青年期 二一歳の冬 二八
なぁんか思ってるのと違うんだよな、と思考の端っこを濁らせながらジークフリートは自身という機構を全力で稼働させた。
槍は機敏に、状況は完璧に、思考は冷徹に。
それでも、自分の中身に一つまみの諧謔。
己が強くなっている自覚はしているし、自信もある。仮に三日前の自分が襲いかかってきても、ちゃんと殺せるくらい日々錬磨している。
けれども、理想には遠いと冒険者は考える。
ツェツィーリアを助けようという、今回の冒険に不満はない。むしろ、王道中のド王道なので、アイツめ、こんなんやる気もあったのか、と逆に感心したくらいだ。
ただ、途上がいけない。こんな酸鼻極まる遅滞戦の末の戦闘とあっては、勝てたとしてもスカッとしない。詩人もさぞ、旋律を遊ばせるのにも詩を編むのにも苦労しよう。
歩卒を倒した後、向かってきた若い騎士――風体からして、ハルパの子であろう――の相手をしつつ、やはりジークフリートは思ってたんと違うと、自虐を止められない。
代わりに、口惜しさを載せたかのように扱き出す刺突の勢いは重く、間合いという圧倒的有利を武器に剣を力強く弾き飛ばした。
「ぬぅ!? なんたる豪腕!!」
「若、一旦お下がりを! 身共が隙を作ります!!」
彼は英雄ジークフリートに憧れて冒険者になった。
いつか〝瘴気祓い〟みたいな格好良い魔剣を見つけ出し、敵を痛快に叩きのめして大冒険。最終的に国とか、あわよくば世界とか救っちゃいたいなー、などとぼんやりした憧れが幼い時分に抱いた憧憬の原形。
けれど、憧れていた姿とは程遠い。
結局、剣はどれだけ磨いても凡庸。補助兵装としては使えるくらいの域を出ず、何故か槍ばかりが上手くなる。
槍に対して隔意がある訳ではない。集団戦では必須技能であるし、大型の獣には剣より有効なので、全ての冒険者が一通り扱えて然るべきだと考えてもいる。
それでも、思い描いていた理想の姿とは違うのだ。
お、良い塩梅だなと勘が働いたジークフリートは、魔法薬の使用をケチることなく機構を働かせた。敵が一瞬すれ違って、団子になりかかってるのだ。一撃で多数を吹き飛ばす好機。
四番の薬室に込めていた、一定方向から凄まじい風を吹き出す魔法薬を発動させ、冒険者は騎士と歩卒を纏めて槍で叩き伏せた。先の歩卒を一撃で倒した物と同じで、露払いに重宝するため二つは込めるようにしている。
とある金髪に言わせるのであれば、対象:近・全体への拡大といったところか。
真上から見れば真円を描くような、綺麗な槍の一閃は、ともすれば槍の担い手すら脱臼させかねぬ速度を魅せる。
理屈をジークフリートは知らぬ。いけ好かない金髪と相方の魔法使い曰く、空気に触れた魔法薬が膨張して噴出……云々言っていたが、要は遠心力によって、更なる破壊力が付随されるだけのことだ。
重い物が速く動けば、あらゆる物を破壊できることくらいは、学のない冒険者でも分かる。ならば、理屈など理解できずとも、敵を倒せるならば結構。
これはこれで使うのが難しいのだ。六つある薬室の何番に何の薬が入っているか、迷いなく槍の機構を起こせるかというのもあるが――カーヤが安全性のため、矢鱈と思念を拾う閾値を狭くしたせい――下手な人間が使えば〝槍の威力〟に負けて自壊するような代物だ。
ただやはり、憧れていた魔剣とか、神代の英雄達とは随分違うと思ってしまう。
何と言うか、ジャンル間違ってない? と自分でも謎の感想が出てくるだけ。
使い勝手は良好だし、今正に〝完全武装の人間四人〟を纏めて薙ぎ倒すなどという、大型人類でもなければできない威力を発揮しているので、ケチを付ける方が間違っているとも思うのだが。
「残弾三っと……」
密集群を蹴散らす薬は、今ので看板。しかし、十分だった。主のために、自分を串焼き肉のようにしてでも隙を作ろうとしていた者達は、こっぴどく床や壁に叩き付けられてノびている。一人は明らかに首が向いてはいけない方向を向いているので、立ち上がってくる心配はいるまい。
「頑丈だな」
