表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

43/298

少年期 一二才の盛夏・六

 精神魔法、あるいは感応魔法、という分野の魔法が存在する。


 学術の探究、そして技術の発展においては多少のヤンチャも許容する三重帝国において、数少ない“禁忌”とされる魔法だ。心理という本来不可侵の領域に触れ、記憶という自我を保証するエビデンス(証拠)を改竄せしめる技術は、そんな三重帝国人をして尚も〝触れがたい〟とされている。


 とはいえ、帝国語における“禁忌”とは、得てして「未熟者の使用を禁ずる」や「必要に応じ、相応の倫理観を持つ人間が適切だと判断した時以外の行使を禁ず」というニュアンスで語られる、実行はおろか口にさえしてはならぬといった部類の禁忌ではない。


 あくまで忌まわしいが故に禁ずるも、それを怯えて無視すれば、追いやった忌まわしきナニカに襲われた時に対応できなくなる。それに〝禁忌〟として遠ざけ過ぎれば、人は忘れっぽいので必ず〝禁忌〟の理由を忘却して、無謀にも再度触れかねないため知識は維持され続けねばならない。


 ついでもって、知識を得たら使わないのは勿体ないから、あわよくばいい面だけは使ってやろう。


 そんないいとこ取りが出来れば迷わずやる、おおらかな、悪く言えば無遠慮な国民性が良く表れた観念であった。


 それ故、精神魔法に触れた文書は極端に少なく、私も概略としてヒトの根幹に触れる、最も繊細でもっとも複雑な魔術という知識しか持っていなかったのだが……。


 よもやコスプレの御代として、その深奥に触れることになろうとは思いもしなかった。


 私は今、一つの視界を共有している。形なき精神として、誰かの記憶を見せられているのだろう。


 私が目を借りた“誰か”は、実に絶望的な光景と対面していた。


 荒涼とした平野の一角、ぽつんと放り込まれた異物のような巨岩の上から眺める地平は、黒い何かでびっしりと埋め尽くされていた。


 鼠鬼だ。鼠人が鼠の要素を持つ亜人だとすれば、それは鼠に近しい魔種。魔種の中では小鬼以上に小柄であり、卑にして粗と評される、直立した鼠といった風情の彼等はヒト種以上に脆い種族である。繁殖力以外に秀でた所はなく、人類で最も弱い種族を考える中で単純な個のスペックだけを考慮するなら、中々に良い線をいってしまうほどに弱々しい。


 国を持たず、集団になることはあっても部族を作らず、他国において貴種として迎え入れられることもない彼等は中央大陸において、取るに足らない存在として知られている。


 だが、ここまで群れれば話は違うだろう。ああ、これが噂に聞く魔物の大発生(スタンピード)か。


 繁殖力に優れた一部の魔種は、魔物と化しても繁殖欲求を喪わないと聞く。


 そして、欲求に駆られた彼等は欲望のままに増え続けるのだが、当然ながら産まれてくる子供も生まれながらにして狂した魔物である。あまつさえ、餓えず死なないという魔物が持つ最悪の特性まで引き継いでいるのだ。


 斯様な性質の悪い怪物が、淘汰されず増え続けることが希にある。何かの偶然で入り口にフタがされてしまった場所で、彼等は安全に増え続ける。


 そしてある日、フタに限界が来るか、幸運にも――あるいは不運にも――フタを誰かに開けてもらえた時、彼等は増えすぎた窮屈さと、内に押し込めた欲求に任せて押し進み始める。


 耐え難い飢えを満たし、更なる広い地で繁栄するために。


 これもそんな一幕を切り取ってきたのだろう。


 地平を埋め尽くす数、数、数……計上することが馬鹿らしいこと極まりない鼠の群れ。その対岸とでも言うべき逆の地平より何かが飛来してきた。


 水蒸気の尾を引いて高高度をカッ飛ぶ姿はなんだろうか。一瞬、戦闘機を想起したがスチームパンクが絡まないファンタジーの世界に飛行機は存在しない。だが、あの影は間違いなく空を飛んでいた。


 その黒点から、何かが分かたれる。一回り以上小さなそれは、尾を引く何かに置いて行かれたかと思えば、凄まじい速度で地面に近づいてきた。


 自由落下の加速に従って墜ちるそれは、距離が詰まるにつれて形がしっかりし、何か分かるようになってきた。


 人だ。紛うことなく人であった。


 「ああああああああ!?」


 尾を引くような悲鳴を上げ、落下する男は手足をばたつかせながら必死に何かの術式を行使しているらしく、緩やかに――しかし、無駄な努力としか思えないほどささやかに――減速しつつ、海原が如き鼠鬼の陣に突っ込んだ。


 普通ならば、彼はここでお終いだ。鼠を何匹か巻き添えにし、残念だったね、次は頑張ろうねと新しいキャラ紙をもらって文句を言いながらサイコロを転がす作業が待っている。


 「あんのクソアマ! 本気でやるか!? ざっけんな!!」


 が、どういう訳か、その男は着地点に無残な圧死体を量産しながらも生きていた。ぴんぴんと元気そうに去って行く天空の影へ怒鳴り声を上げ、豪奢な甲冑にへばり付く臓物を引っぺがしたかと思えば、右手を勢いよく振り下ろした。


