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少年期 一二歳の初夏

 日増しに強まる太陽の存在を見上げれば、夏がゆっくり近づいている気配を感じる。


 今頃、荘の皆は忙しい時期に一段落付いたと羽を伸ばしだし、自警団では訓練の召集が始まっているのだろう。


 皆、息災であればいいのだが。私は帝都が近づきつつある主要街道の上で、青々と澄み渡る空を眺めて皆の無事を祈った。


 三ヶ月かかると言われた帝都ベアーリンへの道程も、雨での足止めや予想外の長期滞在――古本市なんて突発的に開かないで欲しい――で伸びながらもいよいよ佳境だ。


 帝都への道が寝入ったでっかい獣に塞がれている、なんてイベントでもなければ三日ほどで辿り着くであろう。


 実に長く苦しい三ヶ月強であった。もう割と洒落にならんくらい色々あったのだ。


 戦闘用魔法が載った本を貰ってうれしさのあまり調子に乗って前髪を焦がしたり、何かの気まぐれで酒房に繰り出したアグリッピナ氏が絡まれて、チンピラ“を”守るために大立ち回りしたり、朝起きたら髪が小さな三つ編みまみれでドレッドヘアみたいになって解くのに一日潰したり……本当に色々あった。


 あと、一番驚いたイベントといえば……。


 「あにさま、あにさま」


 「なんだいエリザ。御者台は危ないから出ちゃだめって言っただろう?」


 エリザが魔法に目覚めたことだろうか。


 この馬車は現在結構な速度で巡航しており、落ちたら少なくとも単車で事故るのと同程度の危険性はあるだろう。いや、馬蹄や車輪で踏み散らされる危険を考えるとそれ以上か。


 そんな中、普通の七歳児ならドアを開けて御者台まで伝ってくることはまず不可能だ。


 空間を飛び越えてくるか、空でも飛ばない限りは。


 だが、家の妹はどっちもできるようになってしまっていた。


 「おししょがね、きゅけーしていいっていうから」


 ふわりふわりと浮きながら、何を思ったか馬車の車体をブチ抜いて首に絡みついてくるエリザの下半身は、未だ車内に置き去りにされていた。


 これが半妖精の特性、肉体の“相”をどっちつかずにしておくことらしい。


 我が愛しの妹は、先月魔法に目覚めた。というよりも、半妖精としての本分を思いだしたというべきだろうか。私の周囲を妖精がちょろちょろするようになったからか、競うように絡んでくるなと思ったら、ある朝目覚めたら“ベッドの上で寝たまま浮いていた”のである。


 もうびびったね、ほんと。悪魔払い呼んでこなきゃ!? と錯乱して聖堂に駆け込みかけたもの。名作古典映画であっただろ、こういう光景。


 それ以降はずっとこんな感じだ。ふわふわ当て所なく浮き、触れたい物には触れ、通り抜けたい物は通り抜ける。エリザみたいな子が世界中できちんと大人になっていたら、世界中のスパイが競合で失業するな。


 ただ、アグリッピナ氏曰く、エリザはまだ半分目覚めただけの寝ぼけた状態に近く、魔法使いとしての教育が始まったわけではないらしい。これは半妖精としての種族に当然備わった特性であり、我々ヒト種が二本脚で歩き、魚が水を泳ぐのと同じ部類の現象だという。


 つまり、これはまだまだ始まりに過ぎないのだ。実際、この舌っ足らずな可愛らしい発音から分かる通り、未だエリザは宮廷語を習得しきっていない。つまり基礎教育が済んでいないから、魔法の専修的な教育も始められていなかった。今は魔力の暴発を抑えるため、適度に好き勝手ふわふわ浮かせてやり、私が付き添って“瞑想”させて集中力を養うに留まっている。


 エリザもやる気はあるようだし、頑張って成果は出しているが、舌が短いからか上達が遅いのだ。そういえば、私も最初は苦労したな……マルギットに教えて貰って庶民向けの宮廷語を習得したが、要らんアドオンが付いて酷い恥を……うん、やめよう、これも精神衛生によくない。


 ボタン一つで熟練度をぶっ込めば色々覚える私と比較することはあっても、根気よく教えてくれているアグリッピナ氏に感謝しておこう。やる気を買ってくれて、根気よく付き合ってくれる指導者は希少なのだから。


 しかしあの人、一体どんな心変わりがあってこんなに面倒見がよくなったのかね? 色々な厄介ごとに巻き込まれる可能性だってあるし、何よりも最初にあった時は“あんな”調子だったというのに。


 ああ、そういえば魔法に目覚めたが故の厄介ごともあったなぁ。珍しいからと人買いに目ぇ付けられて、激怒した私が殺人犯になりかけたり――マスターが傷口塞いでなかったら私は七人殺していた――妖精が同類だー、お仲間だー、と集って“遊びに”連れてかれかけたりとてんてこ舞いだった。


 今は常に私かお師匠の側にいることと強く言いつけ、知らない人や子に誘われても遊びに行っちゃいけません、その前に許可をとりなさいと約束させたので一段落したが、これからもどんな厄介ごとが飛び込んで来るやら。


 ふと思いついたのだが、帝都の魔導院というところは文字通り魔法要素が強いところなのだろう。


 そして、魔法要素がそこまでない田舎でもエリザは結構絡まれた。


 ならば、メッカに近づけば……?


