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少年期 一三才の秋 十三

 セットアップに長々とお経みたいに山ほどのスキルを唱えて敵を斃すのは実に楽しい。


 やられる側に回ると最悪だが。


 TRPGにはセットアップ、いわゆる準備タイミングがあり全員が動き出す前になにがしかの準備動作をする。事前に軽いバフを撒いたり簡単な移動をさせたりできるのだが、――たまに凄い勢いで殴りかかることもあるが――難しいことをすると凄まじく時間がかかる。


 だが、結果だけを表すと実にシンプルだろう。


 こちらが不利になり、敵に有利な状態でクライマックス戦闘が始まるというだけの話だ。


 剣を構える間もなく、軽いめまいに襲われた。同時に空間がぐにゃりと歪んだかと思えば、二列縦隊を作っていた六体の動死体があっと言う間に陣形を組んでいたではないか。


 セットアップに移動させたり、有利な陣形をとらせたりするスキルは数多のシステムに存在すれど……ちょっと大人げなくないか君ら。縦に長い部屋で二体の軽装の動死体が前衛に立ち、その後背に重装の剣士が突撃態勢で控え……。


 「なっ、なんでうしろに!?」


 更に後方に、包囲するように二体の動死体が転移してくるとか、どう考えたってやり過ぎであろうに。


 「ミカ、受け身は自分でとってくれ!」


 「えっ……うあっ!?」


 私は咄嗟に<手>を練り上げて友の襟首をひっつかみ、左方へと放り投げた。このまま包囲されて四方から突っ掛かられるより、分散したほうがまだ対処もし易いと思ったからだ。


 ミカは建材を流用した障壁を立てることもできるが、所詮は木材であり体重の乗った剣戟を何度も防げるほどではない。それならば、乱戦エリアから一回離れて貰って攻撃対象から外れた方が安全だろう。


 それに、どうやら彼等は私と切り結ぶのがお望みと見える。


 「ごぼっ、ごぼぼ……」


 死んで日が浅いのか、腐敗が弱く見た目だけなら十分に美人だと思える軽装の動死体が駆け込んでくる。口から腐敗して黒く淀んだ血を吐き出しながら、低い姿勢で一対の短刀を構えて走る姿は凄まじいホラーである。五体がきっちり揃っているのは、細い首に穿たれた大きな疵痕が死因だからであろうか。


 鋭く速い突きだった。踏み込みと同時に体を大きく開くことで、腕だけではなく胸から上体全てを使い、得物の短さからは信じられないほど長いリーチの刺突。これならば、短刀の短さは問題になるまい。手に入りやすく、扱いに容易い武器を十全に生かした扱いは正しく達人の域にある。


 同時、その死体の背を踏み越えて一体の矮人(フローレシエンス)が飛び上がった。半ば白骨化した彼は更なる軽量化のおかげか――流石に不謹慎かもしれない――羽のような軽さで舞い、鎌のような曲剣を器用に担ぎながら上段を狙ってくるではないか。


 背後からは具足が擦れる音がする。空間を歪めて回り込まされた二体の動死体が、手槍と両手剣を構えながら突進してきているのだろう。非力でインファイトに弱いミカに的がそれなくてよかった。


 かなりキツイ状況ではある。手練れが四体、四方を包囲、そして体力は枯渇気味と。まぁ状況だけみれば詰みか、その一歩手前という具合だろう。


 が、あれだな、ちょっと舐められてるのかね私は。


 「出し惜しみはなしで行くか!」


 相手がセットアップにお経を唱えるなら、私はメジャーとマイナーどっちでもお経を唱えるだけである。


 <雷光反射>と<観見>があれば、どの一撃が最も早く届き、致命的かを判断するのは容易い。その上、私には常人の四倍もの“手”があるのだ。完全に数で押し包まれれば泣きながら死ぬしかないが……。


 こんなまっとうな剣士としての戦い、むしろ全力を出して下さいと言われているようなものじゃないか。


 「ごぼぼ……」


 私は手始めに斬りかかってきた女性の動死体、その膝を<見えざる手>で強くおし、頭を強引に押さえつけることで地面にたたき伏せる。この手はヒトの五体をばらせるほどの出力はなくとも、突き込むため前傾姿勢になっていた体勢を崩すくらいわけはない。


