青年期 二一歳の冬 二六
さて、あれから数度の交戦の後、我々は脱落者なしに謁見の間に辿り着くことができた。
しかし、邸内にて酸鼻極まる修羅場が展開された事実は変わらない。
我々の側に戦死者が出なくとも――別働隊で一人かなりの大怪我をしたと聞いたが――掃討は終わったと見てよかろう。
後味が悪い。あまりにも悪い。
そりゃお家が潰れるなんて、歴史の中じゃ数え切れない程あるけれど、物理的店仕舞いに関わるのが、ここまで舌の根に苦い物を残していくことになるとはね。
何か高貴そうな女性は自室で喉を突くか毒を呷って死んでいるっぽいし、戦える者が悉く死兵になって向かってこられると、ただただお辛い。
アグリッピナ氏からは族滅させろとか、城館にいる人間は根切りにしろ、みたいな注文も受けてないから、肝心のヘイルトゥエン親子の首さえありゃいいんだけど……。
それこそ、当初予定だったら城館を占拠したら、降伏した者や非戦闘員は縛って火災の類が及ばない所に置いていくつもりだったんだけど。
何ならヘイルトゥエン親子も生け捕りでもいいし――報奨金的にはむしろ歓迎だ――どうしてこうなった。思わず踊りたくなるくらい困惑している。
私が欲しいのは額冠で、アグリッピナ氏的には航空艦の戦略的・戦術的優位の実証さえできればいいから、マジでここまで壮絶に殺し合いをする必要性がないんだよな。
私達は口さがないので、半笑いで〝押し込み強盗〟なんて自分達の行いを揶揄しているけれど、こうも気合いの入った演出をされるとゲンナリする。
行為としては合法だし、大義名分もあるけれど、細やかなりし良心が痛むのだよ。
ノリノリで空挺急襲やったけどさ。後味の悪さってのはどうしようもない。
おかしいな。私達は悪因悪果、天網恢々のド王道をやるべくマルスハイムを出立したはずなのに。
何かもう、悪役の所業に片足くらい突っ込んでないかコレ。
「あー……さて、どうするかな」
どうあれ、謁見の間まで来たので、向こうとしては私の対応待ちなのだろうな。態々待っているなんて書き置きをするあたり、ハルパ・ヨクゥルトソン・ヘイルトゥエンも覚悟ガンギマリ勢だろうし。
となると、まぁ……たまには相手の思惑通り、潔くやってやるか。
「どうします? 鎮圧用の薬は用意していますけど」
カーヤ嬢が取りだした、おなじみ素焼きの小瓶には〝催涙術式〟の魔法薬が詰まっている。あれから更に改良したのか、敵味方を識別する機能のみならず、簡単な物理結界なら侵食するというぶっ壊れ性能の薬品。
こいつを扉をちょっと開けて放り込めば、かなり高度な結界でも張られない限り一方的に相手を無力化できる。
我々剣友会員の標準装備の一つと化していて、屋内戦闘で大活躍するそれを使うのは、ちょっと無粋だと思ったので首を横に振った。
相手が誉れもへったくれもない腐れ外道なら、こっちも味方の被害を減らすべく容赦なく最適解を選ぶんだけども……どうにもやりづらいんだよな。
配下が悉く死兵と化すなんて、余程の人望がなければ有り得ない。ハルパは、それくらい人間ができたいい領主だったのだろう。
これを口上も述べさせず一方的に葬るのは、英雄的とは言えまいて。
「よし、真正面から掛かるぞ。相手も口上くらい述べたかろう」
「そーさな、俺もそれがいいと思うぜ」
ジークフリートからの同意も得られたし、奇をてらわず行くとしよう。
古巣には「口上を遮って殺すのは二流の仕事。一流は口上すら述べさせず殺す」なんて宣って憚らぬクソ外道が複数いたが、私はGMが夜なべして練ったシーンには真面目に付き合う派なのだ。
