ヘンダーソンスケール 2.0 Ver1.6
貴種とは数多の義務を背負う生物であるが、何も政務だけを熟していれば良い訳ではない。
数多ある責務、その中には事情を知らない者にとっては異質に思えるだろうが、文化的な流行の調査と研鑽も含まれる。
これは貴種が単なる官僚ではなく、その文化圏における高等な知識を持つ人間であると同時に、社交界という一種の「俺の方が凄い」という見栄の張り合いによって成り立つ世界で生きているからだ。
最新の流行に乗り遅れることは持っている武器が型落ちになることに等しく、同時に隙を晒すこととなるため、何かに付けて調査を行い、あらゆる方面での話題に対応できるよう備えることが複雑な海流の結節点が如き社交界を泳ぎ脱ぐコツだ。
また、同時に流行の発信源となることは、社交界における大きな優位性を作り出すことに繋がることも相まって、金銭に余裕のある貴族は文化の新興に寄与するのも、半ば義務の一つとなっていた。
秋晴れの日和がいい昼下がり、六頭立ての立派な馬車が豪奢な建物の前に滑るようにやって来た。
翻る掲旗はスタール伯爵家のものであり、前後に伴った護衛の驃騎兵も同家直卒の騎士団から抽出されたものだ。
到着に際して控えていた従僕が恭しく扉を開け、スタール伯爵夫妻の降車を手助けをしようとする。
だが、エーリヒは従僕の手を借りずにさっと降りたかと思うと、手を差し伸べて妻を誘い、自分が介添えとなって降りることを手助けする。踝まで丈のある深紅の長衣を纏ったアグリッピナは、その扶けを心底嬉しいと思っていることが、余人にも分かるような笑顔を浮かべて降り立った。
しかして、正しくスタールの如し、といった雰囲気を醸し出しつつ夫妻が訪れたのは、アグリッピナ・エーリヒ恩賜美術館と呼ばれる建物であった。
これは貴族としての体面を保つと同時、家格を上げるという極めて合理的な理由によって〝ヒト種だった時代〟のエーリヒが費用を工面して州都に立ち上げた記念美術館だ。
市民権を持つ者であれば入館料は無料にして、若い世代の美術への関心を高めると同時に、スタール伯爵領の領民であるならば、格安で個展を行える場所を提供している。
いわばスタール伯爵領の文化振興における中心地であり、ここの展示が目に付いたが故に帝都芸術界に巣立っていった者も多い名門として知られている。
「スタール伯爵、伯爵夫人、お日柄の良い今日に当館へ足を運んでくださったこと、真に嬉しく存じます」
夫妻を出迎えたのは美術館の館長を務める、坑道種にしては大柄な老人であった。彼自身も彫刻の名手であるのだが、まだエーリヒが若き日、後援者が見つからずに困って辻で兵演棋の駒を売っているのを見出して以来の付き合いであり、その審美眼を気に入った領主によって今の地位につけられた。
「創美神の恩寵が篤い日だ。ここに来ないでしてどうするね」
鷹揚に笑顔で館長の歓迎を受け取ったエーリヒが言うとおり、今日は創美神の日とされている。
ライン三重帝国において、祝日とは歴代でも特に活躍が認められた皇帝や寵臣の誕生日や没日に制定される他、専ら教会に慮り、重要な神々の祭事に合わせて設定される。
これは信徒達が儀式に参加しやすくするのみならず、その神が存在することの有り難さを一般地下の人間に知らしめるためであるが、貴種も肖った予定を立てることが多い。
武の神々の祭日には御前試合を開いてみたり、日光浴や月見の宴会を催したりといった具合に。
そして、今日は帝国神群において芸術を司る創日神の祝祭日であるため、夫妻は自分達が作った美術館を訪れ、自領の芸術的発展を確かめようといしているのだった。
「では館長、いつも通り案内は無用に願う」
「二人でのんびり廻るのが楽しいですものね」
「ええ、ええ、お二人の間に水を差すことなど、何があってもいたしませんとも。どうぞ心ゆくまでご鑑賞くださいませ」
よそ行きの仮面を被った夫妻の笑みを自然に受け止めた館長は、自ら美の居城たる美術館の扉を開き、二人を厳かに招き入れた。
最高の警備が敷かれている現在、この建物の中は無人になっていた。
二人がぞろぞろと供回りを連れて彷徨くのを嫌っているのもそうだが、そもそも襲える人間がいない状態が最も優れた警備状態であると考えるがため、今日この日はスタール伯家の騎士団や密偵衆が周囲をガッチリ固めており、猫の子一匹入ることのできない厳戒態勢が構築されていた。
「やれやれ、義務とは言え面倒だね」
「茶会での話題作りなんだから我慢なさいな。嫌よ、スタール家は急に厭世的になったなんて揶揄されるのは」
「分かってるよ。君こそ幻灯座の露台席をあまり空けてくれないでおくれよ」
他人の目がなくなった瞬間、夫妻の間に流れる空気は一気に弛緩した。