 「ごぎっ!?」


 突進の勢いのままに床と熱烈な接吻をカマした死体の悲鳴が聞こえる。勢いに負け、もげかかっていた首が殆ど皮だけで繋がっている様になっていた。僥倖ではあるが、首がもげたくらいだと軽傷といえるので、追って始末せねば。


 次いで、地面から“手”を伸ばして足場とし、飛び上がって斬りかかってきた矮人を迎撃する。


 素直に受け止めれば弧を描く刃に首か手首を狩られてしまうので、剣戟を左の短刀で払い退け、送り狼を手放して無手となった右手で殆ど骨だけになった喉首をひっ捕まえる。互いに前進しながらぶつかり合う衝撃だけで、乾燥して脆くなった頸椎が面白い音を立てたが無視。足場にしていた“手”を消し、更に虚空に“手”を出して第二の足場を形成しくるりと反転、矮人の死体が突き刺さるように槍兵の構える手槍へと放り投げてやった。


 「大当たりっと!」


 目論み通りに投げつけた矮人の動死体は手槍に突き刺さり、如何に軽いとはいえ人一人の重量に負けて穂先が大きく下がる。矮人が反射的に藻掻くせいで、槍兵も上手く穂先を抜くことができずどんどんと突き刺さってしまっているようだ。いいぞもっとやれ。


 そして“手”を消して踵から着地。全体重を乗せ、潰れた蛙のように突っ伏していた女性の腰を狙っての着地は見事に成功した。乾いた骨がへし折れる多重奏が響き、硬い物を踏みつぶす感覚が足裏で心地良い。動作の起点である腰を潰したから、これでこの動死体は暫く放っておいて大丈夫だろう。


 「たて、よこ、じゅう、おう、組み合わせ……」


 咳き込みながらの口語詠唱が聞こえてくる。ちょっと強引に投げたため、背中をやってしまったのだろうか。悪いことをしてしまったが、謝るのは後だ。挟撃に失敗したと悟った重装の動死体二つも動き始めたから、さっさと他も掃除しなければ。


 “手”を操り矮人を放り投げるために空中で手放し、そのまま固定させていた送り狼を再び右手に戻し、二度下方へ振るい倒れた女性の指を切断。未練がましく短刀を握っていた指が芋虫のように落ち、私にサイドアームを提供してくれる。


 「鋼の茨は拒絶の印、ここから先がこっちがわ、ここから向こうがあっちがわ」


 歌うような詠唱を聴きつつ、私は毎度の如く<見えざる手>を練って短刀を取り上げた。これで私は三刀流……いや、左手の妖精のナイフも含めて四刀流か。あれ、なんでか知らんが急に弱くなった気がする。


 錯覚はさておき、唯一対処されずまともに斬りかかってきた両手剣の動死体と切り結ぶ。同士討ちを嫌ってか、腰だめの刺突を繰り出していた彼の一撃を剣の腹で優しく受け止め、そのまま剣の腹が滑ってつばぜり合いに持ち込んだ。


 「ぐっ……」


 なんて馬鹿力だ。噛み合った剣が軋み、刃が潰れそうな圧がある。骨が撓み、肉が負荷の大きさに苦痛というクレームを投げつけてくるが、相手はこれを無視できるのだから実に狡い話だな。


 とはいえ、別に力比べをやろうという訳ではない。こんな馬鹿力、どうやって平均よりちょっと上程度の、しかも小柄な私に圧倒しろというのか。


 もっと賢くやればいい。なんといったって、私は尋常の剣士ではないのだから。


 鈍い音がした。刃を鈍らせながらも鎧下と薄い帷子を短刀が貫いた音だ。見るまでもなく、私が操った短刀二本がそれぞれ左脇と右膝に突き立った音である。


 さしもの剛力を誇る動死体であれ、肉体を動かす軸たる筋が断たれればどうしようもない。剣に篭められた凄まじい力が薄れた……。


 かと思えば、対手は自身の剣に体を預け全体重でのし掛かってきたではないか。腕と片足が潰れたとみるや、自分諸共に敵を潰しにかかる闘志の激しさ。本当に死体かお前!