その上で、圧倒的なデータで叩き潰すというだけで。
「背いたとはいえ、元は親帝国派。それなりの流儀で応じようじゃないか」
「ああ、粋に行こう。死に花咲かせてぇってんなら、見事に吹雪かせてやろうじゃねぇの」
「どっちが大将をやる?」
「相手の出方次第で良いだろ。ご指名があったら、適宜合わせりゃいい」
それもそうか。私とジークフリート、そしてカーヤ嬢やマルギットの仲だ。今更打ち合わせなんぞせずとも、必要に応じて連携は幾らでも取れる。
「お優しいことで」
「ま、奇策で城館を落としたんだ。最期くらいはちゃんとやらないと、向こうも私も格好がつかんよ」
マルギットはちょっと呆れているようだが、根が狩人のままである彼女には、男の見栄を理解するのは難しかったのかもしれない。
私達は酔狂で冒険者なんぞをやっているのだ。金が欲しいだけなら寝込みを襲って首を掻き切ろうと、酒に毒を盛ろうと勝ちは勝ちだが、それでは英雄譚にはならん。
馬鹿をやろうというのなら、最後まで馬鹿を通すのが道理である。
「頼もう!!」
ドンドン、と扉を叩けば、かなり落ち着いた声が返ってきた。
「入りたまえ、金の髪。閂はかけておらぬ」
渋く深みのある声はともかく、名前が割れている? 仲間に遅滞戦を任せ、報告に行った者がいたのだろうか。
許可も得たので遠慮なく開けると、不意打ちは飛んでこなかった。
臨戦態勢に入っていたので、扉を開けると同時に矢とか魔法、扉脇に隠れた兵士から襲われても対応できるようにしていたが……。
どうやら、ハルパ殿は心底から尋常の合戦を所望なさっているらしい。
「ハルパ・ヨクゥルトソン・ヘイルトゥエン殿をお見受けいたします」
謁見の間は城館の規模に反して控えめな広さで、幅は狭く奥行きも大した物ではない。本来は権勢を示すべく敷かれた絨毯も、壁を彩る絵画や彫刻もない異様な質素さ。
その中で唯一豪華な椅子にて、一人の老武者が凄まじい威厳と武威を湛えて玉座に鎮座していた。
「そうだ。この地を代々鎮護し、尊き上王の志を守らんと務めてきたヘイルトゥエンの末裔である」
頬骨が秀でているせいで奥まった目には、年齢を感じさせない覇気と当期が沸々と湧き上がっており、身に纏った重厚な板金の痩身鎧も全く重さを感じさせぬ佇まい。
抱くように担った長剣は、権威の飾りではなく、混戦の戦場で雑兵を藁のように刈り取り、誇るべき敵手に堂々と立ち向かえる実用重視の逸品であろう。鞘に収まって尚、濃厚な奇跡の気配を感じるため、かなりの業物とみた。
なるほど、やっぱり大した騎士だ。配下も彼を無様に死なせてなるかと、命を捨て奸って来るのも頷ける。
「私はケーニヒスシュトゥール、ヨハネスが四子エーリヒ。剣友会の頭目。市井においては金の髪、などと呼ばれております」
戦場なので、跪くことはせず立ったまま名乗った。相手もそれを弁えているのか、無礼なと誹られることはなかった。
「ああ、威名はこの西の果てにまで届いておる。正に詩に聞くが如き武者っぷりよの。戦場においても兜を被らぬ、その様を見れば誰もが分かろう」
この重苦しい頭も、相手から一目見て私だと分かって貰えるなら、まぁ悪いもんじゃないな。今回は味方を鼓舞するため敢えて兜の緒を伸ばし、後ろに下げているが、戦う時はちゃんと被るさ。
「改めてお伺いします。降伏する気は? 我等が目的は、城館の破却と〝月明の額冠〟のみ。御身に相応しい扱いをすることを確約いたしますが」
「笑止!! 我等は現実を見て動いたが、元は武門の家だ。甘き毒を垂らした酒杯より、剣を手に、城を枕に死ぬことを尊ぶ」
ですよね。