それでも、一際豪華な甲冑の武者は健在だった。風に舞う葉のように吹き飛ばされながらも、正しく受け身を取って、更には余勢を借って起き上がってさえみせた。
あの重そうな総身甲冑でよくやるものだと、着慣れているはずの小札鎧でも重いなぁ、なんて愚痴が抜けぬジークフリートは感心する。やはり、本物のお武家様は冒険者と違う。
「先祖伝来の甲冑だ……刃を拒み、衝撃を和らげる。名高き〝幸運と不運のジークフリート〟殿だな?」
「ああ、そうだぜ。学も知見もなくてね。名を伺っても?」
「アロイスだ。アロイス・ハルパトゥソン・ヘイルトゥエン。覚えてくれると嬉しい」
「ご丁寧にどうも……忘れやしねぇよっ!!」
裂帛の気合いと共にジークフリートは刺突を繰り出す。詩に芳しく謡われたいならば、敵手は強く気高いほどよい。その名や風体を忘れてしまっては、どうやって詩人に伝えれば良いのか。
面覆いから覗く目で燃える殺気、白銀の鎧の豪華さ、剣の鋭さまで忘れない。
冒険譚の英雄になることを夢見る少年にとって、愛しき怨敵の名は、一点においてのみ、閨で囁く恋人の名の響きより甘やかだ。
英雄とは、個人では成立しない。姫君や宝物、道を助ける賢者も大事だが、それよりもっと大事な物がある。
討ち果たした大いなる敵があってこその英雄だ。
だからジークフリートは、今まで一人も戦った相手の顔を忘れていない。名乗られるか、身元の分かる物があれば名前すら覚えており、絵心がないので無理だが、もし指が動けば人相書きだって描けたろう。
何の臆面もなく金髪を狂人と呼んで憚らぬ冒険者もまた、紛れもない狂人だ。
功名に取り憑かれていなければ、こうはなるまい。
「ぐっ……重い……」
槍の刺突を愛剣にて受け止めたアロイスは、手に喩えようもない痺れを感じる。先と違って魔法は込められていないが、槍自体が恐ろしく重く、粘りが強いため衝撃が半端ではなかった。
槍衾として用いるのではなく、一対一において持ち出される槍は刃物であると同時に鈍器でもある。極厚の穂先は恐ろしいまでの質量を秘め、満身で以て振り回されれば並の歩卒用の槍とは比べものにならぬ出力を発揮するのだ。
しかも、長柄を不利にさせるべく、壁際に寄っているのにジークフリートは操作を過たぬ。力を込めすぎて壁に突き刺さることも、地面を打ち据えて軌道が乱るることもなくば、間合いに踏み込める隙を産む迂闊な大振りもしてくれないときた。
やりづらいと、刺突の一撃を弾きながらアロイスは思った。派手な強さではないが、堅実に、確実な強さ。
基礎をガッチリと固めた、砦のような強さだ。
今、螻蛄首を剣にて弾き飛ばしたが、できるなら躱して脇に挟み、捕まえてしまいたかった。そのまま柄を滑るように前へ出れば、間合いを詰めながらにしてジークフリートの武器を奪えたからだ。
だが、できない。それをやろうとすると、ジークフリートは瞬時に反応して横に向けていた穂先を縦に変え、脇の隙間を撫で切りにしてくるだろう。
可能性に脅えて退いたのではない。確実にそれができると分かる力量が、一撃一撃余念なく殺気と共に滲み出していた。
槍の間合いに頼って、ただブンブンと振り回してくる手合いではないと、アロイスは長い戦闘経験から一瞬で感じていたのだ。ナリこそ小兵で貧相、小生意気な下町の少年という雰囲気が抜けぬが、殺気だけは熟練の騎士でさえ霞む。
しかも、魔法が武器に乗るのを見せておきながら、使うか使わないかの判断が絶妙だ。
嫌な二択を強いてくれると、面覆いの中で騎士は小さく舌打ちをする。
牽制の一撃を挟みつつ、決して頼り切って乱用しない。魔法の武器を得て粋がっているだけの手合いなら、相手取るのも簡単であったろうに。
「やるな、貴公……!! 秀でた武器に振り回されていない」
「アンタもな! 六合以上打ち合ったのは久方ぶりだぜ!!」
薙ぎ払い、そのまま勢いを殺さず鐺で打ち据える途切れぬ円運動を見ながら、アロイスは一つの癖に気が付いた。
魔法を使おうか逡巡しているのか、槍の一撃が微かに軽い瞬間がある。
もしそこで、魔法を不発にできたなら?
