う」


 「時間の価値が違うのだから、甘えず四選目を全うしてみては如何か? それこそ余裕であろうよエールストライヒ公。一五年なんぞ昼寝してるくらいの間に経とうものぞ」


 口の悪い人狼と、眇に睨んでくる皇帝を前に強大な“吸血種”は何処吹く風とばかりに削った爪の滓を吹き飛ばしてみせた。そして、不快そうに“銀色”の眼球を煌めかせ、鋭く尖った爪を順々に突きつけて言う。


 「だから我のことはマルティン先生、あるいは教授と呼びたまえと何度言わせれば分かるのかね諸兄らは。その無粋な称号は好かぬと口の形が変わるほど言っただろうに。あれか? 学習能力を母親の胎盤に貼り付けたまま出てきたのか?」


 慇懃な口調で信じられないほど無礼なことを宣い、次いでの如く「あと、ジジイじゃないし。まだ我わかいし」と何の臆面もなく吐き捨てて古き吸血種の頭領はそっぽを向いた。


 まぁ、実際五〇〇歳級の吸血種が跋扈する他国や、一〇〇〇歳に届こうかという古豪が公主位にのさばる国がある事実と比すれば若いと言えば若いのだろうが。


 なにはともあれ、この三人がライン三重帝国の重鎮である。平素は貴種らしく振る舞い、指導者として辣腕を振るう彼等を知る者が今の光景を見たら、きっとそっくりな人間が繰り広げている悪趣味な演劇だと思うことだろう。


 この会話が嘘偽りなく帝城にて繰り広げられているという事実は、どうあっても変わらぬのだが。


 「てかよぉ、ガス。疲れたってー割には、おめー騎竜の竜具を俺んとこの職工に新調させてなかったっけか? しかも典礼用の鎧なんぞじゃなく、山ほど荷袋を括り付けられるような鞍らしいじゃねぇか」


 気軽に愛称で皇帝を呼びつけ、人狼は疲れたと言い張って憚らないエネルギー満ちあふれる老人を睨め付けた。


 「それは贈り物だ。余の私用目的ではない。仮に我が愛騎、デュリンダナに誂えたような寸法であろうと、それは送り主の竜と体形が似ておるだけに過ぎぬ」


 なんとも可愛げのないことに目の一つも泳がさず、どもりさえせず皇帝は嘘を吐いた。


 竜騎帝、そう異名を受けるのは伊達でも酔狂でもなく、若い頃から亜竜と称される竜の一種を駆り戦場を駆けてきた実績があるからだ。そして、未だ帝城の竜舎にて愛竜を囲う皇帝は、空への憧れと愛着を欠片たりとも諦めていなかった。 


 「我が聞きかじるに艤装が済みつつある三隻目の航空艦……あれだ、ほら、アレキサンドリーネだったか? アレにも竜を乗せる機構を採用したと聞いたが?」


 魔導院の伝手から相当無茶な設計になったと愚痴を聞いたのだが、と教授を自称する吸血種は呟き、皇帝の反応を見るも魑魅魍魎が草の如く蔓延る政界を悠々と三〇年近く泳いだ皇帝は小揺るぎもしない。


 「それは航空艦の生残性を高める試験のためでしかない。忘れたとは言うまい、クリームヒルトの悲劇を」


 航空艦とは三重帝国が誇る魔導技術と造船技術の結晶。五〇年前に基礎理論が完成し、現在は試験的に三隻目の船が完成を控える黎明の翼である。国威高揚と他国に技術力を見せ付け、広い版図に比して航海能力を持たぬ三重帝国が次なる繁栄の“柱”として注力する政策の要でもあった。


 魔導炉を中枢に蓄え、抗重力術式と推進術式を疑似術式回路にて行使することで果てなき空の海原を舞う船は未だ問題が多い。出力の不安定さ、一度トラブルが起これば復帰することが極めて難しい空という世界。


 そして、航空艦が空を舞う以前より大空の覇権を争ってきた者達の干渉。数多の困難を撥ね除けるべく、小さな翼は革新的な、悪く言えば突飛な思いつきを幾つも試している途中であった。