分かりきってはいたが、定型文のやりとりと言うのは意外と大事なのだ。
それに空気からビンビンに殺気を感じる。これだけで、もう交渉も説得も不能だというのが分かる。
敗れるなら、せめて最期は盛大にっていうのは、元日本人として、よーく同意するとも。
「欲しいというなら、我がそっ首諸共に持っていくが良い!! だが、金の髪よ!! 我等も全力で臨む!! 逆に……我等が勝ったとしたら、如何するね?」
「その時は、素直に引かせましょう」
だが、人数的には後詰めも含めて――専ら、増援が来た時に備えて部屋の外で待機させているが――ほぼ互角。相手も自信があるなら、そりゃ勝つ気でやるだろうから、こっちはこっちで負けた時の算段は付けているのだ。
万が一、私が敗走するようなことがあれば、素直に引けと配下には命じてある。
こちとら儚い一個人なのだ。我々は世界に配置された駒であって、強弱はあっても絶対はない。死ぬ時は驚くほど呆気なく、それこそ熟々と演出だけで殺されることだってある存在。
基幹要因がやられたら、大人しく救助を要請して航空艦の騎竜に拾って貰えと命じてあるので、単なる安請け合いじゃないとも。
一応は剣友会の頭目で、最大戦力であると自負している。そんな私が負けるようなことがあったら、剣友会という組織自体を生かす方向に舵を取らねばならない局面だろうから。
「そうか、なら、尚のこと面白い! 来るがよい、冒険者! 痩せようと飢えようと、かつては王であった家系の剣だ! 臆さず受けてみよ!!」
「応さ! 遠慮はいたしませぬぞ!!」
意気に応え、私はさっきから「早く、速く、疾く」と五月蠅い狂犬を呼びつける。
長いお預けを耐え抜いて、漸くお声が掛かったからだろうか。盲た愛を叫び、正気を削る狂喜の絶叫を絶え間なく上げる黒い剣が、這い出るように掌中へと現れた。
戦いに身を投じ、殺すため振り下ろされる、剣という本文を果たせることに喜んでいるのだ。
「はは、聞きしに勝るとは、このことか!!」
〝渇望の剣〟の軋り叫ぶ絶唱に兵卒が――あとついでに、あんまり見る機会のない会員達も――脅えているのが分かったが、ハルパや、見事な具足を待った騎士達は却って意気を上げているではないか。
はは、そうこなくちゃ。これで怯んでいるようでは、愛しき冒険譚の敵とは呼べぬもの。
「呪われし剣と、我が家伝の宝剣! 何れが上か試してみようではないか!!」
ハルパの抜剣と共に謁見の間は戦場と化した。
皆、自分の役割を雰囲気から察し、打ち合わせもなしに最適解に散らばっていく。
ジークフリートは愛槍を構え、横列を組んだ歩卒に斬りかかる。凄まじいその一撃は、精妙さが噛み合って槍の穂先を纏めて打ち払っていた。
ハルパ殿が私をご指名と悟り、供回りを率いる若い騎士達を相手に定めたようだ。
じゃあ私もと、その隣に並んで槍衾の間に体を潜り込ませる。
慣れたものだ。槍の先が鋭かろうが、装甲で受け流せば密集した長柄は逆に行動を縛る枷ともなる。
更には、崩れれば邪魔になるであろう兵士を狙い、マルギットが弩弓で支援してくれたので、より接近は容易だ。私を止めたいなら、針鼠くらいの密度がないとどうにもならんよ。
接近を阻もうとする壁を崩したジークフリートは、素早く次撃を叩き込むべく棹を回転させている最中。カーヤ嬢は万一に備え、治癒の薬を投じるために〝観〟に入っているので、より安心だな。
〈雷光反射〉によって緩やかに流れる時間の中で、穂先が胸甲や手甲の装甲部分を掠めて火花を散らすのを見送りながら〝渇望の剣〟を振り下ろそうとすれば……。
消えた!?