「幸運とはこの程度か!!」
甲高い音を立てて、左方下段より振り上げられる槍の穂先を剣にて捕まえ、拮抗した一瞬に魔法薬が弾けた。
槍が指向性を持った恐ろしい光を放ったのだ。
エーリヒが愛用する〈閃光と轟音〉、それをカーヤが魔法薬にした品が一本薬室に装填されている。穂先を基点に前方へ円錐状にぶちまけられる光は、瞬間的に太陽より眩しい光を放ち、同時に嘔吐さえ催す強烈な音の波で脳髄を揺らす。
だが、所詮は燃費を優先して〝物理現象〟を引き起こすだけの簡便な魔法。
アロイスが身に纏う家伝の甲冑の前には、砂を投げつけるより意味がない。
戦場では濃密な砂埃が舞い、返り血が視界を潰すことがある。たった一瞬のそれで騎士が雑兵に突き殺されることもあるため、当然の様に対策がされているのだ。
「誰が、運だけの男だよ」
「なっ!?」
魔法を発動したということは、必殺の一撃の予備動作であり次に大振りが来ると読んでいた騎士だが、予想は裏切られた。目論見が外れれば、人は大抵挙動が瞬き一つか二つ分遅れるもの。
ジークフリートは、受けられた槍を動かさない。使った魔法は一つだけではないからだ。
刃噛みとは異なる強力な粘着によって、穂先を切り払う筈だった剣が強力に引っ張られ、アロイスの体が乱れた。
ジークフリートの愛槍は、なにも魔法を一つしか使えない訳ではない。薬室こそ六連装であるが、同時に二発打つことも叶う。
そして、彼は周到な男だ。強敵相手と分かっていれば、不意を打つ魔法を勿体ないと使い渋ったりしないのだ。
穂先に乗った魔法は〈轟音と閃光〉の魔法だけではなく、刃の表面に強力な〝トリモチ〟を数秒だけ発生させる武器奪取の魔法。
力負けすれば奪うことはできないが、こうやって体勢を崩すことくらいはできる。
「コイツで、売り切れ!!」
粘着力は瞬く間のみ発揮され、槍を引くに合わせて棹が半回転。前のめりに姿勢を崩したアロイスの顎を下からカチ上げていく。
「ごっ……!?」
「カーヤ!!」
「うん!!」
僅かな間、槍の動きが止まると同時……六連の薬室が横合いから飛んで来た、新たな薬室に弾き飛ばされて、その位置を交換する。
カーヤがジークフリートの合図に合わせて投擲したのだ。元々〝そうなるように作った〟という一種の因果を逆転させる設計が、どれだけ投擲が神業めいていても不可能なことを実現させる。
魔法とは、げに理不尽な物で、極めれば何処までも悪辣になるのだ。
「終いだっ!!」
再装填された魔法が弾ける。颶風を弾けさせた槍が音より早く、操作を一瞬でも誤れば繰り手の腕ごと捥ぐ速度で駆け、仰向けに体を泳がせる騎士が倒れるよりも早く、その身を打ち据えた。
刃を拒む鎧への最適解は、隙間を突くか、鈍器として殴り倒すか。後者を選んだ一撃は、見事に左の肩口へと突き刺さる。
鎧が拉げ、面覆いの合間より血が溢れた。頑強さが仇となり、歪んだ装甲が守るはずだったアロイスの鎖骨と胸骨を砕いたのだ。
もんどり打って斃れる騎士を横目にジークフリートは槍を軽く回し、残心を忘れない。
倒したと思った敵が起き上がって、最後の一撃を見舞ってくることなど、よくあったから。
「……見事……」
「ああ、アンタもな。ここ半年で一番歯応えがあったぜ」
「ふ……半年か……そこは……世辞でも……一番と言って欲しかった……な」
最早、この場で動いているのは味方しかいない。
ジークフリートは槍を立て、鐺で地面を突いて一息付ける。
「あっちもカタぁ付いたか」
難儀な敵と、スカッとしない戦場ではあったが、勝利は勝利。
あとは、あの口が回る頭目が上手いこと目的の物を回収できるかだった…………。
【Tips】丸いものは転がる。立っている物は倒れる。同じ形の穴に破片は嵌まる。その因果を逆用した設計は、困難だが決して不可能ではない。
さて、発売日もいよいよ来週!!
Kindleを初め、各媒体にて8巻の予約が始まっております!
書影公開の許可も得たので、お披露目に御座います!!
9巻に続けるため、ご購入などご支援いただきたく……!!
そして、コミカライズ1巻も4/27発売で、書影が公開! 可愛らしいマルギットと、また帯ネタ(ネクロニカのアレ)をやれるよう、良い具合に描いて貰いました! ミカやツェツィーリア、ジークフリートの登場まで続けられるよう、何卒っ、何卒っ……!!
そして、現在(2023/04/21)1巻が各媒体で100円セールをしております。
いままでWeb版のみだった方も、筆者にコーヒーでも一本奢ってやる気持ちで買って下さるとうれしいです! ランサネ様の挿絵もたっぷりで、展開もWeb版と丸っと違っているので、是非に!!