 「ちゅーかお前、前から突っ込みたかったんだけど、嫁の名前を船につけるとかどういう感性してんだよ」


 「忘れておらんな? とか言うなら我も言わせて貰うがな。クリームヒルトが竜にちょっかいかけられて座礁した直後なのにゴリ押しで起工させたこと、我はしっかと覚えておるぞ、この無駄遣い皇帝」


 「航空艦は今後の流通と軍事に革命を起こす技術だ! 無駄遣いではない!! あと船舶名は公募で決めたものだ!!」


 信奉者が目の当たりにしたならば喀血して絶命しかねないやりとりを十数分続けた三重帝国の最高権力者共。減らず口の応酬を強引にぶった切ったのは、やはり最初に声を上げた皇帝その人であった。


 「と、も、か、く! 余はそろそろ限界だ! 退位を申請したい!!」


 戴いた帝権の具現を乱雑に放り投げ――見る人が見たら卒倒どころか頓死不可避――皇帝は椅子を蹴立てて立ち上がった。


 「余はそもそも二選目も辞退したかったのだ! それを貴様ら寄って集って押し付けおってからに! どっちでもいいから代われ!」


 「無茶言うんじゃねぇよ陛下! 俺もう三二だぜ!? ヒト種になおしゃ御身とどっこいだ!」


 「我だって無理だとも陛下! 商工同業者組合の会合を牽制するのがどれだけ大変か! 今我は下手に現場を離れられぬ! 経済内戦なんぞが引き起こされたら、それこそ黒旗帝が防いだ侵略戦争より酷い目に遭う!! ご再考いただきたい! 御身なればこそ、今の平穏があるのだ!!」


 「こんな時にばかり陛下陛下と貴様らは! なら皇帝命令だからさっさと代われというのだ!!」


 醜いという言葉でさえ生ぬるいやりとりは、全員の息が上がりきるまで止まることはなかった。


 どうにかこうにか彼等が“大人”であることを思い出せたのは、水差しから一杯の水を飲んで頭が冷えてからであった。


 各々汗を拭ったり<清払>の魔法で身を清め、今更手遅れだろうに威厳ある表情を作って再度対峙する。そして、見た目と議題だけを取り上げれば帝国の今後を占う重大事、その実態は死ぬほど下らない椅子取りゲーム――尚、座れなかった方が勝者――が始まった。


 「んん……近頃眠りが浅いのだ。朝方は咳も酷く、疲れやすくなり加齢による公務の影響が隠せぬ。余としては最早万全に皇帝としての役割を示せなくなりつつあるのだ」


 尤もらしい理由を並べ立て、冠を一応被り直したアウグストⅣ世は態とらしく咳をした。籠もった音はきちんと辛そうな咳であるが、魔法に精通するエールストライヒ公爵は“何らかの身体操作術式”が起動したことを見逃さなかった。下らないことにレベルの高い技術を使うのは、この国のお家芸なのかもしれない。


 「こっちのが早いからとか言って、巡幸先に騎竜でカッ飛んで近衛を過労死させかけた男が加齢……?」


 「先週あたり嬉々としてアレキサンドリーネの視察に来てた気がするのだが……我の記憶違いかな……」


 ボヤく臣下二人を華麗に無視して皇帝はチラッと人狼に視線をやった。


 「戦の気配が強くなった時は、グラウフロック家が帝位に就くのが一番よな。そういえば昨今、大霊峰の巨人達が騒がしいと聞くが」


 「いや、今更出てくるかよ。というか俺はマジで無理だって、一五年生きられる自信あんまねぇ。かといって倅に家督譲るにゃちと経験不足だし……」


 絶妙に断りづらい理由を挙げられて皇帝は押し黙った。この戦陣を幾つも共にし、帝城からの脱走を手助けしてくれたが故に三皇統家なのに一時期出禁を喰らうという謎ムーブを魅せた友の寿命が、そう長くないことは事実であったからだ。


