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少年期 一三才の秋 十六

 「えぇ……なんだその心躍る冒険譚(サーガ)は。普通に一席仕立ててくれぬか」


 「私に詩才と楽器の覚えはございませんので」


 外見的なキャラに見合わぬ軽い台詞を吐くファイゲ卿に、私は気骨が萎えてげんなりしないよう耐えるので必死だった。そうだね、貴方こういうのが感性に直撃するご趣味でしたね。


 あれから二日――結局、どうにか動けるようになるまで一日かかった――が過ぎ、私達はヴストローまで帰り着いていた。


 帰路、互いに互いを気遣い過ぎたり、褒め合いに発展し揃ってトマトみたいになったり色々あったが割愛しよう。互いにあまり思い出したくないし、きっと10年くらいして不意に思い出してしまったら枕が必要になる一幕だったのだから。


 ああ、そうそう、外道なGMやPLに優しくないシステムが採用しがちな、帰りの道中で振らされる理不尽なランダムイベントは特になかったとも。懸念していた動死体が取り残されているようなことも――大量の行方不明者となってしまったことが心残りだが――謎のトラブルに見舞われてクエストを達成したものの全滅、などという悲劇も起こらなかった。


 なにはともあれ、未だ頭痛に苛まれ、身体各所に痺れを訴える友を宿に残し、私はファイゲ卿の書斎を訪れていた。事後の報告をしクエストを達成すると共に、腕のいい癒者を紹介して貰うためだ。


 薬を買うだけでも値が張るのなら、癒者に診て貰うのに更なる報酬が必要になるのは言うまでもない。が、その上、腕のいい癒者は一見さんお断りが多かったりする。


 この世界、専門家という生き物はどいつもこいつも技術を安売りはしない。飯の種である以上に自分の価値を軽くしないため、命が安い世界では皆が必死なのだから仕方ない。


 そして、癒者は魔導師の中でも――魔法使いではないところが重要――極めて専門性が高く、高度な術式を操るため顧客を選ぶ。軽い疝気で訪れられては堪らないというのもあるが、魔導院が認定した彼等は高度な治療を施す場合には上からの許可が必要となるからだ。


 その気になれば失せた四肢でさえ“代わり”を用意できるのだから、扱いが慎重になるのもむべなるもの。貧しき者が門戸を叩いた所で軽くあしらわれるのが関の山。


 なので、地元の有力者におすがりすれば手っ取り早かろうと、事情を説明して扶けて貰おうと思ったのである。


 そして、かいつまんだ説明の末、卿が仰った感想が先の一言である。


 「ううむ、しかし知らぬ内に森が斯様なことになっておろうとは」


 居住まいを正した樹人の老翁は、豊かな地衣類の髭を撫でながら呟いた。


 「たしかに近頃隊商の被害が多く、森から帰らぬ狩人や旅人がいるとは聞いていたが、よもや魔宮が出現していようとはな。これは領主に一筆書かねばなるまい」


 「……疑わないのですか?」


 ごく自然に私の報告を受け容れ、本来対処しておくべき領主へ苦言を呈そうとする卿が不思議でならなかった。


 考えてもみてほしい。私は成人前の子供で、魔導院の研究者が雇っている丁稚に過ぎない。そんな冒険者未満の子供が大冒険をしてきたと語り、一体どうして信じられるのか。それも卿は子供の作り話に付き合ってやろうという風情ではなく、しっかりと上等な便箋まで用意しながら仰るのだ。


 恥ずかしげもなく報告しといてなんだが、普通もっと疑ってかかるべきだろう。


 「ふむ……そなたは些か老木であるとこの身を侮っていると見える」


 だが、ファイゲ卿は面白そうに笑って私を信じる根拠を語ってくれた。


 「それほど濃密な魔力の残り香を纏わせておるのだ、分からぬ筈がなかろう。尋常な旅路で斯様な瘴気に触れるなど、如何に地方の綱紀が中央より緩いとはいえあり得ぬよ」


 コガネムシのような独特の輝きを帯びた目が、私を見つめてきらりと光った。生命としてヒト種に分類されながら、精霊種に限りなく近い樹人の目には私達には見えない物が見えているようであった。


 「なによりそなたの語りには迷いがない。思い出そうとしている様子はあっても、決して“考えて”いる様子はなかったからな」


 愉快そうに笑い、卿は私に茶を勧めてくれた。あれほど真剣に語ったのだから、さぞ喉が渇いただろうと。


 赤面することしきりである。これでいて私は、内面がアラフィフに近いほど生きているのだから、処世も相応に上手くなっていると思っていた。


 いや、思い込んでいた。


 だが、それは思い上がりに過ぎなかったらしい。語りから本意を読まれ、全てを理解されているのに、それを察することもできず相手の理解を訝るとは。たしかに偽る必要など無いから素直に話していたが……言われれば、それも推察の要素として大きなファクターであったろうに。


