少年期 一二才の盛夏・三
前話の後書きでお報せした通り、予約投稿を失敗しておりました。
深く謝罪すると共に、今後同じ事がないよう気を付けます。
昼食の後、もう一仕事してから遅くなる前に帰参と相成った。今度は私が調子に乗らないよう、ミカにカストルの手綱を預けての相乗行だ。彼の腰に手をかけるのは、行きの事もあって少しドキッとするのだが、よくある「お前女だったのか!?」みたいな展開はなかった。
腰のくびれとか、腰骨の形がマルギットに触れた時とは大分違ったからだ。女性であるなら、この辺はボーイッシュであろうと誤魔化しようがない。私が一生懸命女装しても、首や膝頭、手首の形を見られたら一発でバレてしまうのと同じように。
「そういえばエーリヒ、君、髪を伸ばすのかい?」
一安心しつつ夏になると汗が大変だと話していると、彼は汗で張り付く私の半端に伸びた髪へ言及した。
ああ、妖精のご機嫌取りも兼ねて伸ばし始めて以来、鬱陶しいのを我慢しながら継続中だ。ただ、私自身のせいなのか、妖精が何か梃子入れしているのか伸びる速度が結構早く、荘を離れた頃には短かった襟足が背中に達しつつあった。
……エロいヤツほど髪が伸びると聞いたが、違うと思いたいな。拗らせてエロありのテキストセッションとかしたことないし。嘘じゃないぞ。
「まぁね、魔法的にも髪は意味があるんだろう?」
「そうだね。触媒としても、魔種の魔晶に次ぐ魔力の貯蓄器官としても優秀だよ。男性のは微妙らしいが、女性が皆長い髪を誇るのはそれが理由さ」
なるほど、言われてみれば私が知るぶっ壊れ共は、みんな髪を伸ばしているな。アグリッピナ氏の髪は魔法を使わないと手入れが死ぬほど面倒だろうし、ライゼニッツ卿は死霊だが、生前の姿を映すとする姿の髪は腰元より尚長い美事なブルネットだった。
なれば、私もあそこまでやらないといけないのか? それはちょっと面倒だな。“手”のおかげで編み上げるのは何とかなりそうだが、風呂で盛大に持て余すぞ。なすがままに湯へ漬けておく訳にもいかないし、かといって束ねたら頭が重そうだった。
「何処まで伸ばす予定かな?」
「……ま、上限で背中の半ばまでにしようかと」
「それはいい、君の髪は奇麗だ。きっと映える。今日の汗を掻いた君は、中々に様になっていたからね」
……大変余計な世話やもしれぬが、この子の将来が心配になってきたぞ。私を褒めてどうしたいんだね君は。しかもそんな一瞬ドキッとくるフレーズを使って。もうこれ、私が女の子ならヒロインルート一直線ではなかろうか。怖いなぁ……。
これだからイケメンは狡いのだ。本当に。
「君の髪も中々だと思うけどね。こうも艶やかな黒髪には中々お目にかかれない。一体どんな手入れをしているのやら」
「普通に風呂で洗うだけさ。髪油は高価だから手は出せないし、少しだけ石鹸を背伸びしているけどね。君こそどうしてるんだい?」
「え? 普通に公衆浴場で洗って自然乾燥だが」
「……それ、絶対にご婦人の前で口にするなよ」
妙に迫真の声で言われて、ふと思い出す。彼と公衆浴場に行った事がないなと。
帝都には何と公衆浴場が七軒もあるのだ! 内、恩賜の無料開放浴場が二軒あり、安価に風呂に入れるとあって大変有り難い環境である。また、五アス払えば少しゆったり入れる浴場もあるし、奮発して二〇アス出したなら、変わった浴槽が多々備えられた浴場を心ゆくまで堪能できるのだから、風呂好きとしては堪らない都市であった。
あとの三軒は富裕層向けだから、縁遠いので近寄ったこともないが。二軒は公衆浴場というよりも高級なスパという風情で、入るだけで大判銀貨が必要になるお大尽仕様だから将来的に成功したら絶対に行こう。最後の一軒はちょっと特殊なので、まだ近寄らない方がいいのだろうけど……そっちも“一切の”興味がないと言えば嘘になるんだよなぁ。
「なぁ、ミカ、帰ったら風呂に行かないか? 汗も掻いたし、魔法だけで綺麗にしても味気ないだろう?」
「えっ? あっ、風呂か……すまない、ちょっと僕は風呂に連れ立っていくというのがどうにも苦手でね」
