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少年期 一三才の冬 三

 普通に説教される方が煽られるより大分メンタルには良いのだと痛感させられた。


 自分の領分は知ってる~? と外道に周りをうろちょろされながら三〇分以上煽られ半泣きになったが、それで修理代を持ってくれるなら安いもんさ。私程度がちょっと頭捻った位で壊れるのが悪い、と開き直る訳にもいかなかったからな。前もって簡単な実験しかしないと言って予約してもらった手前でもあるし。


 それにエリザが「兄様(あにさま)を虐めたら本気で怒る」と庇ってくれたから、むしろプラスだと思おう。私の妹マジ天使。ちょっと魔力が漏れてて、髪がざわざわしてたのがおっかなかったけどマジで天使。


 「ねぇ、兄様」


 「ん? なんだい、エリザ」


 人を散々煽ってから「まぁ、結構できがいいの作ったじゃない」と軽くグッと来る評価を下したマスターから解放された後、私はエリザの生活スペースとなっている弟子の居住スペースを掃除していた。


 弟子の部屋といえば昭和的な下宿の風情を想像してしまうが、十六畳ほどの余裕があるスペースは、流石金を持ってないとなれない職業を志してる者の住まいだなと思わせる立派さであった。


 手を並列稼働させ、散らばったメモや読みかけの本を纏めたり――きちんと整理整頓するよう言い聞かせねば――<清払>の魔法で各所を清めたりしている私にエリザが声をかけた。振り向けば、彼女は気ままな夜着を着て、実家のものより数段詰め物が多い寝台に寝転がっている。


 薄い絹を何層にも重ねた、一枚で兄夫婦の離れより価値がありそうな寝間着は言うまでもなくライゼニッツ卿(性犯罪者予備軍)からの贈り物である。透けてないからギリギリ許すが、マジであの生命礼賛主義者(ロリ・ショタコン)はどんな拗らせ方したら斯様な趣味になるのか。可愛い服ならまだしも、童女にこんな寝間着を着させて喜ぶとか病気にも程があるぞ。あと、やたら手袋と靴下に拘りを持つのは何の疾患だ?


 「兄様はなんでこわい魔法なんてお作りになるの?」


 心底不思議そうに我が愛妹は問うた。首をこてんと傾げ、可愛らしい瞳で純粋にこちらを見つめる姿は心打たれる愛らしさである。やはりうちの子は天使に違いない。


 ただ、その質問は私の心に深く食い込む内容であった。


 「なんでって……そりゃあ色々と役に立つからだよ」


 こわい魔法、と言われてしまうと実際その通りなので何の反論もできない。自分でもちょっとどうかと思う威力だったし。


 「いろいろって? お師匠も沢山物騒なことを仰るけど、よく分からないの。なんでそんな怖いことを“進んで”する必要があるのかしら」


 無垢な感情が流麗になった宮廷語に乗って耳から飛び込み、脳を経由して精神に浸透する。漠然と冒険者になるため戦闘用の魔法を練っていた自分の正当性が、垂らされた疑問の雫に溶かされて揺らいだ。


 私は前世からの、言い換えれば軽い動機のあこがれで冒険者になろうとしている。言うまでもなく切った張ったの殺伐とした世界であり、勧善懲悪のストーリーラインが予め用意されている優しい物語ではない。


 最初から殺すことが前提の仕事が至極当たり前のように存在し、物によってはクエストの冒頭から最悪の選択肢しか残っていないなんてことはザラだ。ルーチンワークのような野盗狩りは善と言えば善だろうが、血が流れることに何の変わりもない。


 蛮族に襲われて困った村を救うのも、迷宮に押し入って財宝を漁るのも本質は一緒なのだ。結局、どこまでも付きまとうのは命のやりとりに過ぎない。


 なれば、斯様な流血沙汰が伴侶の如く付きまとう仕事をするのは真っ当なのかと問われると……即座に首を縦に振れなかった。


 私の動機は良くも悪くも“軽い”もの。勇者の冒険譚に憧れ、田舎を飛び出したファイターLv1の少年と大差ない精神性である。だが、待ち受ける仕事は違う。


 幸いにも私はまだ“人間”を殺した事はない。魔物化してしまった、かつてはどこかの誰かだった魔種をカウントしてしまえば、既に私の手は汚れているといえば汚れている。


 ただ、生きている人間にトドメを刺したことがまだないのだ。


 ミカと一緒に戦った野盗も殺していないし――今頃どっかで身長を伸ばされていることだろうが――帝都への道程であったいざこざで危うい場面もあれど何とかなった。


 だとしても、今後も上手く行くとは限らない。事実、私は渇望の剣のかつての主、自分より力量で上回る相手に加減なんてできなかったのだから。彼は動死体であったが、人間であったなら、私は確実に彼を殺してしまっていた。