 嫌な想像に冷や汗を垂らすも、私は「どしたのあにさま?」と可愛らしく首を傾げる妹を見て精神の安定を図るのであった…………。








【Tips】帝都の人口は六万人と日本でいえば地方の小都市規模であるが、ライン三重帝国においては第十位に属する大人口都市である。住人は専ら貴族や行政に関わる人間であるが、その中で魔導師とそれに関連する人口は一割ほどと決して少なくはない。












 巨大な都市を遠方に臨む小高い丘の上で、私は沸き上がる感動に打ち震えていた。


 帝都(ベアーリン)だ。


 中央に聳える帝城のなんと優雅で美しいことか。様式がどうだのと細かいことは分からないが、白亜の壁と数多の尖塔をそびやかす本丸は圧倒的な存在感を放っている。


 威圧的な空気ではない。見る者を魅了する、清廉な、ただただ偉大な物が存在していると心に叩き込んでくる“圧”があるのだ。


 煌びやかに青天を反射する水面に浮かぶその威容は、空を飛んでいるのではないかと錯覚させられるほど。見るだけであそこの主が至尊の存在であると意識せざるを得なかった。


 本丸の四方に作られた中州には各々が小規模な城館ほどもある出城が築かれ、帝城に続く道を堅く守っている。出城の一つ一つが目にうるさくないよう塗り分けられ、存在が一つの美術品の如く纏まった姿のなんと麗しいことか。


 そして、帝城をランドマークとし放射状に一六の大通りが広がる都市は、惚れ惚れするほどの真円を描いていた。大小の通りが蜘蛛の巣のように張り巡らされながら、統一された焼成煉瓦のシックな赤が美しく敷き詰められて都市計画の精緻さを窺わせる。


 方々から立ち上る煙突の煙は、人々の生活の豊かさを示しているのだろう。通りを埋め尽くす人や馬車が行き交う様は、黒い絨毯の如し。


 ファンタジーだ。正しくファンタジーの大都市がそこにあった。


 「うおおお……すごいなこれは……!」


 旅の途上で街へ立ち寄ったことはある。だが、そこは大きくとも精々が人口五千から一万程度のもの。領邦首都ほどの大都市に寄ったことがなく、“こんな物か”という下地があったので感動は一入であった。


 昭和の頃、初めて大都会――岡山に非ず――を見た人間の感動が分かる気がした。


 早くあそこに行きたい、早くあの道を歩いてみたいという熱情がふつふつわき上がってくる。最初はエリザのための帝都行きだったが、今や私自身がそれを楽しめるようになっていた。


 そうだ、こういった興奮が欲しいから、私は冒険者に憧れたのだ。


 『おのぼりさん丸出しねぇ……』


 マスターから投げつけられる、呆れたような思念もそっちのけで私は暫し感動に浸った。だって紛うことなきお上りさんだからな。


 時間があって許されるなら、この感動を形にすべく写生の一つもしたいくらいだ。世の人がスマホで写真をぱしゃぱしゃやるのを冷めた目で見ていた私も、今はあのぴかぴか光る板が手元にない事がよじれるほど悔しい。


 荘のみんなにも見せてやりたいなぁ……。


 「はー……おっきぃ」


 「おっきいなぁ、エリザ! 今日からあそこに住むんだぞ?」


 「ほんと!? あのおっきぃおしろ!?」


 相変わらず襟巻きのように首に絡みつくエリザが、楽しそうに足をぱたつかせた。こらこら、膝が背中にぶつかってる、痛いって。


 「いや、流石にお城は……」


 『魔導院は南の出城よ』


 「えっ!? マ!?」


 マ……? という首を傾げるような思念を受け取りつつ、南の出城を観察する。白い本丸とは逆しまに、黒く塗り込められた城館には謎の威圧感があった。そういえば、他の出城に通じる通路には人通りがあるのに、あそこだけは妙に行き来が少ないと思えば“用事のある人間”が少ないからか!


 凄いな……あそこに行けるのか。


 『南の出城、鴉の巣(クレーエスシャンツェ)と呼ばれているところが魔導院の本館。本館と東西の棟、それに合わせて地下に広大に掘り進んだ広大な書架と研究棟。正しく三重帝国における魔導の中枢よ』


 「ふぉぉぉぉ……」


 あまりにファンタジーらしい単語の連発にテンションが有頂天だ。今まで世知辛い物ばっかり見せられてきたのもあって、感動と感激で色々と頭が変になってきた。是非とも観光し尽くしたいものである。どうせ名所とか博物館とかもダース単位であるんだろ?