折角思いついたこともあり、裸の付き合いに誘ってみたが、残念ながら答えはNOだった。風呂に入る時は誰にも干渉されず、のんびり足を伸ばして瞑想する心地で浸かりたいと彼は言う。孤独に美食を楽しむオッサンがいるのなら、孤独に温泉を堪能する美少年がいても不思議ではないか。
ふむ、それはそれで気持ちよさそうだし、個人の趣向を邪魔するべきではないな。一緒に行って別々に入り、出るまで言葉も交わさないというのも何の為に行ったんだという話になりそうだ。
無理に押しても仕方がないので、その話は終わりとし、速歩の練習がてらカストルを駆けさせて私達は帰路を辿る。中天から傾きつつあった太陽を追い、やがて背に負うようになる頃に蹄は町の敷石を踏みしめていた。
思う存分走って満足したカストルを厩に帰し、荷を持って受付に赴けば、そこは私達のように依頼を受けた聴講生達で賑わっている。
「ああ、盛況だな。さて、私達のこれはどう役立てられるのやら」
「そうだね、是非とも魔導の深奥を叩くことに役立ててもらいたいものだ。新しい知見を得るためではなくね」
冗談を交わしつつ列に並び、受付に依頼票と目的物を渡すと笑顔で受け取ってくれた上、一人一個ずつ飴をいただいてしまった。蜂蜜を溶かし込んだそれは、受付職必須の喉を労る装備なのだろう。
甘い蜂蜜の味は、汗を掻いて疲れた体に染みるような心地であった。
さて、依頼は基本的に受付で受理され、受付によって評価が下され、そして受付から金が支払われる。
これは上級生にあたる長く魔導院にいる聴講生が、新入の聴講生を体よくパシリにするのを防ぐための措置だそうだ。というのも、昔実際にあって結構揉め、結果学閥の長同士による決闘一歩手前の事態に過熱して、最終的には皇帝が出てくる大騒ぎに発展したという。子供の喧嘩から頭同士での殺し合いに発展するとか、お前らは鎌倉の武士かと。
所詮人類はどうあっても野蛮なんやな、と思い知らさせるエピソードは兎も角、裁定と支払いは明日以降になるということで整理の割り符を受け取る。カラコロと飴を舐めながら、私達は受付に礼を言ってその場を辞した。
「さてと、じゃあ私は夜のお勤めの前に風呂に行ってこよう」
「そうかい。僕は今日教えて貰ったことを纏めたいから、書架に行くよ。また会おう」
そして私は風呂に、ミカは勉強にということで魔導院の前で別れた。夏の長い日のせいで実感し辛いが、時刻は既に夕刻。お勤めの前に身綺麗にしておくのは、マナー云々以前にヒトとしてどうかの領域だ。
それに二週間もここで暮らせば、少しずつアグリッピナ氏の仰る“見栄の都の見栄の城”という言葉が分かるようになってくるもの。それならば、この都市の意味に合わせる重要性と必要性が分からないほど私は阿呆ではないし、厭世的でもないつもりである。
家からタオルや桶に垢すり――金属の棒みたいので、体を擦るのだ――を持って恩賜浴場に向かえば、この都市が何の為に造営されたのかよく分かる。
基本的に綺麗すぎるのだ。
たしかに今まで立ち寄った中から小規模の都市も綺麗だった。三重帝国では下水と上水インフラをきっちり整備することを国法で定めており、どの都市にも上下水は勿論、くみ取り式だがきちんと公営の屎尿集積人が管理する公衆便所があるなど、私が想像していた中世暗黒期のヨーロッパとはほど遠い有り様である。
しかし、それでも帝都と比べれば幾段落ちるものだ。帝都ほどそこらに水飲み場や井戸がある訳ではなく、皇帝恩賜の無料浴場などあっても人口二万以上の都市になってからなので、風呂代をケチって結構な臭いを漂わせる住民もままいる。
だが、帝都にはそれがないのだ。街路の清掃を専門とする魔導師を用意し、更に二軒もの恩賜浴場を用意して風呂に入らないヤツは帝都市民として相応しくない、という気風を作るのは偏に見栄以外のなにものでもあるまい。
ここは、外交用の都市だとアグリッピナ氏は仰った。ならば、外交における武器である見栄を張るのは至極当然の流れであろう。贅沢をする余裕があるというのは、国力をひけらかすのに一番の手段なのだから。