 「……未熟の極み、汗顔の至りにございます」


 「なに、そう恥じるでもない。小さき者よ、そなたはまだ若いのだからな」


 これでいて、この古木も伊達に長生きしておらぬのだ。ファイゲ卿はそう笑い、羊皮紙で一筆したためてくれた。すんません、中身はオッサンで本当にすんません……。


 「取り急ぎ、癒者への紹介状を用意した。重篤な魔力枯渇とあれば、脳に血がたまることもある故な。早急に診させてやるがよい」


 「ありがとうございます! これで友も安心できるでしょう」


 田舎だてらに腕がよい癒者だと卿がおっしゃるので一先ず安心だな。お言葉に甘え、今日はここまでにして先に癒者の所へ行くとしよう。はやくミカを診て貰わねば。


 「うむ。この身も知らぬこととはいえ、そなたらを死地へ送り込んだのも事実、治療費の心配はせぬことだ」


 なんとも有り難い話である。節約して貯めた小銭はあるけれど、治療費の相場を知らないこともあって――尚、後で聞いたことだが、普通に金貨が飛び交う世界の話であった――ヒヤヒヤしていたのだ。将来の貯蓄のために働いて、新しい借金をこさえましたと言ったら笑えないからな。


 立ち上がろうとする私を手で制し、ファイゲ卿は呆れたように溜息をついた。


 「言っておくが、診て貰うべきはそなたもだからな?」


 「はい?」


 お互いに何言ってんだコイツ、という顔をして数秒見つめ合ってしまった。


 「魔力の流れが各所で狂っておる。つまり、乱れ、逆流する……典型的な魔力障害の兆候だ」


 なんでも卿が見る限り私も十分に重傷であり、そもここに自分でやってこないで寝てろという感想を抱いていらっしゃったらしい。私からすれば動けているから大丈夫だと思っていたのだが……。


 「なんだって友人にしてやった心遣いを自分にしてやれぬのか……」


 心底呆れたように卿は額に手をやり首を横に振った。そして、次の瞬間、何の前触れもなく部屋の壁、床、天井が隆起したと思えば私を絡め取ったではないか。


 「おおあ!?」


 四肢が容赦なく拘束され、ぴくりとも動けない。単なる堅さで固めにきているのではない。動きの起点となる肩、腰、膝、関節の要訣を全て抑えられてしまっているのだ。


 「そなたもしっかり休むがよい……その気が無くとも休ませるがな」


 ああ、なるほど、樹人は自身の起源となる木から産まれ一体となるという。この書斎そのものがファイゲ卿だったのか。


 「そして、報酬にも期待すると良かろう。なに、万事良いように取り計らってやろうではないか。無駄に長生きした先達を使えるのも、若人の特権ゆえにな」


 怖ろしく高度にして抗いがたい気遣いによって、私が気絶させられるまで後数秒の間もなかった…………。












【Tips】重篤な病と怪我ほど、その場では分からない物である。ステータスウィンドウなどという上等な物がない彼もまた例外ではなかった。












 軽い頭痛と体に感じた違和感で目が覚めた。


 「……よかった。まだ生きてる」


 目を開けば高い天井に山ほど吊された薬草が目に映る。僕が今埋もれているのは、清潔なシーツと毛布が敷かれた寝台だった。浅く呼吸すれば香の香りがたっぷり染み込んだ空気が鼻腔を撫でるように抜けていき、故郷でたまに世話になった薬師の家が脳裏に浮かぶ。


 血相を変えた年嵩の癒者にあれこれ呑まされて――それはもう酷い味だった――香を焚きしめた診療所の寝台に放り込まれたのが昨日のこと。鼻先を埋めている毛布の柄が変わっていることからして、僕は数日眠り続けていたのだろう。


 横を見れば、自分と同じように。ああ、むしろ僕より数段ガッチリ固められた我が友、エーリヒの寝姿もあった。何くれと動こうとするから、寝台に括り付けられている姿は哀れな筈なのに何処かおかしくもある。


 つまり、僕らはそういった処置が必要なほどに重傷だったのだろう。


 本当に目覚めることが出来てよかった。無茶をした魔導師は脳が煮崩れて死んでしまったり、呆けたり碌でもない末路ばかりだと師から散々聞かされていたから……やっぱり、覚悟していても恐かったのだ。


 癒者に診て貰った時は、それこそ泣きそうだった。死を前にしたからこそ、友の為に無茶をするのは恐くなかったけど、生きて還ってまた彼と遊べると思った途端に恐くなってしまったのだ。


 もしかして自分は本当に死んでしまうのではなかろうか。そう考えるだけで、涙が溢れてしまうほど恐かった。


 でも、生きている。五体に痛みはなく、頭痛こそ性質の悪い客みたいに居座っているが大分マシだ。薬を飲んで寝る直前は、火箸を両目に突っ込んで内側をかき混ぜられているような心地だったから。


 そう、五体に違和感……あれ?