 考えてみれば恐ろしい話ではある。この殺伐とした、前世より格段に死が近く命が安い文明に慣れたとしても、私の中の命の軽重が揺らぐ訳ではない。


 戦う魔法を恐ろしいと言われ、悩みが産まれてしまった。あの魔宮を踏破し終えた時の興奮が薄れたわけでもなく、憧れ(TRPG)が色あせたのでもない。


 ただ、今まで明色だけで彩られていた絵に暗い差し色が一つはいっただけ。


 「エリザは……えと、私は分からないの。なんで怖いことをする必要があるのかしら。兄様も私と一緒にお勉強すればいいのに」


 それでも、悩むには十分過ぎるほど濃い色であった。穏やかな生活から進んで離れる動機が私にあるのだろうか。


 「……でもねエリザ、世の中には悪い人が沢山居るんだ。だから、悪い人に襲われても困らないよう、怖い魔法が少しは必要なんだ。エリザに何かあったら兄様は悲しくて死んでしまうよ」


 私にできるのは、そんな回答でお茶を濁すだけだった。


 実に難しい問題ではある。そも人に人を害する権利があるのか云々の高次な哲学的な思考に突入するからだ。正直に言えば精神的にダメージが大きい割に何も生み出さないし、健康に良い思考でないことは確かである。


 この手の無駄に高尚な思考は、ガンに侵されて悩んでいる間に死ぬほどやったので太鼓判を押してやってもよいとも。文字通り死ぬまで続けたのだから、メンタルによくないことは我が身を以てして実感してしまっている。だからこそ、何も考えないで済むよう、苦痛から逃れるために瞑想なんぞを嗜んだのだから。


 「ふぅん……怖いひと……守るため……」


 不思議そうに呟き、魔導師の卵らしく黙って考え込み始めたエリザを見て私は頭を振った。なにを敵から精神攻撃くらった少年漫画の主人公みたいな思考を練っているのやら。誰も得しないし楽しくもないだろう。


 開き直るわけではないが、この世界で真っ当に穏やかな暮らしをしていたって流血沙汰に巻き込まれることは間々あるのだ。商売をやっていても急ぎ働き――家人を殺して金品を奪う強盗――の被害に遭うこともあれば、拐かしの危険だってエリザが一回危なかったのだから当然の如くある。


 戦う人間は必要不可欠なのだ。大義なんぞなく、理由が浮薄だとしても。


 一抹の迷いを振り切って、私は掃除を片付け、難しい顔をして考え込む妹におやつを用意してやった…………。












【Tips】冒険者になった理由アンケートというものを冒険者同業組合がかつて取ったことがあるらしい。三位は二割ほどで冒険譚に憧れて。二位は二割五分ほどで、これくらいしかなかった。一位は三割八分で金と栄達。


 世の中そんな物である。仕事とは大抵、サイコロを転がすのと同じくらいの気軽さで決まってしまう。そして、往々にして人の命は銀貨一枚より幾分軽い。












 弟子の成長スピードを見て、師は拍車の存在があると便利だと内心で笑った。


 「ねぇ、お師匠」


 「なにかしら」


 長命種らしい多重思考を器用に操って、手は揺るがず虚空に光の羅列で高度な宮廷語を書き記す。魔導師の間では殆ど使われぬ文化だが、貴種共はどうにも直接約束を取り付けることが苦手なようで、ことある事に手紙を書くため文筆の定型を教え込む必要があった。


 その授業の最中、常なら笑顔で貪る菓子を難しい顔をして啄むように食べきった弟子は、暫く前まで自身の同胞が占有していた空間を見やりながら問う。


 「私はいつから魔法の訓練ができますか?」


 いい質問であった。質問の内容がではなく、質問してきた内容の傾向が。


 賢くなれば兄と一緒に居られる。魔法がきちんと使えるようになれば兄にちょっかいをかける妖精を遠ざけられる。強ければ兄を守れる。師は、悪辣にして悪趣味なるアグリッピナ・デュ・スタールは弟子を常々そう焚き付けてきた。