魔導的な防諜が行き届いているのもあるが、この建物は芸術の美しさに没頭できるよう防音性にも優れた構造をしているのみならず、個人的な会話を聞かれたくないエーリヒが概念的な遮音力場を張り巡らせているため、聞き耳を立てられて不都合が起こる心配がなくなったからだ。
そして、この夫妻には誰もいない空間でまで、関係を取り繕って会話をする趣味がなかっただけのことである。
「……しかし、初っ端からとばすな、館長」
「こういうの、止めて欲しいんだけどね」
美術館の正面玄関は、北と東西に延びる翼の中継点であると同時に、来館者にまず強い印象を与えるように設計されていて、非常に背の高い空間になっている。
その中央、中二階に向かって弧を描いて媚びていく階段の合間に作られた空間にて、我を見よとばかりにドカンと聳え立っているのは、全高五mはあろうかという巨大な立像だ。
ただの像ではない。
真新しい、他ならぬスタール伯爵夫妻の石像であった。
歌劇にも有名であるアグリッピナがエーリヒに婚姻を求めた時の逸話を源に彫られた彫像は、それ自体が貴重な大理石の巨大な塊から彫られたのであろう。継いだ形跡が一切ない、原材料だけで館が建ちそうな逸品は全て手作業によって形作られており、台座にひっそりと作者が館長である旨の記載があった。
どうやって搬入しただの、制作期間何年だよなどの疑問を擲って、うへぇ、と言いたげな顔をした二人であるが、像の出来そのものは素晴らしい。
自分など見合わないと身を引こうとするエーリヒの手を引き、貴方以外に求めるものはないと――少なくとも当人はそんな言葉を聞いたことはない――婚姻を願ったアグリッピナが左手を取って指輪を嵌めようとしている光景は、事情を知らなければさぞ美しかっただろう。
しかし、出資者を歓迎するためとはいえ、その当人達の結婚を意匠にして巨大な像を造ってしまった上、その両名の名を冠した美術品の正面玄関に堂々と飾ってしまう神経が二人には分からなかった。
それはまぁ、エーリヒは館長に委細任せると全権を委任してあるし、二人とも貴族だ。自分達を讃えるために彫像の一つ二つ作ることは受け容れる。どれだけ嫌であっても、権威を示すためであるのだから職責の内といってもいい。
だが、誰もここまでやれとは言っていないし、そもそも自信満々で見せられても反応に困る。
夫妻はどちらも自分大好き人間ではないのだ。そこに他人の目線による美化を多分に含んだ作品を見せ付けられると、なんだ、その……大いに反応に困った。
さりとて、後でこの像への感想を言わぬ訳にもいくまい。仮にも館長渾身の一品であるようだし、正面に置いたと言うことは見て欲しくてたまらなく、創作者である以上は意見も欲しいはずだ。
「技法は素晴らしいと思うし、美事だけど……私、ここまで格好好くないぞ」
「ねぇ、なんか私、乳盛られてない?」
「そうかな……そうかも……」
とてもではないが他人様には聞かせられない品評をしながら、さて、どうやってこの言葉に困る作品を社交界でそれっぽく自慢しようかと悩みつつ、夫妻は既に一杯になりかかっているお腹を抱えて、手始めに北棟に足を運んだ。
北部は伯爵家が所蔵する貴重な品を初めに絵画が展示されている場として整えられており、財力を示すため神代から伝わる旧い壁画の一部なども展示してあるが、持ち主である二人にとっては「ちゃんと保存されているか」以外に興味を惹くものではない。
「さて、ここからだ」
「ええ」
手前側には歴史的に重要な絵画が陳列されており、奥に向かうにつれて近代の物になっていく。この美術館における選出の基準は館長を議長にした審査委員会によって決定され、それぞれの感性と同時、収蔵するに値すると評価された逸品揃いだ。
今回は二人が来ると分かっていたため、新人に目を向けて欲しかったのであろう。今を生きている若手作家の作品が多く展示されていた。
さて、ライン三重帝国の芸術は非常に自由な作風が認められており、形式を守らなければ美術とは認められないといった、セーヌ王国のように堅物な気風が漂うわけではない。
画材も画法も自在であり、題材も宗教に問わず日常を切り取った物も多く実に多様であり自由だ。古典派にとっては〝俗〟としか言いようのない絵であっても、帝国では優れてさえいれば、つまるところ美術として人の心に訴えかける何かがあれば、どのようなものでも許容される。
その中で夫妻は、ある程度の目星を付けて、今後の茶会や夜会で推しても構わない技量の画家を見繕おうとするのだが、ある所で溜息を吐いた。
「今年も多いなぁ……」
「劇なんてやるから……」
「最近は絵草紙すら出回る始末だよ……」
壁に掛けられた一枚の絵画。描かれているのは全体的に暗い背景で、下へ下へ向かっていく階段を頼りない灯りと小さな〝鐘〟を便りに降りていく貴婦人と、その直下の棺で眠る金髪の老人という構図。