 人狼の平均寿命は五〇歳、長寿でも七〇を上回ることは希だ。三二歳は人間ならばボチボチ楽隠居の準備を始める年齢といえよう。


 しからばと視線は吸血種の方へ向く。海千山千の政治家共相手に論戦を繰り広げてきた皇帝にとって、先ほど自分が述べた推薦の論拠をなかったことにする程度、実に容易いものであった。


 「さすれば強大なる敵に対するに、最も重要な揺るがぬ国家基盤が必要となろう。ならばエールストライヒ公、貴公の出番と思うのだが」


 非定命の吸血種は推薦から逃れるように顔を逸らし、「だから教授……」と零した。だが、寿命を持たぬ種族が政権を担うのは一定の効果があるのだ。初志を貫徹しやすく、定命にありがちな加齢による“焦り”がないため無茶をし辛い彼等は、長期の安定した政策を練ることに何より秀でていた。


 事実、三重帝国においても安定期――もしくは平穏を装った冷戦中――にはエールストライヒ家が辣腕を振るい財政基盤を躍進させてきた実績がある。彼等は種族柄持ち合わせる命への無頓着さのせいで戦には向かぬが、気が長い投資への耐性は誰よりも強い。国家や経済なんてものは、最低でも五年単位の長期的な視野で成長を見なければならないのだから。


 「まぁ、暫く平和だしな。デカい戦は俺らで片付けたし」


 「東方征伐は確かに難事であったな。余も貴公も二年戦場から帰れなかった」


 我も兵站線だの軍団再編で死にかけたのだが!? という吸血種からの抗議を完膚なきまでに聞き流し、一度大義名分を得た皇帝と、自分にお鉢が回らなければそれでいいわと開き直った人狼の結託は堅かった。


 なによりバーデン家とグラウフロック家が組んだ場合、彼等と関係が深い選帝侯家は過半を超える四家に達する。自家を支援する皇帝の退位に彼等は渋るだろうが、次に皇帝になった時の便宜を考えれば強硬に反対はするまい。


 「……皇太子殿下に譲れば良いのでは? 我は問題なく支援するが?」


 三重帝国は世襲制ではないが、緊急時の皇帝代理としての皇太子は存在する。そして、信任厚い太子が皇帝から位を譲り受ける先例は幾つもあった。苦し紛れの提案が引き出したのは、皇帝の深い深い溜息であった。


 「あの愚息、何を思ったか皇帝位を押しつけようとしたら嫁の国に婿入りし直すとぬかしおってな……」


 「おいおい、流石に公国が一個増えんのは政治的にめんどーだろ」


 「それは通るのか? いや、流石に通るまい? 一度離縁して婿入りしなおしとか神々と僧会が……」


 アレはそっちとの伝手が深くてな。信心深いし。どこまでも重い感情が込められた呟きが執務室に染み渡り、やがて沈黙へと姿を変える。しばし目を左右にやりながら吸血種は難しく考え込んでいた。


 これは勝ったかな、と二人が今後の根回しに意識をやった時、三皇統家の権威や皇帝という権力によってではなく、自らの手で魔導院教授の称号を得た聡明極まる吸血種の頭は一つの解法を導き出した。


 「わかった! じゃ、娘に家督譲るわ!」


 彼は四〇を過ぎたばかりの愛娘を人身御供……否、自身の血脈に至尊の玉座を継がせるという野望を表明し清々しそうに笑みを作った…………。












【Tips】三皇統家。三重帝国皇帝になる権利を持った三つの大家。皇帝位についていない家は三重帝国においては公爵位にあるものとし、皇帝の臣下という体で施政を補弼するが実態は親戚縁者だらけであるため、内々の繋がりは緩い。  

予約投稿に失敗しておりました。少し遅れて申し訳ない。


というわけで三重帝国お家騒動勃発。

キャンペーンの切片としては実にありふれたイベントですね(真顔)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=219242288&s
― 新着の感想 ―
ダメだ…三重帝国(みえていこく)ってついつい読んでしまって田舎感が払拭できない
[良い点] 今までのifを見るに、主人公が余っ程何かやらかさない限りは帝国の崩壊は無いと分かってるから安心して読めるな
[一言] こ れ は ひ ど い ٩( ᐛ )و
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