 このまま成人男性の体重と具足の重みで押し潰されてはたまらないので、無理に踏みとどまろうとするのではなく半身になって回転し、よろけながら死体を受け流してなんとか窮地を脱し……。


 いってぇ!?


 窮地を脱したかと思えば、次の瞬間背中に凄まじい衝撃と痛みが走った。


 刺すような痛みは、きっと槍の穂先が突き刺さったせいだろう。殆ど鎧下と帷子で止まっているが十分痛い。その上、この衝撃は……。


 「がち……がち……」


 野郎、矮人の動死体が突き刺さったまま突き込んで来やがった!?


 強引に可動域外に動かした手で襟を捕まれ、槍が抜かれるのに従って解放された矮人の動死体が背中にしがみついてくる。小さな手が首元を這い回り、噛み付く隙間をあけようとしているのが分かった。ゾンビ映画の登場人物ってこんな感じか。


 「んの……なめんな!!」


 「ぼくらはこっち! きみらはあっち! 柵を越えることなかれ!」


 私が怒号を上げるのと同時、ミカの詠唱式が完成した。歌うような調子で紡がれる詠唱は、まるでマザーグースのようだ。こんなおどろおどろしい空間には酷く不釣り合いだから、今度は明るい広場かどこかで聞かせて貰おう。


 その為には、人の背中にただ乗りしでかしてくれるヤツをなんとかせねばな。


 私は全力で後退し、手近な壁と自分の体で矮人をサンドする。矮人は成体でも体高は1m程の小柄にして軽量な種族であり、構造的に骨が脆い。そして動死体は膂力が強化されるとはいえ――原理はまるで謎だが――骨密度まで上がるわけではない。つまり、この半ば白骨化した矮人は矮人相応に、むしろそれ以上に脆いのだ。


 帷子と筋肉、そして壁で挟んでやるだけでも十分な打撃を与えられるくらいに。


 背中に骨と腐肉が潰れる嫌な感触が伝わってきた。首元を掴まれていた手から力が抜け、腐った血を滴らせながら潰れた肉が剥がれ落ちてゆく。


 それと同時、視界の端っこで柵が立ち上がるのが見えた。鋼の茨、有刺鉄線が絡みついた木の防護柵だ。突撃していた二体の重装死体は柵にぶつかったかと思えば衝撃を殺され、同時に意志を持ったかのような有刺鉄線に絡みつかれはじめたではないか。


 死体の膂力に任せて鉄線を引きちぎろうとしているが、硬いはずの鉄線は糸を紡いでいるかの如く伸びて更に絡まって行く。次第に絡みつく鉄線が伸びて増え、瞬く間に金属の繭玉に動死体が作り替えられた。篭められた魔力が尽き、上書きされた法則が元に戻るまで身動き一つ取れまい。


 「……こわっ」


 我が友ながらなんて悪辣な術式を練りやがる。全ての前衛にとっての悪夢のような光景だ。魔法抵抗に失敗したら死ぬとか何考えて作ったんだアレ。


 あそこまで綺麗に練り固められるのは、世界に存在していること自体が不自然であるが故に魔法が通りやすい動死体だからだとして……我が身に置き換えれば、仮に魔法抵抗に成功して効果が落ちていても怖気が走る。デスゲーム系のホラー映画でこんなのを見た気がする。


 戦慄していれば、ごとりと重い物が落ちる音。見れば、友が昏倒し床に頭を落としていた。


 「ミカっ!?」


 返事はない。斬りかかる剣士の動死体をいなしていると、横臥した彼は辛そうに瞑目しながらも健在であると示すようにひらひら手を振っている。魔力の使いすぎで訪れる、きっつい頭痛に襲われているのだろう。


 私もなったことがある。一度、どの程度の魔力枯渇でパフォーマンスが落ちるのか確認するため、アグリッピナ氏監修の下で無茶してみたことがあったのだ。体感で半分ほどに至れば偏頭痛に悩まされ、四分の一を割れば重篤な頭痛が。ここでストップがかかったのだが、体感で言えば六分の一ほどまで使えば昏倒するだろう。