魔導区画にほど近い、労働者向けの下町に位置する公衆浴場は勤め人が仕事を終える前ということもあって空いていた。これがあと少ししたら、人でごった返して入場制限がかかるほどだから、丁度良いタイミングだったようだ。夏の市民プールみたいな芋洗い状態で湯に浸かっても、癒えるものも癒えまいて。
番台で市民証となる割り符を見せ――割り符だらけで懐がじゃらつくのが、この都市の欠点だな――ロッカーの鍵を受け取った。基本的に無料の浴場なので、貴重品は手前で管理しろというスタンスなのだ。
行為判定を試みれば容易く壊れそうな鍵のロッカーに荷をしまい、手早く服を脱ぎ捨てる。この適当さを見るに、ロッカーの鍵は入湯者の私物を守るよりも、規制人数に達したか否かを数えるためのようにすら思えた。
まぁ、このロッカーをこじ開けたところで、夕飯分の銅貨数枚しか盗れまいて。ここに訪れる客層を鑑みるなら、鉄鎖刑――鎖で手や足を繋がれたまま生活をさせられる、一種の見せしめ刑――を覚悟するほどの価値は全くない。
狭く間口をとられた浴場の入り口を潜れば、そこは湯気に支配された薄暗い空間であった。
恩賜浴場は広大さの割に簡素な作りをしている。高い天井が聳え、その諸所に切られた天窓から未だ元気な夏の光が降り注いでおり、けぶるように湯気の中に明かりを落とす。その下に作られた浴槽の中で思い思いに時間を過ごす人達は、湯の中に疲れや悩みを溶かしているのではと思うほど、思い思いに湯を楽しんでいた。
冷水、温め、熱めのお湯を湛えた三つの浴槽は、荘だとお目にかかれない贅沢品。洗い場で体を軽く流してから、最初に熱めの湯に浸かって体をほぐし、皮膚表面の垢をふやかしにかかった。
「くぅ……あぁ……」
見栄はどうあれ、いい湯であった。我々庶民にとっては、そのおこぼれにあずかれるなら、内実なんて割とどうでもいいことなのだから。
それよりも、昼間からずっと落ち着いて考えたいこともあったのだし。
ぼんやりと湯の温かさに身を任せつつ、脱力すれば体が浮かび上がる。背が高く、湯気でけぶる天井を見やりながら、私は一日の成果を確かめるべくステータスを呼び出した。
「……溜まったなぁ、ほんと」
三ヶ月前、最初の“命がかかった”戦いは、私に望外の熟練度をもたらしていた。本気の稽古がよい経験値を産むなら、己の命を最後の一滴まで絞るような死闘が更なる効率を秘めるのは自明のことであろう。
そして、私が現在ストックしている熟練度は、一つの高み……<優等>に達した<器用>を<寵児>に引っ張り上げる、あるいは<円熟>に達した<戦場刀法>を<達人>に至らせ+アルファを望める程に呻っていた。
最初に確認した時は驚いたものだ。あれほどソシャゲの苦行周回かよと思った必要値が満たされたのだから、思わず寝床から転び落ちかけた。恐らく、初陣であったことと初の命を賭けた戦いにボーナスが入り、神童が毎度のエグい補正をかけてくれたのかもしれない。次以降もこうだろうと楽観できるほど、一度で獲得できる熟練度ではなかったのだ。
以前なら、その二つの選択肢で私は悩んだだろうが……今は、幸いなことにも選択肢が増えている。
一つは、このまま伸ばしていた強みを更に伸ばすこと。
二つ目は、弱点を埋めること。
三つ目は、もっと新しい何かに手を出すこと。
二つ目と三つ目が、明日手に入る。あの手紙を手に入れて以降、ミカと仕事をするのに集中しようとしても、どうしても気になって気になって仕方がなかったのだ。
友達甲斐のないヤツと笑われても仕方がなかろう。しかし、それは予約したゲームのために誘いを断ったことのない者だけが貶すが良かろう。
莫大な経験点を積まれたデータマンチが、心躍って色々と投げ出さないわけがないのだから。
良い具合の湯で血行が強まり、脳の活動が活性化していくのが分かった。
さて、のぼせる限界まで、楽しい楽しい思考に沈むとしよう…………。
そして跳躍、と思いきや……すみません、半端な長さになった為に切ってしまいました。
その上、無様な予約投稿失敗……これがネオ埼玉だったらセプクさせられてました。
ということで、次回で現状のステータスに言及すると共に、第二の成長方針についてのお話が進みます。
次回は明日2019/2/19の19:00頃を予定しております。