 そうしたならば、何もなかった掌に一本の長剣が現れたではないか。簡素ながらも膨大な魔力を纏った剣の周囲では大気が凍り付き、断末魔を漏らすように軋みを上げる。


 「帰ったら絶対泣かす!」


 もう一度、大地を割るほどの声量で叫びを上げて、男は黒い魔物の海に突っ込んだ。


 凄まじい戦いっぷりだ。斬る、躱す、受け流す、基本の三動作を延々と繰り返しているだけなのに敵が加速度的に減っていく。そして、偶然完璧な槍衾が構築されたり――あの狂奔度合いからして、連携などとれてはいまい――魔法を操る特異個体が現れる度、男はちっぽけな魔法を行使することで全てを蹴散らしていった。


 一つは激しい発光。指を一つ打ち鳴らすだけのシンプルな動作に合わせ、左手の中指に嵌めた指輪から発される指向性の光が敵の目を焼き、反射で槍衾を乱れさせて彼に斬り込むだけの余裕を与える。


 二つは実にシンプルな障壁。篭めた魔力の強さ分だけ確実に魔法を弾く、捻りも工夫もない障壁は特異個体との間合いを埋める一瞬を作り出し、一刀で敵の首を浅く裂いて絶命させる。


 三つ目は、どうしようもなくなった時の回避手段なのだろう。気合いの声と共に大気をブチ抜く衝撃波が半円形に広がり、陣形を突き崩して体勢を立て直す間を稼ぐ。


 やっているコトはシンプルを通り越して単調でさえあった。剣を振るい、魔法を使い、敵を殺す。基本の動作と魔法の発動を“完璧に”成功させ続けるだけで、敵が死んでいくのだ。


 彼は完璧に使いこなしている。己を、己が扱う魔法を戦うという行為に最適化させているのだ。


 所詮、人間が同時に発動させられる魔法など高が知れている。千の魔法を知ろうと、万の術式に精通しようと、億の深奥に達せようとも真の意味で同時に発動できる魔法は一つに過ぎない。


 ならば、その一瞬一瞬に最適な魔法を必要なだけ叩き付け、効率的に余分を出すことなく殺していくということこそが、本質的な意味で“魔導師として戦う”ことなのだろう。


 彼は何刻ほど戦い続けただろうか。屠った屍が絨毯の如く敷き詰められ、臓腑が海のようにのたうち、その合間を大海と化した血潮が埋める。凄惨な光景を生み出した弧剣の魔導師は、賦活呪文を己にかけて萎えかけた体を立ち上がらせた。


 対する敵は雲霞の如く、未だ絶えることを知らぬとばかりに立ちはだかる。狂った魔物の本能に従い、どれだけの同胞を喪っても引くことはしなかった。


 返り血だけで瀕死の怪我人と見まごうばかりの朱に染まった魔導師は、口の中に溜まった血を気持ち悪そうに吐き出して剣を担いだ。そして、剣がほの白く発光し、悲鳴を上げるような震えを帯び始める。紛れもなく、雑魚をまとめて吹き飛ばす大技の予備動作。


 そんな時、遠方より三つの煙が立ち上った。


 同時に甲高く空気を裂く音は、軍勢の到来を報せる鏑矢の絶叫。高く高く打ち上げられた鏑矢には煙を発する魔法が付与されていたのか、天高く飛びながら等間隔に三つの赤い煙を天に敷く。


 馬蹄の響きを伴って、魔物の群れと比べれば悲しくなるほどの寡兵が地平より姿を現す。されども、絢爛な鎧と騎馬で身を飾った彼等は、騎士とその配下たる騎手ばかりなのだろう。全員が一分の隙もなく武装し、実に高い士気を誇っていることが分かった。


 「なんでぇ、折角置いてきたのに馬鹿共が……無駄に命を危険に晒す必要もあるまいに」


 騎兵の到来に男は皮肉気に顔を歪めた。ああ、彼は実に美しい男性だった。男の私をして見惚れる彼は、年の頃一五から六といったところか。しかしながら、未だ幼さを残す顔の中で妙に毅い瞳だけが爛々と輝いているせいで、全く印象が定まらない。


 無垢な子供のようであり、研ぎ澄まされた大人のようであり……。


 彼は腰をまさぐると、折り畳まれた一つの布を取り出した。そして、近くに転がっていた素槍を取り上げれば、その先端に無理矢理括り付けて広げて見せたが……。


 「ありゃ?」


 全身が血まみれになるほどの戦いの中で、ポーチの中身も無事で済む筈がなかった。元は豪奢な刺繍で彩られていた形跡の残る布は、染み込んだ血で真っ黒に染まり、元の図案が影さえもつかめない。