 魔力を使い切れば死に至る性質は、体を流れる血液によく似ていた。容量全部流して平気という訳ではない。魔導師や魔法使いは、命を絞って戦っているのだ。


 何だかこういうと麻雀みたいだな、などと的外れな考えを繰りつつ、私は手近に転がっていた矮人の亡骸が使っていた曲剣を蹴り上げて唯一残った動死体にぶつけ、反射的にそれを切り払って出来た隙を突いて手首を叩き落とした。


 確かに彼等は強い。だが、こうやって反射で“生きた剣士”のように動くのも考え物だった。ダメージ度外視、殺せたらどうなってもいいという覚悟で剣を受け止めながら来られたら、私はもっと苦戦していただろうに。


 武器を喪い、孤立無援の動死体を解体するのは、射落とした鳥を解体するのと同じくらい気楽であった。抵抗してこないという点において、両者はとてもよく似ている。いや、正確には“させなかった”と言うべきかもしれないが。


 「さて……メインディッシュか」


 絡みついた死血を切り払えば、まだまだやれるとばかりに頼もしく送り狼が煌めいた。


 私の言葉に反応してか、今まで戦いを見守っていた最奥の死者が悠然と立ち上がった。抱きしめていた剣を担い、その長さに相応しいであろう重量を全く感じさせぬ速度で振るえば、大気が死んだような音を立てる。


 あまりの速度に風が吹き荒れるのではなく、鋭利すぎる一撃に虚空すら断たれて凪いでいるのだ。


 うーん……ちょっと待ってくれ、あれ私より強くね?


 脂を帯びた冷たく嫌な汗が額から滲む。ただの二振り、ウォーミングアップの素振りだけで見て取れるほどの技量。未熟であると自覚はしているが、相手の力量を見極められる程度に目は肥えていると自負している。


 そんな私をして、あれは強い。ランベルト氏と同格……いや、どうだろう? あの御仁も大概ぶっ壊れていたが、こうも絶望的な感じだっただろうか。少なくとも純粋な剣の腕で歯も立たないほどではなかったが……。


 感じる圧力と威圧感に心が折れそうになるが、歯を食いしばり、父から譲られた剣の柄をしっかり握ることで心を奮い立たせた。


 レベル調整、バランス調整、悪意点もへったくれもないクソ地獄の迷宮、その最奥でぶっ壊れたエネミーが生えてきた所で何だ。10代前半の見習PC二人が放り込まれるダンジョンでないことは承知の上だろう。心なんぞとっくに折れてるが、折れてようが無理矢理掴んで鈍器に仕立て上げることはできるのだ。


 最後の亡骸の揺るぎなき歩みには明確な意志の色が見える。堂々たる歩調で近づきながら、彼は払った剣を額に押し頂く。祈るように、哀れむように、慰めるように。


 ……上等。


 「っしゃぁ、こいやおらぁぁぁ!!」


 難易度調整を間違え、あるいは悪意でぶっ殺しにくるGMなんて比喩でも何でもなく友達みたいなもんだ。それならば、いつも通り罵声と殺意を込めてサイコロを転がしてやろうじゃないか。


 なぁに簡単簡単、いつだっていうじゃないか。


 クリりゃいいんだよクリりゃ。私は裂帛の気合いと共に全力で己というキャラクターを稼働させる態勢に入った…………。












【Tips】クリティカル。絶対成功。システムの判定における奇跡。2D6であれば12が、1D100であれば1~5が。低い確率で奇跡を起こす出目さえでれば、針の穴に駱駝を通すことさえ能う。ひいては、それを祈らねば当たらぬ確率で引き合いに出される。

今回は然程お待たせしないで済んでよかったです。感想とTwitterでのフォロー、大変励みになり折れつつあったメンタルが回復する心地でした。


次回も未定ではありますが、今週末にはなんとかと思っております。

またTwitterで次回予定を呟くと思いますので、何卒よろしくお願いします。

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ゲーム脳にならなきゃ心が折れるからな…… 死を目の前に格上と戦うとか尋常な心持ちでは挑めないだろ
そっかー。生前の経験で戦ってるなら、目やら急所狙う攻撃は避けたり弾いたり防いだりするよね。それが食らっても大したことない部位だとしても。 そうなると知性あるまま戦闘経験積んだアンデッドが極悪か? 自…
話と世界観は面白いんだけど主人公がゲーム脳過ぎてついていけなくなってきた
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