 『ま、教育の中枢は別にもあるんだけど……機能中枢は本当にここ。見栄の都に作った見栄の城だから、相応しいっちゃ相応しいんだけど』


 「見栄の都……?」


 『時間があったら教えたげるわ。さ、戻りなさいな、今日には着くって手紙出しちゃったから遅れたら厄介なのよ』


 気になる単語や、もっと幻想的な都市を眺めていたいという欲望に後ろ髪引かれながらもクライアントの指示には従わざるを得ない。


 それにエリザが早く行こうと大変やる気になっていらっしゃるので、背中に攻撃を食らわないで済むようにさっさと御者台に座りたかった。だから痛いからやめなさいって。


 馬車はごとごと丘を下り、南の街道に入った。目的は一六ある大通りから伸びる門の内、南南東の門だ。


 この門は魔導院関係者の優先出入り口で、夜は閉められてしまう東西南北の大門と違って常時出入りが可能だが、専用の割り符がなければ通れない。このように大門以外には関係者のみ使える専用の門として役割が割り振られているらしい。


 また、南東の市壁付近には“魔導区画”なる魔導師の個人工房や聴講生達の住居、そして小講義教室や私塾が集められた専用の区画があるそうだ。


 魔法の行使は時に危険が伴う。それ故、個人的な実験や研究施設は都市中枢から隔離されているのだろう。


 ……まぁ、そこはいい。納得だ。暴発したら何人死ぬか想像も付かん魔法が幾らでもあるからな。誤差だよ誤差。貰った魔導書にも「あの、いいんすかコレ」って真顔で聞きに行った術式が両手足の指で余るくらいあったから。


 主要街道から分岐するように繋がった“鴉門(クレーエストーア)”と呼ばれる南南東の門には、豪奢な板金鎧を纏った衛兵隊が整然と並んでいた。練度が低い田舎町と違い、誰が見るわけでもないのに一糸乱れず並ぶ様には、鍛え上げられた職業軍人のプライドがありありと滲んでいた。


 ただ、それ以上に目を惹くのは……傍らに頭が三つある大型犬を侍らせていることだ。サイズは普通の大型犬程度なのだが、明らかにヤバそうな魔法生物を配備されると威圧感が凄い。


 『びくびくしないの、警戒されるわよ。単なる“三頭(ドライヘッツ)猟犬(ヤークトフント)”じゃない。魔導院が作った魔導生物だけど、忠誠心が高くて優秀だし、命令がなければ子犬みたいなものよ』


 なんてもん作ってやがる魔導院! お前のような子犬がいるか!


 ビクビクしながら近づけば、衛兵は威圧的な外見に反して子供の私にも「割り符を拝見」と紳士的に対応してくれた。そして、予め預かっていた割り符を渡せば、魔法的な判別式が組まれているのか、衛兵が持っていた片割れに添えると青色に光ったではないか。


 よく見れば青い光は文字列を伴い、遠目にアグリッピナ氏の名前や肩書きが見える。あれで都市の入出記録も取っているようだった。


 「たしかに。では帝都をご堪能ください」


 「ありがとうございます」


 チップとか渡さないでいいのかな、と心配しつつも馬車が発車した所をみるに不要だったのだろう。むしろ日本の警察と同じで、そういったのを受け取れないのかもしれなかった。


 『さぁ、華の帝都よ。自称なのが何ともお寒いけど』


 「おおお……!」


 門の向こうもまた美事であった。


 左右に広がる赤煉瓦の建物は、規則的に敷き詰められて一軒たりとも見窄らしく傷んだ物がなく、諸所に架けられた看板のいずれもが洒落たデザインで目に楽しい。


 道行く書生風の人々やローブを纏った厳かな装いの通行人は魔導関係者であろうか。色々な種族が行き交っている所は、何時までもみていられそうだ。


 そして、何より目を惹くのは門から一直線に伸びる通り、その最奥に鎮座する黒い城館であった。


 あれが魔導院。壮麗なれど厳かな雰囲気を纏い、静かに佇む姿は確かに魔導師が集う城と呼ばれて納得の威風であった。むしろ、エリザがきちんと庇護を受けられている今だからいいが、然もなくば魔王城か何かと勘違いしてもおかしくなかろう。


 今からあそこに行くのかと思うと、丘の上でこれ以上高まることはあるまいと思っていたテンションが限界を突き抜けていくのが分かった…………。








【Tips】魔導院は魔法によって便利な魔法生物を生み出すことが多々あるが、それは原生の魔獣とは明確に区別される。最大の特徴は、魔法生物は使役者が処置しなければ繁殖できないことであろう。

ということで華の帝都に到着で御座います。三ヶ月間のゴタゴタと成長は近いうちに。

エリザが魔法に目覚めたこともあり、色々なイベントに繋がってまいります。


ブックマークが一千を突破し、転生ジャンルの日刊一位に到達。そしてPVが十万を越えておりました。過分なご支持をいただき、真にありがとう御座います。これからも暫く毎日投稿が続きますので、エーリヒと私にお付き合い願えれば幸いです。


次回は2019/2/14の19:00頃更新を予定しております。

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― 新着の感想 ―
いずれ門の創造とか使いそう
[一言] 新しく到達した都の表現、いいですね……!
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