 「あっちゃー……これじゃ何も分からんな。ああ、いや、もういいや、これが俺ん旗ってことにしとくか」


 困ったように顔を顰めて、血で台無しになった旗を眺めていた彼は良いことを思いついたとばかりに言って笑い、旗を天に突き上げた。


 「どうせ、何度も血にまみれんだ。それなら何度も作り直すのも不経済だし、返り血で黒くなった旗こそが俺に似合いだわな」


 唸りを上げ続ける剣は次第に光をましてゆき、ついには視界を塗りつぶすほどに達したそれが剣へと収束せんとした瞬間……私の意識は、首根っこを引っ張られるような唐突さで現実世界へと引き戻された…………。








【Tips】大暴走(スタンピード)。幾つかの悪条件が重なって発生する最悪の災害。雲霞の如き魔物が大地を貪り尽くし、荘も町も呑み込んで、国が滅ぶ遠因、それどころか直接的に滅ぶ原因にもなり得る。












 “少しだけの講義”は実に印象深く、半ば回答を得たに等しい経験であった。


 あの美しい男の戦い方は、一つの完成形だ。極論、全ての行為判定に成功し続ければ負けることはない。そして、面倒になったら雑魚を散らせるだけの大技を一つ抱え、後はボスとの――いるならば――一騎打ちに持ち込んで殴り殺す。個として完成したマンチビルドのお手本みたいな男であった。


 実に無駄がない。スキルを最小限に留めるということは、補助特性に全部を贅沢にブッ込める訳だから、あとは実数をガン上げして「は? サイコロ? なにそれ」とピンゾロさえ振らなければ何とかなるという構築は運に薄い私にはドストライクである。


 それを勘案し、私に足りない物は障壁と雑魚散らしであり、ひとまずの完成はそれを得た時だと分かった。ならば、今の経験点を使って頭の良い出来上がった構築を見出し、そこからじっくり高みに登り詰めていけばいいだろう。


 あの後、記憶の出所については質問禁止、という一言を受けてから、実用的ながらシンプルな魔法を教えていただいた。魔力を込めるだけで――燃費はアドオンなりで改善する必要がある――出力の増す障壁やシングルアクションで強い発光を引き起こす魔法は、今の私と相性も悪くない。


 後は既にある強みと絡めることで……。


 「ん? なんだ?」


 帰り道、興奮を抑えて歩き、後は寝床に入って妄想もとい構想を練ろうとしていた所、<気配探知>に引っかかる弱い感覚。目の前に興味を惹くが如くひらひらと舞い降りた真っ白な蝶は、紙で折られた例の蝶だ。


 導くでもなく、ただ私の前をひらひら飛ぶ姿に手を伸ばせば、それは月明かりの下に開く花のように元の紙へと回帰する。


 何の変哲もない紙には、幾つかの術式が書き付けてあった。シンプルで必要最低限の内容が描いてあるそれは、私のクライアントの筆跡。


 急に何を思って送りつけてきたのだろう。魔晶の街灯が淡い光を投げかける方へ向かい、私と同じく帰路に就く群衆の邪魔にならない位置へと陣取りざっと目を通す。


 基礎理論、術式構築、魔法の骨子たる援用する、あるいはねじ曲げる世界の法則の数々と、それらを騙すための効率が良い形式。


 何というか、実にとっちらかった書き方をしたメモだな。知識があっても真面目に考えないと読み解けないように書かれているが、間違いなくコイツは魔法のレシピだ。ただ、この適当具合は、いわば説明書なしにプラモデルのランナーをぶちまけるようなものだ。


 一体何ができて、どう組み上がるかは読み込んで考えないと分からない。


 えーと……ん?


 あー、いや、ここの理論軸はコレか。本題のように書いてるのが横筋で、しかしその横筋が分かってないと本旨には触れられないけど、逆にそっちばかり見てたら永遠に正解に辿り着かないとかどんだけ性根が曲がってんだ。


 おん? えー、ということは、こいつはつまり……。


 二秒後、私は自制が利かずに「何てモン送りつけてきやがる!」と往来にも関わらず大声を上げ、奇妙な格好で興味を引いてしまったという事実から顔を真っ赤にして逃げ出すのであった…………。








【Tips】余程の理由がなければやってはならない、ということは、「きっと面白そうだと思ったから」とか「可愛い子に好かれたかったから」みたいな頭の悪い理由で絶対にやるなという意味であり、そこをはき違える人間は決して熟達した大人とは呼ばれない。

何やら書きたいことが増えて大変なことになってきた。

もっとシンプルかつスマートに話を進めたくもあるのですが、悩ましい。


それと、今少しプロットを触り、書きためた文章を調整しようかと考えております。

一人で考えて作った物ですが、感想やご意見をいただいて他らしい知見を得た結果、ここ変えた方がいいかもしれんな、という部分がぼちぼち出てきたからです。

すでに書いた部分を触ることはありませんので――混乱させてしまいますので――ご安心ください。


次回は2019/2/22の19;00頃を予定しております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=219242288&s
― 新着の感想 ―
スタンピード対策するなら飛行機作って見えざる手でプロペラ回して爆撃した方が良い気がする。
[気になる点] これ、未来のエーリヒ君だったりしない……?
[一言] 帝国の初代皇帝とかその手の人物かな
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