 溢れた咳が普段より高いように思い、目覚めの切っ掛けとなった違和感が体に走る。


 ふと気になって僕は自分の体に触れ……驚いた。


 胸があったのだ。いや、元から胸はあったけれど、本質的な意味ではなくて、あれだ、その、ほら。


 女性のシンボルとしての胸があった。


 微かな膨らみだけど自分の体だから確実に分かる。今まで、中性であった時と違って膨らんでいる。触ってみれば、表面の微妙な柔らかさと芯の堅さが指に伝わり、不慣れな刺激が痛みとなって脳に伝わった。


 両親が言っていたっけ。僕たちの変化は往々にして精神的な揺らぎが大きくなると発現するとか。身近な誰かが死んだとか、社会的に大きな変化があったとか、あるいは“精神的”に大きな何かがあったとか……。


 母は――文化的に産んだ側を母と呼ぶんだ――冗談めかして初恋を経験したらと語ったし、父は冗談めかして命を賭けて何かすれば変わると言っていたけど、まさかね。


 僕は自分の体の変化にそこそこ驚いていたが、ごく自然に受け容れてもいた。魔導師的に考えるなら、きっとこれが自然だからだろう。僕たち、中性人という生き物にとって自然な物で、受け容れられるように脳と精神ができているんだ。


 あとで下の方も確かめてみなければ。僕らは中性の時は性器がなく、排泄口だけがのっぺりとした股間についているけれど、性別が変わると形状が変わるから“お花の摘み方”から何から全部違ってくるから……。


 変わった僕を見て、友はどう思うだろうか。


 あの夜と同じく受け止めてくれるだろうか。それとも……ん、だめだな、こんな甘えた考えでは。僕は彼を守ると、彼の友人であると決めたのに。


 僕も努力すればいい。彼の友人であるために。彼と一緒にいるために。


 なら、この奇妙な体だってアドバンテージになるかもしれないじゃないか。


 父母は時折、荘の中での男女関係に首を傾げていたもの。男だから、女だからと、明確に別れてしまっているからヒト種の男女はくっつき合って、それでまた啀み合うんだと。互いに男と女を経験してないから、きっとああやって啀み合ってしまうんだろうと。


 僕は中性人、どっちでもいられる。だからきっと、次は男性になるんだからエーリヒのことを今よりも理解できるはず。そして、女性になら言えること、男性になら言えること、そのどちらも僕は受け止めてあげられるんだ。


 僕は、きっと彼の一番の“ともだち”になれるはず。


 こう考えると、僕の体も悪くない気がしてきたな。吟遊詩人が唄うようなとらわれのお姫様にはなれないさ。剣を携えた凛々しい勇者になんてほど遠い。だけど、物語はその二人っきりじゃなりたたないのさ。橋を渡す魔法使いも、つかれた勇者を癒やす酒保の女も、折れかけた心を支える友人なんかがいて、ようやく彼の剣は邪竜の逆鱗を穿つのだから。


 僕はお姫様にも勇者にもなれないけれど、彼がそれをやってくれたら満足だ。


 まぁ、普段の“遊び”を加味しても、流石にクサすぎて口になんてできないけどね。僕の剣士様なんてとてもとても。


 ああ、いい時間みたいだな、窓の外が白んできた。勝手に起き出して怒られるかもしれないけど……。


 そろそろお花を摘んどかないとね…………。












【Tips】種族間における恋愛、結婚、貞節観念においては大きな隔たりがあるため、当然の営みにおいても他種からすれば「なにやってんだアイツら」と首を傾げられることも珍しくない。多種族国家である三重帝国においては特に。 

繁忙期明けとは何だったのか、という忙しさで中々に難しいところがございます。

関わる案件案件が悉く地雷で、私の力が及ばぬ所――有り体に言って関係無いところ――で不備が起こり奔走するばかり。23時に物件から見上げた夜景が綺麗で「おそらきれい」と呟いて、隣にいた業者に心配されたりもしました。


とはいえ頑張っておりますので今暫しお時間をいただきたく存じます。

次回からお楽しみ、報酬や成長のお話になってまいります。

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― 新着の感想 ―
[一言] この枯れ木ジジイ、出立前には「稀に熊が出る程度」って言ってたくせに帰ってきてから「商隊が行方不明になる」だの「森から狩人が帰ってこない」だの情報後出しにしくさってからに
[一言] お花の摘み方について詳しい描写を'-')
[一言] 今更ながら物件どうのこうので3月繁忙期って、作者不動産関係か? 今はどうか分からんですが、ご無理はなさらず
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