振り上げた腕が嫌に軽く、空を凪ぐのが分かった。槍の棹を斬り落とし、槍衾を崩そうとしていた手に剣がなかったのだ。
「取った! 神器がなければ、冒険者なんぞ……」
はっと視線をやれば、一人だけ夜着姿のままだった初老男性の手に渇望の剣が移っているではないか。
左手に短杖を握っている彼は、魔法使いだったのか。
武器奪取。私もよくやるが、前衛の火力を削ぐには一撃でブチ殺すのと並んで最適の行動。
物体だけ選んで遷移させるとは、かなりの使い手だな。人体は、存在していること自体が世界への弾力を生むため、対象に取ろうとすると難易度が飛躍的に増すが、無機物たる武器なら多少は楽になる。
とはいえ……本当にちょっとマシ程度のものだ。奪い取られた、という実感もなしに剣士の手から剣を奪うとは、何たる魔法使いを抱えておいでか。
いや、〝渇望の剣〟は、剣そのものが魔法への体制を持っているから、何かしらの概念的な術式かな? 目まぐるしい戦場では精査している余裕などないが、どうあれ絶技を披露されたことだけは確か。
だが、悪いがそいつは悪手だよ。やるなら私ではなく、ジークフリートかマルギットを狙うべきだったな。
「ぎゃっ!?」
悦びに沸いていた剣の絶叫が、俄に低い呻きへと変わる。自分に相応しいと自身が見込んだ担い手の手から、小賢しい手段でもぎ取られた〝渇望の剣〟が、その恐ろしき権能を不快の表明として発揮したのだ。
魔法使いの手が拉げていた。指から順に、てんでバラバラの方向に使い終えた楊枝をへし折るように捻れていき、遂には右腕全体が破壊され尽くす。
「手っ……手が、腕がぁぁぁぁ!?」
渇望の剣は、自分が選んだ剣士の手にしか収まらない。戦いの末に私が敗れて、死体の手から引き剥がされるなら喜んで次の剣士の手を住処に選ぶだろうが、姑息な手段で奪ったとあらば〝ああなる〟のだ。
何せアグリッピナ氏の障壁さえ抜き、ちょっと触れただけの彼女の体に傷を付けた剣だぞ。奪ったら勝ち、なんて持ってるだけで力量が上がる即席剣聖を生み出す類いの魔剣と同じ扱いをしちゃいかんよ。
とはいえ、私の主動作を一回空振りさせたのは大した物だ。本気を出すに値する敵手の群れであったことが嬉しいったらない。
ただの尺を埋めるだけの戦闘ではなく、心昂ぶる本気の戦場に出会えるのは久し振りだから。
「ジークフリート! 少し暴れる!!」
「おおよ! 好きにしろ! 俺も、ちぃと歯応えを感じて来たとこだ!!」
我武者羅に私を押し倒そうとする槍の棹を掻い潜り、時に受け流しつつ念じれば、再び飢えた狂犬が掌に現れる。
より酷い飢えに吠え叫び、あの無粋な男をさっさと斬り殺してくれ、と懇願の悲鳴を上げながら。
とんだヤンデレ剣だな、コイツも。絶対に壊れないし、手入れしなくていいのは楽でいいんだけど。
かといって、帰ってくる性質を使って投擲武器扱いしようとしたら普通に怒るし、さっき魔法使いを襲った悲劇を〝ワザと〟やろうとした瞬間に臍を曲げられるので、あんまり口プロ的な強さは期待できないのが残念至極。
さて、魔法の使い手もいると分かれば遠慮は無用。
ちょっと本気を出しちゃろうかな…………。
【Tips】武器奪取の魔法。単純に衝撃波などで弾き飛ばすといった手法から、物体を〈空間遷移〉させるといった様々なやり口がある。
ヘイルトゥエンの家宰は相伝の〈主への害意ある武器を奪う〉という、かなり限定的かつ燃費が劣悪、更には触媒も多数必要ながら、概念の領域に踏み込んだ切り札の魔法を用いたのだが……まぁ、偏に相手が悪かった。
この呪文は打ち消されない、と書いてある呪文に間違ってカンスペを打った時の絶望。
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本日(2023/03/30)で受付最終日です!!
豪華なアクリルトークン(ミカとセス)が二つに、念願のD10、そして今までのダイスも合わせて収納できる、かなり拘って意匠を注文したダイス入れがついた限定版なので、是非に! 是非に!!