歌劇、永久鳴る愛を。その一場面だ。
二人は半ば無断で自分達を題材にした劇の存在を疎ましく思っているが、残念ながら世間からのウケが非常にいいため文句を付けることもできない。そして、その元ネタである自分達が強い姿勢を取っていないこともあいまって、世の作家達は〝好意的に受け容れられている〟と思い込み、こうやって人気の題材であることとの相乗効果を狙って描いてしまうのだ。
あわよくば、これを期に気に入って貰いたいという意図も透けて見えた。
そして、それを見せられたエーリヒとアグリッピナは、そろって微妙な顔をすることとなる。
正直、甦らされてから随分と経つが、エーリヒとしてはアグリッピナの真意を未だに図りかねている。
少なくとも演出過多な劇と違って、愛情によってではなかろう。
かといって、面倒くさい政務を行う身代わりが欲しいが故にやるにしては大仰に過ぎる。
故人を意図的に不死者としてこの世に引き摺り戻す行為は、今も是非が問われているのみならず、同じように大事な人を喪った者から自分の最愛の人も形が変わってもいいから連れ戻して欲しいと頼まれること頻りなのだ。
エーリヒが死霊として舞い戻ることができたのは、彼の詳細な情報を知る上、人生の大半を共に暮らしたアグリッピナが、意図的に物を忘れる機能を持たない長命種であったからという要素が大きい。
故に全く知りもしない他人を呼び戻すことはできない、正にアグリッピナがエーリヒを呼び戻すためだけに作った技術なれど、その実態を余人が理解することは難しい。未だに魔導の専門家であっても、他に援用できないものか挑戦しては失敗している技術なのだ。
この面倒を考慮すると、果たして自分を引き戻すだけの価値がアグリッピナにあったのか。それがただただエーリヒには疑問だった。
正直、舞い込んでくる鬱陶しい依頼を勘案すれば、割に合っているか微妙なところだ。
たしかにスタール伯爵領の差配、凄まじく煩雑で手間の掛かる社交などを投げる相手がいるのは楽だろう。
一方で抱え込むこととなった嫉妬と懇願の量を鑑みて、自分ならばどうだろうかと考えれば、エーリヒの中のアグリッピナ像に従えば、割に合わぬとして隠棲するなりなんなりしているのが道理なのだ。幸いにも、家督を放り投げられる子供は既に四人もいるのだから。
だが、今自分はここにいる。そして、夫婦として振る舞い続け、こうやって公務に近いことも行っている。
その理由が分からなかった。
「題材はともかく、上手いな。よくぞ点描でここまで描ける」
「そうね、明暗の使い分けが分かってる、いい画家だわ。きっとお金がないのね、安い画材を上手く使って重厚に仕上げる技法は中々。予算を握らせたら面白いことになりそう」
また、問うてみるだけの勇気も、捻り出してみようとしても金髪の中からは湧いてこない。
結局、こうやって自分の心の底、澱のように溜まった物に埋めて、仲が良いのか何だか分からない夫婦として振る舞うばかり。
いつか本意を問うことができるのだろうか。そんな思考を頭の片隅で持て余しつつも、伯爵は新鋭の画家として伸びるだろうと、この画家を後援することに決めた。
「しかし、腕は良いのに題材がよくないわ。味を占めて何枚も描かれちゃたまらないわよ」
「ウケが良い物を狙って描くのも才能の一つさ。とはいえ、これが広まるのも困る」
この日、夫妻は似たような題材の作品を幾つも見るハメになったが、出来自体は良い物ばかりが揃っていたこともあって、ただ〝気に食わない〟を理由に弾くこともできぬ立場もあり、内心で苦虫を噛みつぶしながら館長を通して幾人かの画家に声をかけることとした。
そして、夫婦が価値を認めた画家の作品として、展示されたものに高値が付いて市井に流れスタールの名は愛情深き夫婦として伝わっていくことに夫は渋面を作るのだが、それをニヤニヤ眺める妻の表情から、心の深いところにある意図を読むことはできなかったという…………。
【Tips】ライン三重帝国の貴族は文化保存と振興の担い手でもあるため、彼等に見初められた画家の作品は貴族に認められたという権威によって長く保存されることが多く、往々にして美術作品の印象に題材が引っ張られ、市民からの印象が変わることも珍しくはない。
恒例の良い夫婦の日でございます。
ほぼ1年ぶりの更新が外伝で申し訳ない。
ちょっと書籍化作業と内容が被る部分と、永遠に「これ面白いんか?」病に陥って、書いては消し、書いては消しを延々と繰り返しておりました。
そろそろ形になってくる(できれば年内に何回か更新したい)と思っておりますので、エタったと思わず根気強くお付き合いいただければ幸甚でございます。