 そして、その拍車は幼かった精神を遅ればせながら成長させてきたが、今日またギアを一段上げてくれたらしい。


 少しずつであるが言動と態度から甘えが抜けてきた。態度からではなく、心構えの甘えが。兄にべったりな小さい妹であることは変わりはないが……少しずつ色づいている。


 偏執的で、気に入ったならどこまでも一途な“妖精(アールヴ)”としての色が。


 「そうね、暫くしたらお作法のテストがてらお食事に行きましょうか。そこで立派に淑女として振る舞えたら考えてあげるわ」


 八つであろうと彼女は半妖精である。脳髄に詰まった精神性はヒトではなく妖精のそれであり、目覚め始めたなら成熟は早い。実際、無学であった割に文字の覚えも早くなり、一夏を超えて読文と会話の質がここまであがれば、市井においては才子と褒めそやされるレベルである。


 頑張りの全てが兄のためと思えばいじらしいけれど、内実を知れば実に恐ろしい。


 さて、彼女は一体なんの妖精からヒトになったものなのか。


 魔法に造詣の深いアグリッピナにはそれなりの予想がついていた。確証を得られるまで、然程長い時間は必要になるまい。長命種としての時間感覚でもなく、ヒトとしての感覚で。


 「しかし急ね? お兄様が凄い魔法を作ったのが気になる?」


 「ううん……じゃなくて、ちがいます。兄様が仰ったので」


 問に否定し、彼女はぽつぽつと怖い人の話をした。


 珍しい話ではない。捜査能力も不十分で、広域の手配も未熟な時代。隣の行政管区に逃げ込めば、多少の犯罪などなかったことになる世で暴力は割のいいビジネスだ。


 それ故、秩序を守るため国家は苛烈な見せしめを行うのだ。盗犯に枷や鉄鎖を括り付け、殺人犯を断頭し、野盗を高く吊し上げる。


 だが、数多の首を並べて尚も悪人の種は尽きない。散文詩の大家、ベルンカステルは年貢を狙った盗賊の首を見てこう詠ったほど。


 「麦穂に実った粒とて数えあげれば何時かは尽きよう。されど、並ぶ首の数が歴史より先に尽きることはあるまい」


 この皮肉というより諦念が滲む一文を地でいく人間という生き物の愚かさは永遠に変わるまい。なればこそ、人は権力を求め、手に入れなかった人間は支配されることを代償に手に入れた人間の庇護を得るのだから。


 「そう。あまり色々と責めないのよ。貴方のお兄様は貴方のためにやってるんですから」


 そして、愚かさはヒトより格段に永く生き、格段に早い思考を操る長命種(メトシェラ)の中にも息づいている。すなわち、寝た子を叩き起こして泣き喚く様を観察し、悦に入ろうという非合理的な嗜好という名の愚かさ。


 彼女ほどの能力と財産があれば能うのだ。この兄妹を穏当な方向に導くことが。妹にヒトに見合った倫理観を身につけさせ、兄の稚気溢れるあこがれを一端の理想に仕立てることは容易いはず。


 されども、この外道は可能性の全てを擲って、持ち得るコインを全部「より面白そうな方」へと放り投げる。


 神が愚かなる者を見逃さないという箴言が真であれば、今この瞬間に裁きの雷が落ちるか、使徒が差し向けられてしかるべきであろう。


 結果はご覧の通りだ。外道は微笑み、半妖精は天恵を得たりと言わんばかりに顔を輝かせる。


 ついぞ正しさという概念に巡り会うことのない生き物二匹は、それぞれ重い感情を腹の底に沈めて学業に戻った。


 早めの風呂で気分を入れ替えようとした兄は、謎の悪寒に襲われたことだろう。


 妹が真剣に、兄が危ないことをしないよう“自分が完全に護ってやる”方法を模索し始めたのだから…………。












【Tips】半妖精はどこまでいってもヒトの殻を得た“妖精”に過ぎない。  

女装回もとい助走回。深い意味はありませんよ、ええ、ありませんとも。

些か動きがない回ではありますが、先に向かってこういった助走も必要かと存じます。


次回はマスタースクリーン、新しいキャンペーンの導入となります。

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― 新着の感想 ―
[一言] 監禁(軟禁)エンドが待っていそうな弟子への教育www
[一言] おいコイツも丘でダンス勢じゃないだろうな
[一言] 「完全に」が入る事で危険度が爆上げしたんですが…
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